深き森で
「まずは壁際から埋めていくか。ヨーとゴブっちは斥候。ヨルとクウは少し前に出て。パウラと俺、ミアは真ん中。村長はしんがりでお願いします」
「心得ました、あなた様」
「りょかー。怪しいの見つけたら、じゃんじゃん燃やすね!」
「待て待て。<火弾>は禁止だ」
「えー!」
魔術が生み出す炎や風は、魔素を利用して引き起こされる。
そのため術に込められた魔素を使い切ると、急速に減衰して消滅してしまう。
なので延焼する心配は普段はあまりないのだが、この階ではそうはいかない。
万が一下草に燃え移ったら、一気に大火になってしまう可能性が高い。
恐ろしい想像ではあるが、地下迷宮のもたらす魔素で木や草が次々再生され、延々と燃焼が収まらないことだって起こりうるのだ。
「こ、こわい! それ、めっちゃこわいじゃん!」
「だから気をつけろよ。クウも<びりびり>は使うなよ」
「くぅぅ」
頼りになる火力を二つも封じられてしまったので、ここは慎重に行動しないとな。
骨子ちゃん一号と二号は、俺たちから少し離して木々の合間を進ませることにする。
何かに襲われた時の保険だ。
天井まで届く木々のせいで、頭上は緑の天幕に覆われてしまっている。
が、薄暗くはあるが、木漏れ日だけでも視界に大きな不自由はない。
おそらく光源である天井の太陽岩が、かなり大きいのだろう。
ただし太い柱のように立ち並ぶ巨木のせいで、見通しはすこぶる悪い。
それでも薄らと視認できる奥行きの深さや、二、三十メートルはありそうな天井の高さからして、この階も相当広いようだ。
そして広い階だと、たいてい大型の――。
「キヒヒヒヒ!」
壁沿いに東に向けて歩き出してわずか五分。
いきなり響いた妖精の笑い声に、俺たちは即座に警戒態勢に入った。
素早く目を向けると、ゴブっちが困惑した顔で飛び回るヨーをなだめようとしている。
魔物に襲われている気配もないので、俺たちは急いで駆け寄った。
「どうした?」
「ゲヘゲヘ……」
ゴブっちにも分からないようだ。
興奮した面持ちで宙を行ったり来たりするヨーの姿からは、危険な様子は感じ取れない。
原因を探るべく見回していると、パウラがすいっと足元を指差した。
「あなた様、これのせいではないでしょうか?」
土壁と下草の狭間で、埋もれるように並んでいたのは白い小さなキノコたちだった。
「なるほど。これか」
「えっ、なになに? このちっちゃいキノコのせい?」
「妖精はたいへんなキノコ好きなのですよ、ミア」
俺たちの会話が聞こえたのか、急降下してきたヨーはキノコの傘にぽすんと腰を下ろしてパタパタと翅を揺らす。
「そうなんだー。なんかヨウっちが座ってると、美味しそうなキノコに見えてくるね。センセ、これなんて名前のキノコ?」
「この小ささで妖精が好むときたら、痺れ茸だろうな」
一つもいでアイテム一覧に収納してみたが、正解であったようだ。
別名、妖精たちの傘とも呼ばれ、比較的よく採れるキノコである。
「えええっ? 食べるとヤバそう?」
「いや、ちょっと口がピリピリするけど、食用になるキノコだよ。かなり美味しい……はずだ」
今まで結構扱ってきたが、実は食べたことはなかったりする。
一つだけヨーに手渡して、残りを一気に特殊空間に収容しておく。
「次の休憩の時にでも、スープにしてみるか」
「やったー!」
「ありがたきー」
「くー!」
嬉しそうに痺れ茸を齧るヨーを先頭に戻し、探索を再開する。
ところどころで大きな倒木や小さな茂みを迂回しながら進むこと四十分。
ようやく東側の壁に到着する。
