狼狩りへ
そんなこんなで五日が経過し、俺がこの地に来て十五日目となった。
迷宮探索に取り組んだ期間は、ちょうど二週間である。
わずか半月足らずであるが、その間に達成できた成果はなかなかに大したものである。
まず村の変化だが……。
一番大きいのは村人らのレベルアップだ。
現在の村の人口は六十八人。
そのうちの半数近い三十二人が、それぞれ初期職業がレベル15以上となっていた。
内訳は鍛冶屋のヘイモを筆頭にした戦士団十五名。
狩人のエタンさんが率いる弓士隊十名。
酒場の看板娘ミアを中心に魔術士同盟五名。
それと村長夫妻の治癒術士二名。
十歳未満の子どもたちと、オイゲンじいさんら年配の方を除いた残りの十五人も、数日の内に鍛える予定だ。
レベルアップをした村人たちは、体力などが増加したことで別人かと思えるほど動けるようになった。
これにより肉体労働に関しては、格段に捗るようになる。
このまま順調にいけば、そこら辺の傭兵団程度では相手にならない集団となれそうだ。
ただし戦闘経験自体は乏しいので、その辺りはまだまだ注意かな。
体力の向上に貢献したと言えば、食事事情の改善も大きい。
塩、油、肉類が潤沢に行き渡り、キノコまで食卓に上がるようになったのだ。
例年のこの寒い季節は、慢性的に食料が不足する時期でもあった。
しかし今年は、酒場にいけば労せず肉などが配給されるのだ。
これにより一番の効果は笑顔が増えたことだろう。
カツカツの状態から解放されると、人は驚くほど明るくなれるのだとしみじみ感じる。
それほどまでに、村には笑い声が溢れるようになっていた。
ちなみに柔らかいミミズ肉はミンチに加工しやすく、子どもと老人らに食べやすいハンバーグは大人気である。
鶏肉に近いコウモリ肉はあっさりしているため、塩だけの串焼きなどで女性人気を獲得している。
ウサギ肉はよく締まった歯ごたえで、煮込んだシチューは老若男女に手堅い人気の一品だ。
が、やはり一番人気は、大蟹と海亀の肉である。
ただ塩茹でしただけなのに、いっせいに群がってくる有り様なのだ。
しかしゴブリンたちの分も確保したいので、最近はやや肉全般が不足気味になりつつある。
そこで期待を込められたのが、新メニューの枝角鹿のステーキだったのだが……。
大好評を博したものの、あっさりと入荷は中止となった。
残念なことに枝角鹿は大型種のため、そうそう湧かないと判明したのだ。
さらにちょっとした狩りにくい事情も発生しており、新たな肉の供給は今後の課題でもある。
それと大きい変化として、水回りの改善もあったな。
村の中心に井戸が完成し、また川の水も劇的に綺麗になったため、生活用水に困らなくなったのは非常に喜ばれた。
安全な水が飲めることはとても喜ばしいが、水汲みの手間が大幅に減ったことも歓迎されたな。
あと忘れてはいけないのが、明かりの普及だ。
各家庭に白照石が行き渡ったことで 日没を気にすることなく動けるようになったのだ。
おかげで明日の酒樽亭も、夜遅くまでの繁盛ぶりである。
さらに面白い事柄も、合わせて明らかになった。
白照石は点灯に魔力を必要とするため、普通の人では点けることは叶わない。
けれども日が落ちると、村のあちこちで煌々と光が漏れ出す光景を見ることができる。
実は白照石を灯していたのは、驚くことに子どもたちであった。
綺麗な石を気に入って何度も触るうちに、魔力が顕現した子がかなり居たらしい。
汎人種の魔力持ちの割合は十人に一人と言われるため、これは異常な数値である。
こういった感じで村は今、迷宮を中心に強く結束し始めていた。
それに伴い、頼りとなる団体が続々と発足する。
まずは村の女衆たちによる裁縫チーム。
浮いた時間を活かしゴブリンの集落まで出かけて、協力して作業に当たってくれるようになったのだ。
裁縫が苦手な方たちは、代わりに家事や子守を受け持つ役割分担がちゃんとできているらしい。
それに合わせて、十代から二十代の男衆が集まり青年団を立ち上げた。
主な仕事は新たにレベルアップに挑む村人をフォローしたり、魔物を釣ってきてくれたりと、迷宮での戦闘関連だ。
裁縫チームを護衛してくれるのも彼らである。
中には魔物退治を専業にしたいと言い出す少年らも出てきているとのことだ。
あとはヘイモとゴブリンの弟子たちも、関係は良好なようである。
なかなかに見込みありらしい。
他にも目を引くチームが一つあるのだが、これに関しては迷宮内の変化で語らせてもらおう。
その地下迷宮での話であるが、こちらも探索は順調である。
