表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/148

狡猾な包囲網と瀕死の口づけ


 

 俺が大きく手を上げた瞬間、即座にパウラが動いた。

 背後からミアの口と首に手を回して音を立てないようしてから、その場に無理やりしゃがませる。


 一歩遅れて、剣を手にした村長が身を低くして俺に駆け寄ってきた。

 付き添われながら、枝角鹿の死骸の陰で膝をつく女性二人に合流する。


 ヨルとクウたちも、スライムたちの背中にぴったりとうつ伏せになっていた。

 ちゃんと危険を知らせる合図を覚えていたようだ。


「どうかされました?」

「ふぐぅ! うぐぅ!」

「骨子ちゃんたちが消えた。……ヨーは?」

「……見当たりませんね」


 枝角鹿との戦闘中は、周囲の警戒に当たっていたはずである。

 これは嫌な予感しかしないな。

 

「ヒヒッ」


 いつの間にか離れた下生えに紛れ込んでいたゴブっちが、木の陰を指差して知らせてくる。

 鹿の死骸の後ろから顔だけ出して覗いてみると、草むらに身を潜める黒い塊が見えた。


「あれは……、狼ですか?」

「黒毛狼ですね。面倒なやつがきたな」

「あなた様、あちらにも」

「ふぐぐぐっ!」


 パウラの指摘通り、数匹の獣がそこかしこから俺たちを窺っていた。

 黒毛狼は単体でもそこそこ強い魔物だが、厄介なのは集団戦を得意とする点である。

 ゲームでは機動力の高さを生かして味方一体を取り囲み、連続で集中攻撃してくる鬱陶しいモンスターだった。


 ここから見る限り、普通の犬より一回りは大きい。

 さらに足も太く、体つきはガッシリとしている。


 特技は確か<噛みつき>。

 骸骨犬と同じだが、筋肉がついている分、威力は上がっているだろう。

 それと名前の由来となっている黒い体毛。

 あれも確か面倒な特性があるはずだ。


「これほどの数が、いつの間に……」

「俺たちが枝角鹿と戦っているのを嗅ぎつけたんでしょうね。そしてあわよくばと」

「なるほど、狡猾ですな。どうされますか?」

「囲まれたら、完全に不利です。壁際へいったん引きましょう。あそこなら背後から襲われる心配はないですし」


 一匹一匹なら、そう苦戦する相手ではない。

 しかし絶え間なく周囲から次々と挑まれれば、先に力尽きるのは間違いなくこっちだ。

 俺たちもボスモンスター戦で散々やってきたことだが、数の暴力というのは本当に侮れない。

 それに<びりびり>と<火弾>が使えないのも、本当に痛すぎる。 


 威嚇の低い唸り声を隠さなくなった狼どもを前に、俺たちは場所を変えることを決めた。

 村長を先頭に、東へ向けて走り出す。

 が、わずか数十歩でその足は止まってしまった。


「ぐっ、こいつら!」


 牙を剥き出しにした数頭が、行く手を阻むように集まってきたのだ。

 倒せなくもないが、この場に留まるとすぐさま囲まれてしまうだろう。


「迂回しましょう。あの木のところへ」


 ゴブっちに矢で牽制してもらいながら、右手の大きな木へ進路を変える俺たち。

 が、近づく前にその木陰から、またも数頭の狼が姿を現す。


「だめか。ここは下がりましょう」


 急いで向きを変える俺たち。

 足を止めれば、それだけどんどん不利になっていくだけだ。

 が、再度向かった先にも、狼たちが立ちはだかる。


「だったら木を壁にしましょう。あそこへ」


 しかし、そこもすでに狼たちの縄張りと化していた。

 もう一本の木も、全く同じ結果となる。

 逃げ道をことごとく塞がれた俺たちは、結局、枝角鹿の死骸の側に戻るしかなかった。


「はぁはぁ、完全に動きが読まれているな。ふぅふぅ、どうなってんだ……」


 いくら足が速い狼でも、この先回りぶりは異常である。

 俺の疑問に、パウラと村長が素早く目を合わせた。


「あなた様、実は先ほどから耳慣れない音が……」

「私もです。動こうとするたびに、上のほうから何か響いてきますね」

「うわわわわ! 集まってきたよ!」


 ミアの言葉通り、十数頭の狼たちがジリジリと距離を詰めてきている。

 考える時間も残されていないようだ。


 足止めになるかと思って未回収にしておいた枝角鹿だが、その体に漁られた形跡はない。

 そして走り回ったせいで、俺の体力は限界に近い。

 全部、あいつらの狙い通りということか。 


 魔活回復薬を飲み干した俺は、息を整えながら腹を決めた。

 できれば無理せず倒したかったのだが、そんな余裕を持てる相手ではなさそうだ。


