蜂蜜を巡る攻防 前編
そこは円筒形をした広い空洞となっていた。
天井は見上げるほどに高く、奥の壁を一面埋め尽くしているのは隙間なく重なる六角系の穴だ。
穴のほとんどは空っぽであったが、ところどころ何かがみっしりと詰まっている。
そして部屋の中央。
宙に留まりながら俺たちを睥睨していたのは、全長三メートルほどのバカでかい蜂だった。
黒と黄色の警戒色の組み合わせに、棘状の突起を生やす長い六本の脚。
逆三角形の頭部から伸びる分厚すぎる顎。
見た目は他の軍隊蜂とほぼ同じであるが、その腹部だけはなぜか異様に大きい。
突き出した毒針の直径は、丸太くらいはありそうだ。
大気を震わす響きとなって全身に降り注いでくる翅音の威圧感に、俺は息を呑んで立ち尽くしてしまった。
だが聞こえてきた声に、すぐさま自分を取り戻す。
「あー、センセが来たよ! センセ、こっちこっち!」
「遅えんだよ! とっとと来やがれってんだ!」
「おお、先生様だ!」
「こ、これで勝てるべ!」
そんな期待されても、こんな化け物蜂は俺も初見なんだが……。
軍隊蜂自体はゲームでもよく倒した相手だが、こんな地底の巨大な巣や、おそらく女王であろう巨大蜂なんかは見た記憶がない。
慌てて確認すると、壁の一部に下りたままの鉄格子が見えた。
予想は外れてほしかったが、階層のボスはこの凶悪そうな蜂で間違いないようだ。
ただ鉄格子の奥は、いつもの階段ではなく部屋となっていた。
となると、やはり十階はゲームと同じ仕様である確率が高い。
それならこの勝手な難易度の上げ方も、頷けるというものだ。
「どうですか? 村長」
急いで駆け寄りながら、俺は味方の状況を素早く確認した。
今回は総力戦ということで、村人からも多数参加してもらっている。
まず青年団たちだが、大きな亀の甲羅をずらりと構えて皆の壁となってくれていた。
このやり方は六階の蟹や亀狩りを通して、彼ら自身が編み出した戦法だ。
器用に避けることができないのなら、ありあまる体力と頑丈な盾で受け止めてしまおうという考えである。
その盾の壁の背後には、エタンさんら弓士五人とミアを含めた裁縫班の魔術士三人が控えている。
さらに治癒術が使える村長夫妻と、怒り狂っている小熊そっくりなヘイモ。
それとパウラが運んでくれたゴブっち率いるゴブリン弓小隊と、ヨーたちの妖精諜報小隊と。
ざっと見た限り、一箇所に固まって巨大蜂と対峙しているようだ。
「お待ちしておりました、ニーノ様。ええ、今は押されておりますね。どうにも前に出ることができず……」
「あいつら、どんどん増えやがって! ったく、卑怯だぜ!」
ヘイモの指差す壁を見ると、今まさに新たな軍隊蜂たちが生まれてくるところであった。
ズルリと六角系の穴から這い出た女王の親衛隊たちは、すぐに翅を震わせて盾を構えるこちらへ向かってくる。
撃ち出された毒針が甲羅に跳ね返され、次々と硬音を立てた。
間を置かずその上を飛び越えてきた蜂どもだが、ゴブリンらと弓士たちの矢を一身に浴びて地面に転がる。
さらに飛来した紅蓮の炎にまみれ、翅を焼かれた数匹が落下する。
が、女王蜂が翅を震わせた瞬間、またも十匹ほどの蜂が壁の穴から生み出された。
そして床に転がる仲間たちの死骸を乗り越え、侵入者である俺たちへためらいもなく向かってくる。
「またか! いい加減にしやがれってんだ!」
振り回した鉄鉾で蜂を叩き落としながら、獣人種の青年が怒りの声を上げた。
なるほど、増援の相手をするだけで精一杯といった感じか。
おそらくボスワーラットの時と同じで、なんらかの条件を満たす限り無限に取り巻きを呼び出せるのだろう。
そしてボスである巨大蜂のほうだが、ヨルとクウが奮戦中であった。
宙を飛び回りなら、素早く蹴りを叩き込むクウ。
青スライムのジャンプ台を活かして軽々と飛び上がり、女王蜂の腹部に何度も爪を立てるヨル。
ダメージ自体は、着々と与えてはいるようだ。
すでに巨大な蜂の体のあちこちには無残な傷が生じ、体液が滴り落ちている。
が、女王がガチガチと顎を鳴らしたとたん、壁の上部から数匹の軍隊蜂が舞い降りてきた。
蜂どもの両脚には、白い何かが付着している。
その液体を体に塗られた瞬間、みるみる間に女王蜂の傷が塞がってしまった。
全身が元通りとなったボスは、再び激しく顎を鳴らした。
すると今度は巨大な腹部の針から、黒い霧のような物が吹き出す。
触れそうになった二匹は、慌てた顔で飛び退った。
「あー、またー! もうずるいよ、あれ!」
「あなた様、あれは……?」
「まさか今のは<毒の針>と<甘い蜜>か? いや、あんな効果じゃなかったはずだが」
軍隊蜂がレベル10で習得する技は、自らの針を撃ち出す<毒の針>だ。
さらにレベル20になると、<甘い蜜>という己の体力を回復できる便利な特技が覚えられる。
おそらく今の黒い霧は、<毒の針>から毒を広範囲に散布したものだろう。
そして全身の傷を即座に治したのは、<甘い蜜>の強化版と思われる。
さしずめ特別製の女王の蜜といったとこだな。
範囲化した<毒の霧>で己を守り、傷を負ったとしても<女王の蜜>で回復してしまう。
そうやって時間を稼ぐ間に、続々と生まれてくる手下が場を制圧していくと。
その上、外で大目玉蛾を駆逐しきった蜂たちも、女王の危機に気づいてそう遠からず戻ってくるに違いない。
戦闘が長引けば長引くほど、俺たちの負けが濃厚になっていくというわけだ。
「くそ、特技まで強くなるとか……。予想以上に厄介だな」
思わず漏らした俺のつぶやきに、村人たちの顔色がいっせいに青ざめる。
うっかりしてたが、こんな本格的なボス戦は初めての人ばかりだったな。
ま、この程度のピンチならすでに経験済みだし、そうそう慌てる必要もない。
首を横に振った俺は、大きく息を吸い込み深々と吐き出す。
そして自信たっぷりに言ってのけた。
「大丈夫、勝てますよ。俺に任せて下さい」
本日は二部構成です。後編は夜に掲載いたしますね。
お楽しみにお待ち下さいませ。




