ルールの抜け道
地下迷宮には様々な強制力が存在する。
例えば倒したはずの魔物たちが時間経過で元通りに生み出されることや、階段を守る特別な魔物を倒さないと先へ進めないこと等々。
その中でも今回、注目したいのは、迷宮が生み出した魔物たちは、定められた階層から勝手に離れられないというものだ。
このルールがなければ深層の魔物たちが、より狩りやすい獲物を求めて次々と浅い層を荒らして回ることになりかねない。
それどころか、迷宮そのものから魔物が溢れ出してしまう危険性まであるだろう。
そういった面では、たいへんありがたい強制力なのだが、実はこのルールを無効にできる方法がある。
それは魔物使いたちの<従属>だ。
不思議なことに使役魔となった瞬間、そのルールから解放されるのか、他の階層どころか地上までも自由に移動できるようになるのだ。
魔物たちはその存在を維持するために、魔素が必要不可欠である。
その魔素を供給してくれる存在が替わったことで、魔物たちを縛り付ける制約が消え失せるのかもしれない。
ただし、一個人である魔物使いでは溜めておける魔素に限界がある。
そのため影響を及ぼせる魔物の数などは、迷宮全体が保有する魔物の総数からみればほんの一握り以下。
というのが、今までの俺の認識であった。
「そうか! いったん使役魔にしておいてから<解消>か! よく考えたな」
「はい。上手くいくかは、試してみなければ分かりませんが……」
たんに使役魔の任を解くだけの特技と認識していた<解消>だが、使いようによっては魔物たちを大量に移送する手段となるわけである。
ゲームにはなかった要素だと言い訳するのは簡単だが、改めてじっくり考えれば他にも応用が利きそう特技だ。
逆にゲームでの知識に頼りすぎたせいで、俺の視野はかなり狭まっていたようだ。
うん、反省しないとな。
さっそくいろいろ検証すべく、俺たちは急いで五階のゴブリンの集落に戻ってきたのだが……。
「おう、帰ってきやがったか。調子はどうでい? よーし、煮えたぞ。さっさと食いやがれってんだ!」
「ゲヒヒヒ」
「グフフフ」
約半日ぶりの再会であったが、へイモはすっかりゴブリンたちに馴染んでいるようだった。
今も仲良く広場の海亀の甲羅鍋を囲み、食事を楽しんでいる最中のようだ。
漂ってくる美味そうな魚介系の匂いに、よだれをだらりと流したヨルとクウが元気よく鍋に駆け寄る。
「なんだ、腹減ってんのか?」
「めんぼくなしー」
「くー!」
「ガキが腹空かせてるってのに何やってんだ! ほれ、たんまり食いやがれ!」
いや、さっき余っていたパンを食べさせたばっかりなんだが。
見ていると木製のお玉で豪快に鍋の中身をすくい上げたヘイモは、蟹の甲羅で作った皿にスープを注いでみせた。
これまでは手づかみで食事していたゴブリンたちも、驚いたことにちゃんと木製のスプーンや蟹の甲羅皿を使いこなしている。
加工する革が足りず代わりに渡しておいた甲殻だが、どうにも予想外な使われ方をしていた。
ただそれだけではなく、他にも加工品はあるようだ。
俺の視線に気づいたヘイモが、得意げに胸を反らす。
「へへっ、見ろ見ろ。いろいろ作ってやったぜ」
見回すと蟹甲羅を使った兜や胸当てなどが、かなりのゴブリンたちに行き渡っていた。
ちゃんと革紐で留め具も作ってあり、きちんと様になっている。
さらに柵の穴は海亀の甲羅で塞がれ、櫓も同じく甲羅で補強されていた。
たった半日足らずで、素晴らしい成果である。
見事にゴブリンの集落を改善してみせたヘイモだが、スープを飲もうとして舌を可愛く出しては引っ込める魔物っ子たちの様子に困惑した声を上げる。
「って、なんでえ。熱いの食えねえのか? ったく仕方ねえな! ほら、これでどうだ?」
冷めやすい小皿に取り分けてもらった二匹は、海亀肉のスープをごくりと一口飲んで満足気に息を漏らす。
「ちそうー!」
「くぅうー!」
「ううう、すっごく美味しそうじゃん! ねー、あたしの分はー?」
「私も少し味見させていただきますかな」
「おう、食いたきゃ並べ並べ!」
ゴブリンどもの列にいそいそと並ぶミアと村長。
八階で厳しい戦闘を体験したばかりなので、緊張をほぐすにはちょうどいい感じである。
