とりとり祭り
「おうおう、たっぷり来やがったぜ!」
「やはりニーノ様が心配された通りとなりましたか……」
ゴブリンの集落の櫓の上。
知らせを受けて梯子を登った二人の男は、柵の向こうの異変を確認して声を漏らした。
遠目でもハッキリと分かるほどに、土埃が派手に舞い上がっている。
地面を蹴りつけて迫ってくる魔物の群れの仕業だ。
櫓の中ほどまで余裕で届きそうな体高。
長く伸びた首に太く強靭な両脚。
顔の半分以上を占める巨大なくちばしは、人間の頭部を一噛みで食いちぎれそうなほど大きい。
凶悪な突撃鳥どもの襲来である。
「ざっと数えて、四十頭はいやがるな」
「……頭数なら、こちらが余裕で勝ってますな」
と言っても、あまり戦いの足しにならない数も含めてだが。
頼りとなるニーノたちは現在八階付近を探索中で、すぐには戻ってこれないだろう。
集落に残っているのはゴブリン四十匹に、村長のディルクとその妻のカリーナを含めた裁縫班の女性七人。
あとはヘイモと弟子のゴブリン三匹と、妖精のヨーに糸を吐くだけの大芋虫が四匹。
猛威をふるう大型種の魔物の大群に対し、かなり不安に思える面子である。
刻一刻と近づいてくる脅威を前に、村長と鍛冶屋は互いの目をしばし合わせる。
そしてニヤリと唇の端を持ち上げなから、大きく頷きあった。
「これは、いいところを見せられる絶好の機会ですね」
「おお! 大暴れするしかねえな!」
偵察に赴いていた突撃鳥を乗りこなすゴブリン二匹からは、すでに三十分も前に報告を受けている。
とっくに迎撃の準備はできあがっているのだ。
梯子を飛び降りた村長は、柵の足場に立つ妻に大きな声で呼びかけた。
「そっちは任せて大丈夫かな?」
「ええ、どうぞ安心なさって」
頼もしい返答に、ディルクは笑みを浮かべながら愛用の黒い刃を持ち上げた。
その隣では待ちきれないように、鍛冶屋が黒い鉄鉾をブンブンと振り回している。
二人とも黒い狼の毛皮をまとい、蟹の甲羅で作った胸当てを装備済みだ。
その後ろには蟹の甲羅をかぶったゴブリン三匹が、長柄の鉄槌を固く握りしめている。
弟子入りしてきた三匹に、ヘイモが最初に作ってやった得物だ。
「……見えてきましたね。では演奏隊の皆さま、景気づけに派手な感じでお願いします」
柵の中央に陣取るカリーナの合図に、集落の中央広場で出番を待っていたゴブリンたちはいっせいに両手を持ち上げた。
そして息を合わせて、足で抱えた太鼓に打ち下ろす。
力強い響きが集落中に鳴り渡り、たちまち激しいリズムを刻んでいく。
背後から浴びせられる爆音に、ゴブリンたちは大きな笑い声を放った。
すぐそこに見えるのは、こちらを踏み潰そうと迫る巨鳥の大群だ。
これまで散々、蹂躙されてきた恐ろしい天敵である。
しかし柵の上の足場には、怯えの色を浮かべる者は誰ひとりとて見当たらない。
十分に勝てるはずだと、そう言われたからだ。
ゴブリンたちが弓を構えて見つめる中、先陣を切る突撃鳥十頭が矢の射程へと飛び込んでくる。
そして見事に落とし穴にはまった。
「ゲヘヘヘ!」
「ギャハッハ!」
事前に大ミミズたちに掘ってもらっておいたのだ。
さらに底には尖らした犬の骨が、びっしりと埋め込んである。
獲物しか眼中になかったせいで、鳥どもはあっけなく罠に引っかかり動けなくなる。
後から押し寄せた同胞たちが、その頭部を容赦なく踏みつけた。
群れの仲間を足場にして、第二陣の十頭が柵へ距離を詰める。
「グヘヘ!」
