妖精移住計画の始まり
奇跡と呼べるほどの効能を持つ回復薬や治療薬、強化薬は秘薬とも呼ばれ五段階の等級に区分されている。
最上級、上級、中級、下級、最下級という分類であるが、その分類の決め手になるのは只一つ。
調合に使用される素材の数である。
一種類だけなら最下級、二種類なら下級とすこぶる単純な分け方だ。
この辺りは、ゲームの影響が色濃く残っている気がする。
ただしアイテムの数に限りがあったゲームとは違い、現実化したこの世界では無数の素材が存在する。
ゆえにたった四種類や五種類の組み合わせとはいえ、未だに上級や最上級の調合法が明らかになっていない秘薬も多い。
まあ、俺は全部覚えているけどね。
さらに組み合わせにも注意点があり、希少度の高い素材は等級の低い調合には使うことができない。
例えば活力回復薬の素材となる火竜の尾は希少度星四個のため、上級以上を練成する場合のみ使用可能となる。
今回の外傷治療薬の場合、王都を去る時に持ち出せた一角馬の角は希少度星三個、苦汁草は希少度星一個だ。
そこに昨日手に入れた希少度星二個の大鹿の唾液を加えたことで、ようやく三種類の素材からなる中級の外傷治療薬が錬成できたというわけである。
「僕のために、そんな貴重な薬を……、ど、どうしてですか?」
「困っている人が居たら、助けるのは当然じゃないですか」
目の前で動揺する美少女姿の男性に、俺はできるだけ真面目な口調で答えた。
エタンさんが女性ならば、下心が疑われても仕方がない場面であるしな。
俺には断じて、そっち方面の趣味はない。
「し、しかし、その……」
「どうしても借りは作りたくないと仰るのでしたら、どうでしょう? 俺たちの手伝いをしていただくというのは」
「僕がですが!?」
「はい、エタンさんの素晴らしい狩りの腕は聞き及んでいますよ」
樹人種の青年は、俺の顔をまじまじと見つめたまま絶句してしまった。
しばし間を置いてから、絞り出すように言葉を続ける。
「ニーノ様が来られてから、もうこの村では肉や革が不足するようなことはなくなったと聞いております。魔物を前におめおめ逃げ出して、自分の怪我すらろくに治せない僕のような……」
「いえ、危険な状況を生き延びたこと自体が、すでに優秀な証ですよ」
薬草に詳しい樹人種は、時に薬師としての役割も担う。
ドラクロ2でも植物関係の仕入れは、この線の細い狩人が大半を担ってくれていたものだ。
そういった面でも、迷宮探索では大いに役立ってくれるに違いない。
俺の褒め言葉に、エタンさんは無言で顔を伏せてしまった。
これまでは狩人と薬師の掛け持ちで、この村を支えてきたそれなりの自負があったのだろう。
しかし昨年の忌まわしい事件で知り合いが行方知れずとなり、自らも大怪我で歩くことさえままならない。
そこへ今度は俺がいきなり現れて、エタンさんの仕事をすべて奪ってしまう。
自信を失くすなと言うほうが無理である。
だが俺は、この人にこんなへこたれたまま終わってほしくないのだ。
本気になれば、エタンさんは本当に凄いのである。
なんせ成長すれば、作中でも一、二を争う攻撃手になってくれるほどだしな。
「エタンさん、お願いします。俺に力を貸してください!」
寝台に座ったままの青年に詰め寄った俺は、その手を無理やり握りしめて翠色の瞳を覗き込む。
今の気弱な状態なら、余計な言葉を重ねるより真摯な一言のほうが効くはずだ。
「俺にはあなたが必要なんです!」
「…………わ、わかりました」
分かってくれたようだ。
顔色が一気に戻ってきたエタンさんと、俺は再び強く握手を交わした。
これで弓士育成の面も、なんとかなりそうである。
「勘が戻るまでは、しばらく村の人たちに弓を教えて上げてくれませんか?」
「ええ、僕でよろしければ、ぜひ!」
