やっと到着
パウラ・アルヴァレス。
ハンスさんと同じくドラクロ2に出てくるキャラクターである。
帝国の有力貴族の娘で、親に望まぬ結婚を強いられ家を抜け出し村に流れ着くという登場であった。
その後のイベント次第で、主人公と結ばれるエンディングまで用意されたヒロイン候補でもある。
俺も子どもたちに囲まれた幸せいっぱいなラストシーンが好きで、三度ほど結婚したものだ。
ただしゲームのキャラであるパウラと、眼前の女性には大きな違いが存在した。
登場時のパウラは、十四歳の清楚で可憐なお嬢様だったのだ。
それが、これほど色香に溢れた容姿になろうとは……。
もっともおっとりした喋り方や、どことなく上品さを秘めた風情には面影が残っているとも思える。
エンディングで見られる母親となった姿も、思い返すと胸の辺りはそっくりだしな。
で、さり気なく確認したところ、現実化したこっちのパウラ嬢は二十四歳とのことだった。
家を出た理由も結婚を強制された云々ではなく、むしろ逆の理由である。
縁談相手がなぜか次々と不幸に見舞われたせいで、不吉だと噂が立ってしまい縁組み先がなくなってしまったそうだ。
そこで世間を見て回ってこいと家長に命じられた次第らしい。
要は気に入った相手を自分で探してこいということか。
ちょっと信じがたい話なのでそのまま鵜呑みにする気にはなれないが、貴族の中にはとんでもないのもいることだしな……。
「で、俺はお眼鏡にかなったというわけか」
「ご迷惑でしたか? あなた様」
「いや、美人に言い寄られて悪い気がする男はいないよ」
ただ選ばれた基準が魔力の量という一点のみなのが、男としては非常に物悲しい。
まあ貴族には優秀な血統を残す義務があるらしいので、仕方がないといえば仕方がない。
しかしそうであっても、ちょっとくらい内面的な部分も見て欲しいなと思ってしまうのは贅沢だろうか。
他人に本心をあまり打ち明けず、前世でもまともな恋愛経験もない俺が言うのはおこがましい気がするが。
「気持ちは嬉しいというのが、偽りない俺の本心だ。ただ俺には、これからやらなくちゃいけないことが多くてな。すぐには返事できないが、それでもいいか?」
「わたくしのほうこそ、いきなり都合を押し付けるような真似をしてしまい申し訳ありません。お側に居ることをお許しくださり、まことにありがとうございます」
「まあ、おいおい俺をよく知った上でどうするか決めてくれ。期待はずれになる場合も十分ありえるしな」
「ふふ、そうでしょうか。わたくしもこの機会に、わたくしのことをもっと知っていただけるよう努めますね」
静かに笑みを返してくるパウラに、俺はほっと胸を撫で下ろした。
我ながら無理やり感がある上に鼻につく物言いだったが、素直に聞き入れてくれたようだ。
いや、する振りだけかもしれないが。
まあ答えを先延ばしにしたのは、実は俺の都合が大きい。
この先の計画を考えると、有能な魔物使いが身近に居てくれるのは非常に頼もしいのだ。
心がチクリと痛むが、なんでもすると決めた以上、手段をそうそう選んではいられない。
「じゃあ、よろしく頼む」
「はい、こちらこそ」
俺が手を差し出すと、パウラは愛おしそうに両の手で包み込むように握ってきた。
「よしなにー」
「くー」
そこへ荷車の上を走り回っていた魔物っ子たちも、元気よく飛びついてぶら下がる。
可愛らしい二匹の様子に、俺とパウラは目を合わせて笑みを浮かべた。
二人と二匹で手を重ねていると、タイミングよく御者台から声がかかる。
「あ、見えてきましたよ。ほら、あそこです」
視線を前に向けると、藁葺き屋根の平屋が立ち並ぶ景色が目に飛び込んできた。
"はじまりの村"に、ようやくの到着である。
村の周りは秋播きの麦が青く伸びる畑に囲まれていたが、柵などは一切見当たらない。
