毛皮を失った獣
眩しげに目を細めた不気味なネズミ男だが、喉奥から甲高い声を発すると同時に骸骨へ飛びかかった。
土にまみれた爪で、骨子ちゃんの肋骨は一瞬で砕かれる。
忠実な下僕が稼いでくれた数秒で、心当たりにたどり着いた俺は鋭く呼びかけた。
「ミア、近づけさせるな!」
返事の代わりに響いたのは、馴染みの指を鳴らす音であった。
ためらう素振りも、聞き返す声もない。
シャドウ初遭遇の経験から、完璧に学んでくれたようだ。
撃ち出された火球は二発。
炎に照らし出されたネズミ男の無機質な目が、飛来する光を映し――。
次の瞬間、魔物は一つ目の<火弾>を鮮やかに躱してみせた。
「うそっ!」
さらに二つ目を躱そうと身を翻したその時、ネズミ男の太ももに音もなく矢が刺さる。
わずかに動きが止まった魔物の肩口に炎の塊がぶつかり、火の粉を派手に飛び散らせた。
ネズミ男の顔が歪み、凶悪な叫びが喉元から溢れ出す。
が、その声は不意に止まる。
ネズミ男のみぞおちには、いつの間にか二本目の矢が刺さっていた。
まるで以前からそこに生えていたかのような静か過ぎる早業だ。
肩を焼かれ急所に矢が撃ち込まれた魔物は、それでも数歩進んでみせる。
だがそれが限界だったのか、急に膝から崩れ落ちた。
そのまま数秒待つと火も消え去り、身じろぎしない死骸だけが残る。
再生した骨子ちゃんに突かせてみたが反応はなかったので、俺はようやく肩の力を抜いた。
「ふう、助かりました。エタンさん。ミアもよくやったぞ」
「ああ、びっくりしたぁ……」
「これはいったい何でしょうか? 人ではないですよね……」
「ええ、人もどきですね」
横たわる魔物の身体や四肢は人とそっくりである。
しかし頭部だけは獣という辻褄の合わなさが、やたらと嫌悪感を駆り立ててくる。
巨大なネズミの顔がリアル過ぎるのも、余計に拍車をかけているようだ。
「いわゆる人獣系と呼ばれるたぐいの魔物です。こいつはワーラットでしょう」
人鼠とも表記される魔物で、他には有名な人狼や人虎、また人熊なども存在する。
ただしゲームや漫画によくある完全な人化は不可能で、知能も低く人語を解するようなこともない。
まあ頭部が獣なので、頭のよさもそれなりなのだろう。
それと基本的に地下迷宮にしか生息しないため、あまり知られていないモンスターでもある。
「なんとも不気味な魔物でございますね、あなた様」
「一応<従属>もできそうだけど、連れて歩くのはちょっとな」
それなりに役には立つが、なんせ素っ裸で丸出しだしなぁ……。
十歳児程度とは言え、あまり気持ちのいいものではない。
「とりあえずこいつの注意点を。まず素早い」
「うんうん!」
初めて<火弾>を躱されたショックからか、ミアが大きく頷いて同意してくる。
「ただし力はそう強くないはずだ。だけど大きな問題が一つあって、こいつの爪――」
かがんだ俺は、ワーラットの手首を掴んで持ち上げた。
先ほどまで土を掘っていたせいか、その爪先は酷く汚れている。
「これに引っかかれると病毒に感染するので、接近するのはできるだけ避ける方向でいこう」
「心得ました、あなた様」
ゲームでも特技の<爪引っかき>は、追加の毒が非常に厄介であった。
「それと人獣系に共通の特性ですが、回復力が結構あります。傷も治りやすいのですが、麻痺毒なんかもすぐに分解してしまうので……」
今度はエタンさんが静かに頷いてきた。
先ほど足に痺れ矢が刺さったまま歩いてみせた姿が、脳裏に残っているのだろう。
「そのかわり人と同じ体型だから、弱点もほぼ一緒です。あと物理防御力……、えっと身の守りも薄いですね」
何度も言うけど素っ裸だしな……。
腕に触ったついで回収してみたが、アイテム一欄に現れたのは赤魔石だけであった。
人獣も獣の一種だからか。
他に何も増えず、収獲はそれだけのようである。
「もしかしてこの子、あんまり倒しがいがなかったり?」
「いや、素材は取れないけど、こいつは確か……」
辺りを見回した俺は、行き止まりの通路の奥にお目当てのくぼみを見つけた。
近寄ってみると案の定、ごちゃごちゃと山積みになっている。
「こうやって溜め込む癖があるんだよ。まあ、ほとんどガラクタだけどな」
手を伸ばし、ざっと回収して中身を確認する。
「お、鉄鉱石か。これは良いな。銀鉱もちょっとだけあるぞ」
「ほんと! やるじゃん、ネズミっち」
「うん、これは……」
アイテム一覧の片隅に、俺の目が引き寄せられる。
名前は古ぼけた指輪。希少度は不明である。
「ほほう、こんな物まで拾ってくるのか。どれどれ」
<解析>して現れたアイテム名は耐毒の指輪。希少度は星二個だ。
おそらく銀製だと思うが、見た目はシンプルで凝った意匠もない。
ただ内側に小さく魔法陣らしき物が彫り込まれている。
「って、タイミングよすぎだろ。いや、これもあるあるか」
厄介な状態異常攻撃を繰り出してくるモンスターの近くで、それに対抗できるアイテムが出てくるのは、よくあるお約束だしな。
メンバーを見回してみたが、ヨルやクウは嫌がるから装備は無理か。
青スライムの二匹も論外。
となると、残った三人だが……。
ちらりと指輪を見せると、ミアの目がぱあっと明るくなる。
女の子らしい反応である。
逆にパウラは、食い入るように俺の手のひらを見つめてくる。
口元からいつもの妖しい笑みが消えていて、ちょっと怖い。
エタンさんは、なぜか男性のくせに興味津々な面持ちである。
ちょっと頬を染めるのは勘弁してください。
悩んだ結果、俺は指輪を持ち上げて――。
自分の指にはめた。
お、人差し指にぴったりだな。
だって誰に渡しても後の二人にがっかりされそうだし、そもそも薬品を錬成できる俺が持つのが一番正解だろう。
「じゃあ、もっと何か落ちてないか探しに行くか」
「りょかー! いこーいこー!」
「ええ、早く参りましょう」
「うん、いいね!」
なぜか、やる気を出した三人であった。
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