「俺たちもと言いたいところだが、先に検証を済ませるか」
「はい、あなた様」
この五階には、試すのにちょうどいい使役魔がいるのだ。
俺たちが向かったのは、櫓の横に置かれた台座だった。
その上に鎮座していたのは、オリーブの葉っぱをむしゃむしゃ召し上がっている芋っちである。
現在は一時間に一回繭玉を吐くだけで、ゴブリンたちにせっせと世話を焼かれているようだ。
<解消>の対象として重要なのは、俺たち人間に非敵対的な魔物であることである。
突撃鳥辺りだと、<従属>が解けた瞬間、ためらうことなく俺の頭を囓ってくるだろうしな。
ヨーとゴブっちにも付き添ってもらい、パウラはあっさりと下僕との関係を<解消>する。
少しだけキョトンとした顔になった大芋虫だが、何ごともなかったかのように食事を再開した。
とりあえず、大きな変化は起きていないようだ。
となると、次は試してみたいことがあるのだが……。
残念なことに使役魔でなくなったことで、芋っちにもうパウラの命令は通じない。
「クヒヒヒヒ!」
けれども長い付き合いのヨー相手では、そうもいかない。
妖精に背中にまたがれた大芋虫は、のっそりと台座から下りて歩き出した。
うっ、なんか凄く太ったな。
そのまま二匹が向かったのは、集落の奥にある闘技場だ。
いや、正確には闘技場の先の六階へ続く階段だな。
結論としてヨーは六階へ行けたが、芋っちは無理であった。
階段ギリギリまで行けるものの、そこで何かに阻まれたように足が止まってしまうのだ。
やはり使役魔でなくなったことで、地下迷宮の強制力も復活するようである。
「ふーむ、面白いな」
「次はどうされますか? あなた様」
「じゃあ思い切って、もう二匹も自由になってもらうか。枠を増やしておきたいしな」
ただの魔物に戻った妖精たちだが、ちゃんと記憶とかは残っていたようだ。
ヨーは平然とパウラの肩に座ったままで、ゴブっちは俺の足に親しげに抱きつき顎を乗せてくる。
うん、これなら行けそうだな。
「よし、ひとっ走り行ってこようか」
ゴブリンタクシーを使って、俺とパウラは四階への階段まで急ぐ。
運転手のゴブリンどもは突撃鳥の扱いにすっかり慣れたのか、十五分足らずで五階を横断してくれた。
ちょっと弾みすぎて尻が痛いが文句はない。
作業中の農夫の人たちに手を振って、階段を上がりうろついていた大芋虫をパウラが続けざまに<従属>させる。
待ってもらっていたタクシーに乗り込み、またも集落へ引き返す。
大芋虫の足が遅いせいで、今度は三十分以上かかってしまったが。
到着したら芋っちに引き合わせつつ、三匹を使役魔から解き放つ。
新たな大芋虫たちは戸惑う様子もなく、芋っちが押し出した山盛りのオリーブの葉っぱを食べだした。
正直、何も考えてなさそうである。
「こうやって増やしていけば、芋虫牧場ができあがりだ。絹糸の量産も夢じゃないな」
もっともレベルを20まで上げて、<繭玉>を習得させないとダメだが。
そこら辺はヨーとゴブっちを残しておくので、角うさぎ辺りを狩っていけば遠からず達成できるだろう。
それとは別に突撃鳥の襲撃があっても、防衛として役立ってくれるしな。
「素晴らしいお考えです、あなた様」
「なんでもかんでも褒め過ぎだって」
照れ隠しに言い返すと、パウラはいつもの艶やかな笑みを浮かべてみせた。
「ふふ、もう大丈夫ですね」
「あ、ああ、悪い。心配かけたな」
どうやら黒毛狼戦で動揺したのを見抜かれていたらしい。
軽々しく謝罪すべきではないと言ったが、パウラにだけ弱みをみせるのは勘弁してほしい。
宴会中のヘイモたちのところへ戻り、大芋虫が増えたことを報告しておく。
心配ないとは思うが、うっかり鍋の具にされたら目も当てられない。
「ほほー、魔物を自由に連れていけるのか!? そりゃいいな!」
「まだ、あまり大勢は無理だがな」
「だったら、こいつらも行けるか? 弟子にしたいやつが何人か居てな」
「ああ、それくらいだったら」
そこで真面目な顔になった村長が、俺に話しかけてきた。
「ところでニーノ様、あの素晴らしい効き目の治療薬について、少しお願いしたことが……」
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