この辺りで危険な魔物が出るのはやや離れた龍腕森林だけなので、わざわざ作るほどでもないのだろう。
夜盗の類も皆無ではないが、こんな僻地に現れる可能性は限りなく低い。
とはいっても、安心していられるのもそう長くはないはずだ。
村はできて五年目のせいか、並ぶ家々の土壁はまだ新しめであった。
焦げ茶色の屋根と相まって、少しばかり地味過ぎる外観である。
ここに来るまでによく見た光景だが、王都から離れるにつれ石造りの建築物は減っていくようだ。
家畜を飼っているのか、独特の臭気が辺り一帯に漂っている。
ゲロと小便まみれの王都の路地裏を懐かしく思い出しながら、俺は小さく鼻息を漏らした。
ゲーム画面だと村は小綺麗で健康的な様子だったが、現実になってみると田舎の寒村に来た感が半端なく感じ取れる。
家と家の合間を抜けた馬車は、村の中央の広く空いた空間に乗り入れた。
土をならしただけの広場の真ん中近くには、小さな掘りかけの井戸が見える。
その隣で、ロバはようやく足を止めた。
小うるさい車輪の音が響いたせいか、村人たちがすぐにわらわらと集まってくる。
「行商人のおじさんだー!」
「わー、ハンスおじさん、ハンスおじさん!」
真っ先に群がってきたのは、小汚い子どもたちだ。
我先にと、荷台に飛びついてくる。
そして俺たちの姿に気づいたのか、次々と目をまん丸にして後退りしていく。
どうやら新参者に慣れていないようだ。
二匹の魔物っ子を抱きかかえた俺は、パウラに手を貸しつつ荷馬車から降り立った。
見知らぬ乗客のせいか、子どもたちと同様、大人たちも遠巻きにして近づいてこない。
「ちょっと、通しておくれ。なんだってんだい。固まっちまって」
そんな人垣の向こうで威勢のいい声がしたかと思うと、いきなり年配の女性が村人をかき分けて現れた。
農村らしい地味なエプロンを着けた出で立ちで、くすんだ金の髪は白い頭巾でまとめてある。
かなり横に太い体型で、貫禄充分なおばちゃんだ。
「おかえり、ハンス。元気にしてたかい?」
「ただいま戻りましたよ、姉さん。そっちはどうですか?」
「こんな代わり映えしない村にいる限り、何したって変わりゃしないよ」
そのやり取りで、俺は女性の正体がハンスさんの姉であるウーテだと気づく。
ゲームでは村で酒場兼雑貨屋を経営しており、やり手の女主人的なキャラであった。
「で、こんな辺鄙な場所にお客さんとはまた珍しいね。あんたら何しにきたんだい?」
「はじめまして、俺はニーノと言います。こっちは俺の護衛の魔物使いのパウラ。この二匹は彼女の従魔です」
すらすらと決めておいた設定を話す。
探るように俺たちを見ていた女性は、頷くと頭巾を取って名乗った。
「私はウーテ。そこのハンスの姉で、この村で色々と売り買いしてるもんさ」
「じゃあこれからお世話になるかもしれませんね。俺は錬成術士です。この村には工房を開くために来ました」
「なんだって!?」
俺の言葉にびっくりしたのは、ウーテさんだけじゃなかったようだ。
周囲の村人たちも、口々に驚嘆の声を漏らす。
「おい、今のほんとうなのか?」
「いやいや。こんな村に、錬成術士様が来るわけないだろ」
「ああ、きっとあれだ。詐欺師ってやつだよ!」
「おいらたち田舎もんだから、かんたんに騙せると思ってるべ!」
そりゃ汎人種といえど貴重な錬成術士だ。
普通の村に来るのさえ、よっぽどのことである。
ましてや辺境の開拓村で、しかも巡回ではなく工房を開きたいとか、まずありえない話だ。
俺だって、たぶん信じない。
「うーむ、疑うわけじゃないんだがね。あんた、その、なんか、錬成術士だって証明できるもんはないかい?」
ウーテさんの言葉に、俺は内ポケットから一枚の紙を取り出した。
「王立錬成工房のバルナバス工房長から信書を預かってます。どなたか分かる方は?」