「やむを得ません。ここで迎え撃ちましょう」


 一箇所に集まってきたのなら、それは一網打尽にできるチャンスでもある。

 それに多少の怪我なら、狼どもが手を付けなかったこの枝角鹿でなんとかなるしな。


「時間がないな。ヨル、クウちょっと来てくれ」

「およびー!」

「くう!」


 無邪気に見上げてくる二匹に頷きながら、俺は急いで痺れ茸を取り出す。

 反射的によだれを流す魔物っ子たち。

 その口元にキノコを持っていきながら、俺は謝罪の言葉を口にした。


「すまんな」

「ごにょー!」

「ぐにゅ!」


 ヨルとクウの鼻の穴に痺れ茸を突っ込みながら、俺は取り出した迷宮大蒜をゴブっちに投げ渡す。


「よし、かましてやれ!」


 ガブリとにんにくを噛みちぎって呑み込んだゴブリンは、すっかり馴染みとなった邪悪な笑みを浮かべた。

 そして大きく息を吸い込んで、身を乗り出した。


 ――<臭い息>!


 ゴブリンの口腔から放たれた凄まじい悪臭が、今まさに襲いかかろうとしていた狼どもを包み込む。

 たちまち獣の群れは、激臭に顔を歪め体をよろけさせる。

 なまじ鼻が利く分、効果は抜群だな!


「今だ!」

「クウ、<ぱたぱた>です!」

「ぐー!」


 一気に空へ舞い上がった鳥っ子は、羽ばたきとともに大量の尖った羽根を降らせる。

 これでたいがいは決着がついてきたのだが、今回の相手はそう甘くはない。


「く、やっぱりか」


 狼の体を包む黒い毛皮だが、柔軟性が高い上に非常に滑りやすいのだ。

 半分ほどが刺さらず、体表を滑り落ちてしまう。

 が、それでも少なからずダメージはあったようだ。

 血を滴らせる狼どもの有り様に、パウラが続けて指示を飛ばした。

 

「畳み掛けます! ヨル、<ぎゅん>!」

「がっでん!」


 小さな姿がかき消えたかと思うと、いきなりヨルが狼の群れの中に姿を現す。

 紫のいかづちを足元にまとわりつかせた獣っ子は、鋭い爪を狼どもに叩きつける。

 苦痛の吠え声と血しぶきが、みるみる上がった。


 ゴブっちの第二の特技<臭い息>。

 これを大の苦手としていた二匹が平常通り動けるのは、その鼻から覗く痺れ茸のおかげである。


 あのキノコには、実は感覚器官を短時間だけ麻痺させる効能があるのだ。

 そのため工房ではもっぱら、麻痺薬の原料として扱われていた。

 俺が触ったことはあっても食べたことがないと言っていたのは、それが理由である。


「うわわわ、いっぱいくるよ!」

「ゴブっち、後ろだ!」

「キヒヒヒ」


 前方の狼どもは足止めできたものの、今度は手薄となった背後からの襲撃だ。

 しかしゴブっちの動きを見切ったかのように、狼どもは寸前で足を止めてしまう。

 そのまま大きく迂回したかと思うと、左右から数匹が迫る。

 

「くそ、またも読まれてるぞ!」


 恐鳥の骨を取り出した俺は、呼び鈴を振って続けざまに骨子ちゃんを三体呼び出す。

 少しでも壁を増やさないと。


 村長とパウラも剣と鞭を振るって牽制するが、巧みに間合いを外されてしまう。

 ミアの<風刃>は威力不足で、決定打にもならない。


「く……、ジリ貧だな」


 俺がつぶやいたその時、不意に頭上からけたたましい鳴き声が響いた。

 同時に黒い影が、狂ったように飛び回りだす。


「あれは!?」


 次の瞬間、ゴブっちの弓の弦が鳴り響き、撃ち落とされた影が真っ逆さまに落ちてきた。

 地面に転がったのは、全身の羽根を黒く染めた鳥であった。

 そしてその足の爪には、ぐったりとした妖精のヨーが握られている。


「そうか、こいつの仕業か!」


 狼どもの異常な動きとパウラたちの言葉が、俺の中でがっちりと噛み合う。


 森カラス。

 ゲームでは黒毛狼と組んで、こちらを追い詰めてくる厄介なモンスターだった。

 多分こいつが空から俺たちの動きを観察して、狼どもに知らせていたに違いない。


 そして……。

 血まみれとなった妖精を、俺はそっと抱き上げる。

 おそらく偵察していた段階で掴まったのか。

 だが俺たちの危機を感じ取って、力を振り絞り<妖精の接吻>を放ってくれたのだろう。


 空からの目を失った狼どもは、もはや俺たちの敵ではなかった。



ヨーの頑張りに心打たれた方は、ブックマークと評価の☆をぜひお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[良い点] 村長回復をー! でも今は重心が戦士でしたっけー?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