時期を窺っていたゴブっちの合図とともに、一頭ずつ集中して次々と矢が浴びせられる。
当然、硬い鱗と羽毛に阻まれ、大半の矢が弾かれるが、少しでも掠めさえすればいいのだ。
矢尻に仕込まれた毒で体が痺れ、鳥どもの動きがまたたく間に鈍った。
辛うじて柵までたどり着くが、その速度はすでに大幅に落ちている。
さらにぶつかるはずの柵にも、大幅な改良が加えられていた。
隙間なく並べられた頑丈な大亀の甲羅だが、ちょっとした傾斜までつけてあったのだ。
そのせいでさらに勢いが逃げ、巨鳥たちの<突撃>は完全に不発となる。
動きがほぼ止まってしまった突撃鳥たち。
そこへ芋っちにまたがっていた妖精のヨーが、馴染みの笑い声を放った。
「キヒヒヒ!」
その合図で柵の上に並んでいた大芋虫たちが、粘つく糸を続けざまに吐き出した。
またたく間に白い糸に覆われて、突撃鳥どもは動けなくなる。
間髪容れず飛び出してきた村長が、そこへ黒い剣を叩きつける。
数度の打ち付けで、糸が赤く染まり魔物はあがくのを止めた。
その隣ではヘイモと弟子三匹が交互に得物を振るって、身動きできない鳥の頭を平らに仕上げていく。
まことに息のあった師弟の技である。
「カリーナさん、あれ撃ってもいいかしら?」
「ええ、存分にどうぞ」
「じゃ、じゃあ私も!」
魔術士でもある裁縫班の二人が、第三陣として迫る突撃鳥たちにそれぞれ魔力を解き放つ。
地中から飛び出た石の針に足を貫かれ、先頭の一頭が鳴き声を放ちながら転倒した。
その横では顔面を焼かれたもう一頭が、苦しげに首を大きく振り回す。
さらに側面からは、ゴブリンを乗せた突撃鳥が襲いかかった。
その背中の鞍には手綱を握る一匹の他に槍を持つ二匹が同乗しており、ようやく届くようになった巨鳥の顔へ穂先を突き出す。
思わぬ攻撃に数頭が動きを止め、またも矢の格好の的となった。
突進の勢いを止められた巨鳥たちは、落とし穴や傾斜柵、さらに麻痺を伴う矢と大芋虫の吐き出す糸で機動力を殺され、一匹ずつ確実に仕留められていく。
絶え間なく鳴り響く太鼓の音の下、獲物と化したのは突撃鳥のほうであった。
「おらおらおら! これでどうだ!」
「ふ、その程度の傷、すぐさま治ってしまいますよ!」
最後に残った数頭の鳥どもと、楽しげに戦う鍛冶屋と村長。
その暴れっぷりを柵の上で見つめながら、村の女衆たちは呆れたようにつぶやきあった。
「やれやれ、好き放題やってるね」
「ほんと、男衆は単純だねぇ……」
「ふふ、あの人ったら。さて、そろそろ後片付けの準備に入りましょうか。皆さま、よろしくお願いしますね」
ニーノが不在のため、簡単に全て謎空間に回収というわけにはいかない。
巨大な鳥の死骸を、一頭ずつ解体していく必要があるのだ。
ただしそこは、台所を長年預かってきたご婦人たちの独壇場でもある。
「ゴブリンの皆さまは、柵に吊るして血抜きを始めてください。私たちはお湯を沸かして羽を抜く準備をしましょう」
「ギヒヒヒ!」
干すことならゴブリンたちも大の得意である。
腕まくりをした女性たちは、酷い有り様となった戦場を見回し唇の端を持ち上げた。
「さ、いっちょやりますかね。今日はご馳走だよ、あんたら」
「ギャハハハハ!」
かくして収獲祭は、無事に終わりを告げる結果となった。
続いては、第二幕であるとりくう祭りの開催である。
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