十階探索再開
「パウラも戻ってきてくれたことだし、今日も十階でいろいろと集めたいところだな」
「ご無沙汰しておりました。皆さま」
「パウさまー!」
「であえー!」
「くー!」
五階の水路作りに必要とのことで、パウラには一週間ほど探索班から離れてもらっていたが、昨日無事に開通してこっちにようやく復帰というわけである。
急いで仕上げてくれたおかげで、順調に耕地面積は増えつつある。
上手くいけば三月中に、五階の地面の半分が畑に変わってくれるだろう。
久々に揃った四人、俺と魔物使いのパウラ、魔術士のミア、狩人のエタンさんで十階へ向かう。
おともの従魔と使役魔は、ヨルとクウに青スライム二匹だけだ。
六階と七階は最短距離を進み、見逃した魔物は後続の村長や青年団に任せる。
八階の狼は妖精ネットワークと、総勢二十匹のゴブリン弓部隊の協力で一時間足らずで駆除が完了した。
これもこの階へのゴブリン輸送を、パウラが頑張ってくれた賜物である。
九階のワーラットたちもさっくり片付け、まだ日が高いうちに十階へたどり着く。
すっかり目に馴染んだとはいえ、広々とした眺めは何度見ても心が踊るものだ。
が、俺たちが最初に向かうべきは、その雄大な広がりではない。
「よし、まずはいつもの壁沿いルートだな」
東西に伸びる背後の壁。
そこは曲角羊の生息地であるとともに、意外な薬草の自生地でもあった。
エタンさんとミアが崖から羊を撃ち落とし、ヨルとクウたちが顔面を狙いながらさくさく仕留めていく。
いつもの羊狩りであるが、パウラも加わってくれたおかげでなかなかにペースが早い。
そのせいもあったのか、今日は十八頭目で当たりが出た。
「お、来たか!」
アイテム一覧に現れた素材の名前は極上の羊毛。
希少度が星三個のレアアイテムだ。
さっそく取り出したふわふわの綿毛のような羊毛を、パウラに触らせてみた。
あまりの軽い手触りに、アルヴァレス家のご令嬢も驚いたように眼を見張る。
「これは……、なんとも柔らかい手触りですね。それにこの光沢……、目が奪われますね」
どうやら上流社会でも、十分に通用する品のようだ。
曲角羊は表面の粗い毛の他に、地肌に柔らかい毛が生えている場合があり、それがこの極上の羊毛になるというわけである。
この細い毛で編んだ布は肌触りと保温性が抜群で、ドラクロ2の中盤を支えてくれる換金アイテムでもあった。
おそらくカシミア羊をモデルにしたようだが、別段寒い場所に生息するといった設定もないせいか、時季に関係なく入手できる点はありがたい。
ただしそのドロップ率は、百頭に一回程度という非常な厳しさであったが。
「じゃあ、次は花摘みだな」
「がってん!」
「くー!」
近寄ってきたヨルの首に取り出した籠をかけて、お腹の下にくるように調節する。
そして準備ができた姉の肩をクウが掴み、パタパタと空へ舞い上がった。
壁のあちこちの地肌から剥き出しとなった岩たち。
その周囲には、淡いピンク色の葉を持つ草が生い茂っていた。
そこへ器用に接近した二匹は、ぶちぶちとむしって籠へ投げ込んでいく。
しばらくすると一杯になったのか、満足げな顔で羽ばたきながら下りてくる。
地上で待っていた俺が受け止めてやると、二匹は嬉しそうに胸や脇の下に鼻を埋めてきた。
さっそく籠を外して、中の採取物を点検する。
「この草はなんでしょうか? あなた様」
色合いは変わってはいるが、それ以外は本当にただの雑草である。
興味深けに首をひねるパウラに、俺は薬効を説明する。
「これは夢見草といって、眠り薬の材料だよ」
「これがですか?」
短時間の睡眠を促す効能を持つこの草は、実は曲角羊の主食でもある。
もっとも耐性があるのか、羊たちは食べながら眠ってしまうことはないが。
この夢見草を常食することで発動する曲角羊の特技は<眠りの吐息>。
数秒足らずだが、広範囲を眠りにつかせる厄介な技である。
「それで息を吐かせないようにしていたのですね」
羊は顔面を攻撃していると嫌がって息を吐かず、代わりに<突進>の特技を使ってくるのだ。
もっとも簡単そうに語ってはいるが、この辺りは試行錯誤を重ねてようやく行き着いた狩り方である。
初期の頃はいきなり全員が眠らされて、半分パニックになりながら戦っていたしな。
エタンさんに頬を叩かれて無理やり起こされたのも、今ではいい思い出だ。
まあ俺たちもこの一週間を、ボスワーラットの生態調査だけに費やしてきたわけではないということだ。
「あら、こちらの花は?」
「お、よく気づいたな」
ピンク色の草に混じり、茶色くくすんだ小さな花が籠の中に入っていた。
普通なら見落としそうなほど地味な見た目である。
「これは虫除け花。この階じゃもしかしたら一番に役に立つ素材かもな」
虫類が嫌う匂いを出しているらしく、そのおかげで壁際には他の魔物はほとんど近寄ってこない。
だからこそここら一帯が、曲角羊の生息地になっているのだろう。
虫除け花から薬効を<抽出>した俺は、そのまま迷宮水と<混合>させて昆虫類に特化した魔物忌避薬を作り上げる。
それを全員の体に振りかけて、そそくさと準備を済ませる。
安全を確保した俺は、十階の中央に見える大きな水面を指差した。
「それじゃあ、今日の本命に向かいますか」
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