驚きの村 前編
普通ではないと、分かりきっていたはずだった。
理由は同行者のハンスである。
一見、平凡な風貌を持つこの人物の印象は、こまめな気配りと誠実さだけが商売道具というこれまた平凡な行商人といったところであった。
が、馬車の旅を始めて三日目。
賊どもに取り囲まれていた乗り合い馬車を、ハンスがたった一人で救い出した時点で、それはがらりと覆される。
ノエミも戦闘については、それなりの経験を積んではいる。
本国では名を知らぬ者はいないアルヴァレス家に魔物使いの素養を見込まれて、家臣として仕えたこともあるほどだ。
もっともこれに関しては、<従属>を得るほどの才能を示すほどではなかったが。
それでも地下迷宮で何度も戦い、並の兵士には劣らないという自負はあった。
だからこそ多勢の強さは思い知っており、その差を覆すことができるのは、一握りの選ばれた人間だけであると重々承知していた。
――はずであった。
短弓とは思えない威力を誇る矢で、またたく間に倒れる数人。
そこへ信じがたい加速で距離を詰め、一瞬で残りを斬り伏せてしまう剣さばき。
五分にも満たない時間で容赦なく武装した賊を蹴散らしてみせたハンスの背中を、ノエミは息を止めて見入るしかなかった。
その後も助けた馬車の乗客が有名な豪商の母親であったため商会に案内されたり、酒場でチンピラを何気なく撃退したら地元の荒くれ者連中に絡まれて全員返り討ちにしたりと、波乱に満ちた出来事の連続を体験しノエミは確信に至る。
この男は普通じゃないと。
その後も道中で拾った行き倒れの獣人種の女を仲間に加えるなどのハプニングも経験し、やっとのことで目的の村へとたどり着いたわけだが――。
物珍しげに馬車の周りに集まってきた村人たちの中に、かなりの魔力の持ち主が何人も居たことに、ノエミは改めてその事実を思い知らされる。
やはり村ぐるみでおかしいのだと。
「わわわ、もしかして都会の人!? めちゃくちゃオシャレっぽいじゃん! いいなぁー!」
その上、はしゃぎながら話しかけてきた汎人種の少女の魔力が、魔人種である自分をやすやすと上回っていることにあっさりと打ちのめされた。
しかも、それで終わりではない。
「よく来てくれましたね、ノエミ」
「ご無沙汰しております、パウラお嬢様」
数年ぶりの再会であったが、その美貌と気品は以前と劣らぬどころか魔力を含めさらなる変貌を遂げていた。
思わず膝をつこうとしたノエミだが、その体がピタリと止まる。
パウラの背後。
そこに立つ男の異常な魔力に気づいたからだ。
王都はもちろん、皇都ドゥンケルハイトでさえもこれほどの魔力を発する人間はいかほどいるだろうか。
しかもその色は、見たこともない六つの色に染まっている。
それだけではない。
男が抱きかかえる二匹の魔獣。
見た目は人の赤子に近いが、その有する妖気はあまりにも異様である。
声をなくし息を呑むノエミに、パウラは妖艶に微笑みながら頷いてみせた。
その反応が当然であるかのように。
「この御方は我が君、ニーノ様です。ご無礼のないように」
「か、かしこまりま――」
「その匂い! やっと、やっと、やっと、やっと見つけたにゃぁぁああ!」
圧倒する空気をぶち壊したのは、馬車から飛び降りてきた獣人種の少女ティニヤの叫びだった。
ここへ向かう道の途中でばったりと空腹で倒れており、ハンスが同情して助けた女性である。
猫耳を頭に生やした十台後半の少女は、ニーノと呼ばれた男にしがみつきその匂いを熱心に嗅ぎ出す。
そして確信を得たのか大きく頷くと、指差しながら高らかに言い放った。
「容疑者、逮捕するにゃ! とうとう、とうとう、とうとうこれで王都に帰れるにゃぁぁあ! いたっ、なにするにゃ!?」
「逮捕するじゃねえよ! いきなりなんだ、おめえは。アンちゃん、びっくりしてるじゃねえか!」
ティニヤの頭を音がするほど叩いたのは、同じく獣人種の小柄な男性だった。
その頭部からは、熊そっくりな耳が生えている。
「むう、邪魔するにゃ? だったら、ついでに逮捕……。なんか、うちの中隊長並に強そうなのにゃ……」
素早く距離を取った猫耳の少女は、殺気立った周囲の様子にそこでようやく気づいたようだ。
みるみるうちに、その顔が青ざめる。
「にゃ、にゃんで、こんな田舎にヤバそうなのがいっぱい居るのにゃ!?」
ティニヤの言葉通り、この場にいる数人は少なくとも騎士見習いごときでは全く敵わぬ強さを秘めているのは間違いないようだ。
ブルブルと震える猫耳の少女を、恐ろしい気迫で睨みつける村人たち。
緊迫した状況であったが、あっさりと響き渡った怒声が打ち破ってしまう。
「ほら、あんたらいつまで遊んでんだい! せっかくのご馳走が冷めちまうよ!」
「ただいま姉さん。相変わらず元気そうだね」
「あんたらも来な。話は中で聞かせてもらうよ」
酒場らしき建物へ戻っていく太ましい女性とその後にぞろぞろとついていく村人たちの姿に、ノエミとティニヤは顔を見合わせて深々と息を吐いた。