「ありがとうございます。とても助かります」
俺の感謝の言葉に、エタンさんは花がほころんだような可憐な笑みを見せてくれた。
村外れの一軒家を後にした俺たちは、酒場でいつものメンバーと合流する。
地下迷宮に向かいがてら、ヘイモの工房を覗くことにした。
こっちは火事が怖いのか、結構川の近くに建てられていた。
平屋なのだが開け放した造りとなっており、玄関という概念は存在しないようだ。
屋根がついただけの土間には大きな炉が据えてあり、水桶や鉄床などが周りに置かれている。
それらに紛れるように、大きないびきをかくヘイモが寝っ転がっていた。
さらに三体のゴブリンどもが、両脇と股の間にぴったりくっついている。
鍛冶屋の周囲には空になった酒樽や木皿が転がっており、どうやら一晩飲み明かしたようである。
見ているとゴブリンどもがブルっと身を震わせて、ぎゅっと抱きつくようにヘイモに寄り添う。
もう二月とはいえ、まだまだ冷えるからな。
常に一定の温度に保たれる迷宮で生まれた邪妖精たちには、この地上の冷気はかなり堪えるようだ。
慣れるまではゴブっちも、何かとヨルやクウにひっついていたしな。
「今日はどうするか聞こうと思ったが、寝かしておいてやるか」
ヨルやクウに額をペチペチ叩かれても、起き出す気配はない。
ゴブリン布団に包まれた鍛冶屋は、なかなかに幸せそうであった。
今日のメンバーは、青スライムにまたがるヨルとクウ。
獣使いと魔術士のいつもの二人に、安全を期して治癒術士に戻った村長と奥様のカリーナさん。
あとはレベル上げの村人四人だ。
釣り役のヨーとゴブっちが居ないため手際が悪くなったが、それでも一時間半で五階へ到着する。
もちろん忘れずに、四階で妖精三匹を<従属>済みだ。
ゴブリンの集落に入ると、わらわらとゴブリンたちが押し寄せてきた。
そしてヘイモが居ないと分かると、落胆した笑いをいっせいに漏らす。
「へー、モテモテだったんだねー。ヘイモのおじさん」
「あなやー!」
「くー!」
意外と人望、いやゴブ望があったようだ。
道中で入手した虫こぶを使い、ようやくなめすことのできた黒毛狼の毛皮を革加工班のゴブリンに手渡す。
「村長もそろそろ作ってもらいましょうか、革鎧」
「いいのですか!?」
「ふふ、よかったですね、あなた。腕によりをかけさせてもらいますね」
「もちろんカリーナさんの分もですよ」
「あら、私もですか」
夫婦仲良く寸法を測ってる間に、芋っちたちの様子を見に行く。
こっちはあまり捗っていないようだ。
「うーん、角うさぎだけじゃ、やっぱりレベル上げは厳しいか」
「キヒヒ!」
「ケヘケヘ」
ヨーとゴブっちが頑張ってくれたようだが、<粘つく糸>だけしかない大芋虫では止めを刺せない。
そのため獲得経験値が少なく数をこなす必要があるのだが、移動が遅いためそれもままならないと。
「まあ、そろそろあいつらが湧くはずだしな……」
ここで妖精を一匹<解除>し、代わりにヨーに入ってもらう。
慣れた釣り役が居ないと、六階以降は厳しいしな。
妖精三匹体制でカニと亀釣りをこなし、七階は塔まで昇って経験値をひたすら稼ぐ。
おかげでレベル14だった二匹は、二時間ほどで16になる。
八階は奥に行くのはまだ早いと判断し、階段付近でキノコを採取しつつ地図を埋めていく。
新たな群生地を見つけるたびに、妖精たちは大興奮であった。
ついでに二匹ほど枝角鹿も狩れたので、無理はせず集落まで引き上げる。
うん、この調子でどんどん妖精を増やしていくか。
ブックマークや評価の☆もどんどん増やしていければと思う所存です。
何とぞ、ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。