大量に取れるスライムの皮袋は便利なため、村人たちやゴブリンに行き渡り何かと使われているようだ。
さらに使い回しの利く黒毛狼のマントや、コウモリの羽帽子やケープも増えており、装備の面でも安心である。
特に安定して集まるコウモリの翼やうさぎの毛皮は手袋や帽子、靴などにどんどん加工されている。
そして五階の畑だが、なんと迷宮大蒜が発芽したのだ。
村長の話では普通は一ヶ月はかかるとのことだが、わずか十日足らずと恐ろしい早さである。
魔素が豊富な特別な土であることが要因と思われるが、コウモリの糞尿石もおそらく効果があったのだろう。
石灰石と同化して完全に固まったこの石は、肥料として優秀であると前世で聞いたことがある。
回収する時は、あまり気持ちいいものではないのだが……。
それと畑の周りでは護衛と呼べるか怪しいが、新たな住人がうろつくようになった。
八階からわざわざ連れてきた枝角鹿のエダちゃんだ。
使役魔の枠が圧迫されるため<従属>はすでに解かれているが、もとより非好戦的な魔物のため襲われることもない。
のっそりと歩き回っては、オリーブの葉をむしゃむしゃと物憂げに食べて回るだけである。
その枝角鹿の唾液だが、外傷治療薬の錬成で説明した通り細胞を活性化させる成分が含まれている。
それが植物の成長にも著しい効果があるらしく、実験として畑のそばに連れてきたというわけだ。
本当ならこんな手間を掛けず、回収した唾液腺から植物成長薬を作りたかったのだが、妖精からの反対が多くて諦めたのだ。
そのため中級の外傷治療薬も、ストックは現在三個しかない。
もっともこれは、高級素材である一角馬の角の粉末がなくなったせいも大きいが。
巨木が立ち並ぶ八階では、すでに十五匹の妖精たちの移住が完成していた。
その妖精たちだが、なんと大人しい枝角鹿を次の乗り物に定めたらしい。
その枝分かれした角にまたがって、ゆうゆうとキノコを齧る日々を過ごしている。
いざとなればお腹の下や、垂れ下がる喉の肉に隠れることもできるとのことだ。
そしてそれら妖精たちと樹人種のエタンさんは、なぜかすっかり意気投合してチームをいつの間にか結成していた。
「見つけました。ここから北東へ百五十歩先です」
五十歩単位で展開した妖精たちの探索網に、黒毛狼の斥候を務める森カラスが引っかかったらしい。
そんなに離れていると大きな声でも出さないと伝わらないが、そうすると相手にも気づかれてしまう。
しかしながら妖精とエタンさんたちは、いっさい物音を発していない。
では、どうしているかと言うと、実は光の信号でやり取りしているのだ。
エタンさんが教えてくれるまで知らなかったのだが、妖精たちは発光する翅を点滅させることで独自の言語として利用しているらしい。
チカチカと輝く妖精たちの合図を素早く読み取ったエタンさんが、静かに俺たちを先導する。
そして射程圏内に入ったとたん、音もなく矢をつがえ放った。
知覚の外から飛来した影に首を貫かれ、森カラスは音もなく地面に落下する。
長年の森暮らしで鍛え上げられただけあって、見事な狙撃の腕前だ。
空から地上を見通す目を失った黒毛狼の群れは、逆に広範囲に散らばる多数の妖精から監視されることとなる。
「あの五匹は、他とは少しばかり距離がありますね」
「よし、さくっと片付けよう。頼んだぞ、ヨル、クウ」
「がってん!」
「くー!」
五頭の真ん中に飛び込んだヨルが、鋭い爪で統制をかき乱す。
注意が逸れたところへ、急降下したクウが頭をしたたかに蹴りつけた。
さらにエタンさんの矢で足を射られた一匹が、うずくまって動かなくなる。
矢尻に麻痺毒のある森カラスの爪が使ってあるのだ。
「手前の動きを止めますね、ミア」
「りょかー! 後ろ任せて!」
<魅惑>にかかり立ちすくむ狼の背後では、もう一頭が目の辺りを<風刃>に叩かれて怯んでいる。
連携もさるものだが、ミアの魔術の命中精度の向上も目を見張るものがあるな。
集まってきた妖精の<目くらまし>や、足元へ巻き付くようにぶつかる青スライムの地味ながら効果の高い攻撃もあり、機動力を封じられた黒毛狼どもはあっさりと地面に倒れた。
毛皮と牙だけさっと回収して、急いでその場から離れる。
狼の肉は元からアイテム一覧に収納されず、試しにヨルやクウに食べさせてみたところ、最後まで無表情でもぐもぐしていた。
めちゃくちゃ不味くはないが、喜んでかぶりつく類ではないようだ。
こうやって各個撃破しながら、俺たちは順調に八階の奥の地図を埋めていった。
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