表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/148

新たなきっかけ


 

「村長ぉお!」

「お任せを!」


 俺の叫びに駆け付けてきたディルク村長は、素早く手を差し出して魔力を解放する。

 <清癒>によってもたらされる光が、妖精の体を優しく照らし包み込んだ。


 辛うじて息が残っていたヨーは、安堵したように口元を緩めた。 

 しかし所詮は、魔法陣や魔導陣を通さない癒やしの術。

 <清癒>の効果は、傷口の消毒とわずかな痛みの軽減だけしかない。

 

 カラスの爪で荒々しく掴まれていたヨーの肩口は大きく裂けており、流れる血は今なお止まる気配はない。

 背中の羽も全てへし折れ、辛うじて根本にぶら下がっている有り様だ。


 痛みが少し治まったせいか、妖精は目を開きわずかに唇を動かした。

 だが、いつもの笑い声にはならない。


 痺れ茸を好む森カラスの爪には痺れ毒が蓄積しており、捕まえた獲物を一時的に麻痺させることができる。

 だから悲鳴を上げることも叶わなかったのだろう。


「今すぐ楽にしてやるぞ!」


 そのために俺は居るのだ。

 手を伸ばし、枝角鹿の体に触れて回収。

 アイテム一覧からお目当ての品を見つけ出し、数個の魔石とともに一瞬で取り出す。


 大鹿の唾液腺を<分解>。

 現れた唾液をそのまま<浄化>。

 一角馬の角の粉末と乾燥させた苦汁草、迷宮水、それと大鹿の唾液を<混合>。

 

 三つの錬成をまたたく間に済ませた俺は、できあがった外傷治療薬を妖精の傷口に振りかけた。

 たちまち裂けた肉が盛り上がり、流血が止まる。

 不規則だった呼吸も、緩やかな吐息へと変わっていく。 

 

 目をまんまるに見開く村長を前に、ヨーはむくりと身を起こした。

 その肩口の傷は、完全に塞がっている。


 背中の翅にも薬を流してやると、妖精は嬉しそうに身を震わせた。

 こちらも数秒で元通りとなる。


「おお……。こ、これほどとは……」


 まだ驚いている村長を尻目に、ヨーは軽やかに宙へ舞い上がった。

 痺れ毒も抜けたのか、元気よく笑い声を放つ。


「クシシシシシ!」


 その声が耳に届いたのか、ゴブっちが慌てた顔で駆け寄ってきた。

 そして空を飛ぶヨーの姿を見上げ、安心したように笑った。


「ギヒ! ギヒヒヒヒ!」


 相棒の無事な姿を喜ぶゴブっちだが、その体のあちこちに血が滲んでいる。

 弓も真ん中でへし折れて、酷い有り様だ。

 残った外傷治療薬を振りかけながら新しい弓を取り出して渡すと、ゴブリンは嬉しそうに邪悪な笑みを浮かべた。


 戦いというものを、軽く考えていたつもりはない。

 しかし受けた傷なら治せばいい。

 そう考えた時点で、俺は全く分かっていなかったのだ。

 

 無意識のうちに手がこぶしを形作り、力がこもっていく。

 今ここで謝罪の言葉を口にするのは簡単だ。


 だが命がけのヨーの行為を、そんな言葉だけ終わらせていいはずがない。

 命を賭した行いには、同じく行いで返すべきである。

 それがヨーたちをこの階へ連れてきた俺がやるべきことであり、取るべき責任だ。


 静かに息を整えた俺は、いつの間にか無言で傍らに立っていたパウラへ声をかけた。


「どうなった?」

「十一匹に逃げられました。申し訳ありません」

「いや、よくやってくれた。みんな、怪我は?」

「特に大きなものは。ご心配いただきありがとうございます」


 ヨルやクウ、青スライムたちに多少の噛み傷があったものの、それだけで済んだようだ。

 魔活回復薬を配りながら、骨子ちゃんを周囲に徘徊させて警報代わりにする。


 黒毛狼の死骸は、全部で十六頭だった。

 森カラスも忘れず急いで回収を済ませる。


「よし、今日はここまでにしよう。引き返すぞ」

「うーん、わたし全然だったなー」

「むねんー」

「くぅー」


 結果で見れば大きな勝利なのだが、どうにもスッキリしないようである。

 それは俺も同様だ。

 今後の探索を考えると、そうそう甘いことは言ってられない。


 無事に階段までたどり着いた俺たちだが、そこでヨーがいきなり止まってしまった。

 名残惜しそうに何度も飛び回って、なかなか上の階へ行こうとしないのだ。


「うん、どうした?」

「クヒヒヒ!」

「もしかして何か不満があったのか?」

「キハハ」

「あなた様。おそらくですが、この階が気に入ったのではないでしょうか?」 

「え、そうなのか?」


 驚いた俺の問いかけに、妖精は頷くように何度も上下に飛んでみせる。

 パウラの言葉が正しいようだが、あんな目にあったのによくそんな気持ちになれるな……。

 これが魔物的な思考なのだろうか。


「うーん、キノコが生えているのがそんなに重要なのか」

「ケヘヘヘ!」


 先ほど考えた通りヨーが望むのならば、それはきちんと報いてやりたい。

 しかし、ここに一匹だけで残していくのはあまりにも危険である。


「さすがに一人じゃ危ないからなあ……」

「うん? ほかの妖精っちも連れてきちゃダメなの?」

「<従属>できる数がもういっぱいなんだよ。これ以上は増やせない」

「そっかー。残念だねぇ」

 

 使役魔の数が増えれば、黒毛狼の群れに焦る必要もなくなる。

 ただ枠を増やすには、パウラのレベルをもっと上げなくてはならない。


 そのためにはより深い層で、もっと強い相手と戦う必要がある。

 当然、リスクが大幅に増えるため、安全を確保するなら味方を増やさねばならない。


 そこで使役魔の数を――。

 無限ループである。


 考えあぐねる俺の耳に、柔らかな声がそっと響く。


「手がないわけでもありませんよ、あなた様」


 思わず顔を上げた俺に、パウラはいつもの妖艶な笑みを浮かべてみせた。


いつもよりも短いぞとお思いの方は、ぜひブックマークや評価の☆をお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[良い点] あー短いー。短いのでブックマーク。 階層違いの魔物配備に何かパウラの秘策が? 本当にできるなら攻略から占領にシフトするのに重要でしょうし、地下帝王の右腕パウラとしてまた一歩進んでしまう
[一言] 斬新な評価のおねだりに思わず☆を... もうとっくに☆5を押してある!??
[一言] 今日短くても、毎日更新されていて、この完成度は凄いです。 ガッツリと応援してますので!次回の更新楽しみにしてますね(๑˃̵ᴗ˂̵)
2020/09/12 12:48 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