攻略前の下準備
いろいろとやることが多く、五日間があっという間に過ぎてしまった。
だが皆が頑張ってくれたおかげで、様々な成果を得ることができた数日でもあった。
大きめの変化があったのは八階だ。
曲角羊から乳が採れると判明したので、乳羊として飼育すべくすでに十頭が連れて来られている。
夢見草しか食べないのではという心配があったが、枝角鹿と並んで下草をもしゃもしゃ食みだしたのであっさり杞憂となった。
寝る場所も元が崖暮らしのせいか、小さな足場を幹につけただけで造作なく高い位置のウロまで登ってくれたりと、元からこの階に居たかのような馴染みっぷりである。
ゴブリンや妖精たちも、ふかふかの枕や布団ができて大歓迎のようだ。
ただし一番、喜んだのはヨルとクウたちだった。
甘みがある羊乳が美味しかったらしく、見かけるたびにお腹にぶら下がってはチューチューと吸い始める始末である。
さらに飲み終えた後も、二匹仲良く羊の首にまたがって乗り物扱いする気に入りっぷりだ。
どうもくるっと手前に曲がった角が、ハンドルのように持ちやすいのがよかったらしい。
「いざまいるー!」
「くー!」
もっとも掛け声は立派だが、<従属>はとっくに解除されている曲角羊たちに命令を聞く義理はない。
一歩も動かず無言で草を食べ続ける羊の上ではしゃぐ獣っ子たちと、その周りを飛び跳ねる青スライムの姿はなかなかに可愛らしい眺めだったりする。
乳搾りに関しては、手先が器用なゴブリンたちの独擅場だった。
しかしミアも結構上手で、たまに競い合って絞り出しては、一気に飲み干して満足気に笑い合っている。
「ぷはー、やっぱ搾りたてサイコーだねー!」
「ゲヒヒヒヒ!」
「グフフフフ!」
なかなかに好評な羊の乳だが、次なる課題は利用法だ。
今はゴブリンや村人らが飲むだけで終わっているが、将来的にはバターやチーズ、ヨーグルトなどの加工品もぜひ作っていきたいところである。
そのため現在、俺がいろいろと試作中である。
バターに関しては錬成術の<混合>を使えば、フレッシュバターっぽいのは作るのことができた。
フレッシュチーズも、<分解>や<凝固>を使えばなんとかなりそうである。
しかし、本格的な発酵系が難題なのだ。
最上級である魔導錬成の一つ、<腐爛>。
これは対象を腐らせ発酵を短時間で促す錬成術であるが、その加減が非常に難しい。
一度完成すればレシピを登録してしまえるのだが、そこにたどり着くにはまだ少しばかり時間が掛かりそうである。
普通に酪農経験のある村人に作ってもらうというのも考えたが、この辺りで飼育されている家畜はもっぱら豚一択らしい。
ちなみに豚の乳は量が少なすぎて、人が飲めるほど採れないのだとか。
そんなわけで、酪農関係に詳しい人材が早急に求められているといったところだ。
羊の次に活躍してくれたのがトンボである。
足場が要らず、高いところでも余裕で届く。
その腹の剣で、たいていの物なら切断してしまえる。
と聞けば、役に立たないわけがない。
これまでは生い茂った大樹のせいで太陽岩の光が遮られ、昼間でも薄暗かった八階。
それが、なんということでしょう。
木々の枝打ち作業が捗ったおかげで、見違えるほど明るくなったのだ。
むろんキノコたちの育ち具合に影響がありそうなので、エタンさん監修の下での作業ではある。
それでもあちこちに光が差し込むスポットが出来ただけでも、印象がガラリと変わるものだ。
さらに切り落とされた枝も、建材や燃料として大いに役立ってくれた。
というか、こっちが本命だったりする。
そのままでは内部に水分が残っているので、俺がまとめて<枯渇>する手間が要り、それはそれでたいへんではあったが。
大半は青年団の手で五階のゴブリン第一村や地上の村に運ばれ、残った物は現在、ゴブリンたちによって炭焼き窯で燻され中である。
これで燃料問題は、遠からず解決しそうだな。
その青年団たちだが、昨日の今月二回目となる突撃鳥の来襲にも活躍してくれたそうだ。
皮や肉も大量に採れて、ゴブリンたちも大忙しで張り切っていたらしい。
これで突撃鳥の発生は、十日から十五日前後というのも判明したな。
そして上の階が盛り上がっていたころ、俺たちは十階の虫たちの調査に勤しんでいた。
何度も襲われつつ検証した結果、以下のことが明らかになる。
まず虫たちには、挑発行為というものが存在した。
これは分かりやすく言えば、こちらへ攻撃を仕掛けてくるきっかけだ。
十階の夕暮れどきを支配する大目玉蛾。
こいつらの挑発行為は光である。
地上部分でわずかに発光するだけで、すぐに反応して群がってくる。
次に十階の中央湖を飛び回る大型種の剣尾トンボ。
あいつらは分かりやすく、縄張りである水上への侵入だ。
まあ湖面に近づくだけで襲っては来るが、縄張りから自主的に離れようとはしないので、逆に距離を置けばほぼ安心な相手でもある。
最後に十階の奥地を守る軍隊蜂。
こいつらの挑発行為を調べるのは、そこそこ骨が折れる作業だった。
なんせ毎回、しつこく群れで追いかけてくるしな。
で、判明した挑発行為だが、驚いたことに豆リンゴであった。
木を切り倒したり、果実を大量に収獲するのが不味かったらしい。
調べた結果どの豆リンゴの木にもあらかじめ蜂が一匹、休眠状態で潜んでおり、何か異常が起きれば目覚めて警報を発するという仕組みであった。
どうりで勘の鋭いパウラや、熟練した狩人のエタンさんでも見落とすはずである。
そして軍隊蜂どもだが、丘陵地帯そのものが巣となっているらしい。
丘のあちこちに人が入れそうな穴が空いており、そこから出入りする姿も確認済みであった。
そしておそらく十一階への階段等も、その巣の中にあるようだ。
なんとも面倒な話である。
「まさかダンジョンの中で、さらにダンジョン探索とはな」
「あなた様、準備が整ったそうです」
「よし、始めるか」
時刻は間もなく日が落ちる頃合い。
十階攻略の始まりである。
やっと十階が終わりそうです。
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