「うむ、拝見しよう」
そう言って進み出てきたのは、真っ白なあごひげを蓄えた老人だった。
物々しい雰囲気に、俺は思わず工房長の手紙を差し出してしまう。
長いひげをしごきながら受け取った老人は、手紙を日光に透かすように持ち上げた。
そして、ふむふむと頷きながら読み始める。
皆が注目する中、老人は不意に手紙から視線を外し、俺をじっと見据えた。
何か不味いことでも書いてあったのだろうか。
冷や汗を背中に感じながら、俺と老人はしばらく見つめ合う。
数秒の重い沈黙の後、老人は困ったようにあごひげを引っ張った。
「うむむ、そういえばわしゃ字が読めんかったわ」
「オイゲンじいさん、また酔っ払ってやがるな! よこせ、オレが読んでやる!」
激しく脱力する俺の前に続いて現れたのは、丸い獣耳を持つ獣人種の男性だった。
背丈は俺より頭一つ低いが、黒い革エプロンを着けたその体はがっしりとたくましい。
小柄な熊のような雰囲気を持つ男性は、老人から手紙を奪い取ると同じように太陽にかざした。
顔をしかめて熱心に読み出すが、数秒もしないうちに地面を蹴って怒り出す。
「これ鬼字じゃねえか。オレに読めるわけねぇだろ!」
知るかよと突っ込みたくなる台詞だが、村人たちにはなぜか受けたようだ。
周りからドッと笑い声が上がる。
ちなみに鬼字というのは神聖ヴィルニア王国の公用語で、正式名は鬼人文字である。
一転して和やかな雰囲気となった村人らとは裏腹に、俺は内心でかなり興奮していた。
今の二人は間違いない。
物知りじいさんと鍛冶屋のヘイモだ。
ご老体のほうは酒場で噂話ばかりしており、しょっちゅうクエストのきっかけとなる重要キャラ。
獣人のヘイモは腕の立つ鍛冶屋で、頼めばなんでも加工してくれる頼もしい仲間であった。
じいさんの適当な言動や、すぐに怒り出すヘイモの仕草は、まさにゲームで何度も見たやりとりだ。
じんわり感動に浸っていると、またしても人だかりの向こうから声が響いた。
「どうかしましたか? みなさん」
四番目に現れたのは、額に角を持つ中年の男性だった。
落ち着いた茶褐色の瞳に、彫りの深い鼻梁。
飾り気のない質素な貫頭衣に包まれた身体は大柄だが、少しばかり痩せ気味なようだ。
穏やかな物腰は同じ鬼人種のせいもあって、バルナバス工房長を思い起こさせる。
年齢も同じくらいだろうか。
この条件に当てはまる人物といえば――。
「ああ、なんかこの若いのがこれ読めってんだが、さっぱり読めなくてな」
「どれ、拝見しましょう」
ヘイモから手紙を受け取った男性は、静かに目を通し始めた。
固唾を呑んで周囲が見守る中、ふむむ、ほほうと声を漏らしながらじっくり内容を吟味していく。
そして最後まで読み終わると、大きな息を深々と吐いた。
何かを言わんと開きかけた男性の口元に、俺を含む周囲の視線がいっせい集まる。
が、黙ったまま、男性はまた最初から手紙を読み始めてしまった。
そして読み終えると、またも口を開きかけ――。
再度、無言で手紙に視線を落としてしまう。
「て、何回読むんだよ!」
ウーテさんの突っ込みに、俺たちは息を合わせたように頷いた。
「おおっと、申し訳ない。信じがたい内容だったので、つい読みふけってしまったようです。……早急にバルナバスに、感謝の手紙を出さねばなりませんな」
呟くように言葉を漏らした男性は、俺に向き直ると右手を差し出してきた。
「はじめまして、私はこの村の村長を務めるディルクと申します」
「こちらこそはじめまして。ニーノと言います」
やはり、村長だったか。
本日、二回目の握手を交わすと、ディルク村長は振り向きざま、もう片方の手を立ち並ぶ家々と村人たちに高々と持ち上げる。
そして嬉しそうに歓迎の言葉を口にした。
「ようこそ、この名もなき村へ。心からお待ちしておりましたよ、錬成術士様」