この間に俺が手製の地図に記したのは、大量のキノコの生息場所のみであった
痺れ茸だけでなく、ゴツゴツと丸みを帯びた黒岩茸や、果物の匂いを放つ杏平茸などなど。
どうやらこの階は、キノコ推しであるようだ。
「さて、どうするかな」
引き返して、今度は西側の壁まで地図を埋めるべきか。
それともこのまま東側の壁沿いに、奥へ足を伸ばすべきか。
できれば初見の魔物には、逃げやすい階段の近くで遭遇したいものだが。
「うーむ。まずやるべきは休憩か」
鉄鍋に迷宮水と、<浄化>した数種類のキノコ、適量の迷宮塩を投げ込み<加熱>。
これだけで、旨味あふれるキノコスープの出来上がりである。
並んで口を開けるヨルとクウに、息を吹きかけて冷ましたスープを交互に飲ませてやる。
一口ごとにとろけた顔になるのは、正直とても可愛い。
「はい、あなた様もどうぞ」
と思っていたら、パウラがふぅふぅと吐息で冷ました木匙を差し出してきた。
照れるような年頃でもないので、ぱくりと一口で飲み干す。
うん、塩とキノコだけでこんなに美味いのか。
パウラと目を合わせて微笑み合っていると、村長に小さな咳払いをされた。
「お戯れの最中、申し訳ありませんが、一つ気になったことがございまして」
「どうしました?」
「幹のあの部分なのですが……」
村長の視線をたどって近くの木に目を向けると、俺の身長よりも高い部分に水平に走る真新しい傷があった。
樹皮がえぐれている範囲からして、この痕を残したのはかなりの巨体だろう。
パウラへ視線を向けると、さりげなく頷かれた。
どうやら、道中にもちょくちょくあったようだ。
「森林の階で、大型種。……これは、当たりか」
安全策を取るつもりであったが、予定変更せざるを得ないな。
俺の予想がもし正しければ、この木肌を傷つけた魔物は農地開拓に必須となる可能性が大きい。
「あの傷をつけた魔物を探しましょう。できれば正体を確認したい」
「分かりました」
「はい、あなた様」
そんなわけで、次の進路は東の壁沿いとなった。
立ち並ぶ木を確認しながら、魔物の痕跡を追う。
そして十分足らずで、俺たちは目的の獲物に遭遇した。
「で、でっかー!」
「お、大きいですな」
「よし、やっぱり枝角鹿か!」
下草に首を伸ばし何か食していたのは、巨大な鹿の魔物だった。
名が示す通り、その角は左右に枝分かれしながら大きく伸びており、俺が両手を広げたほどの長さを誇る。
体高自体も、優に二メートルは超えているな。
体当たりされたら、余裕でこっちが吹っ飛ぶだろう。
というか、あの分厚い蹄に一蹴りされただけでも、俺の体なら簡単にひしゃげそうである。
「注意するのは、<突き上げ>っていう特技だが。地面スレスレからぐいっと来るはずだ。あんまり正面には立つなよ」
「しょうちー!」
「くう!」
「素早さはこっちが上のはずだ。できるだけ撹乱しながら削っていこう。パウラとミアは、皆の補助をメインに」
「めいんですか。専念ということでしょうか。心得ました」
「えっと、火は使っちゃダメだったねー。うん、あわあわでいくよ!」
「村長は隙を見て攻撃を。ただし後ろからだと、後足で蹴られますから注意です」
「はい、お任せください」
レベル的には向こうが下ではあるが、大型種はステータスの数値が高めだからな。
特に枝角鹿は、物理攻撃力と体力が抜きん出たはずだ。
一応、三人には防御強化薬を渡しておく。
「じゃあ、行くか!」
戦いの火蓋を切ったのは、足元を駆け抜ける青い閃光だった。
青スライムのスーにまたがったヨルが、すれ違いざま両手の爪を鹿の足に激しく突き立てる。
いきなりの攻撃に小さく鼻息を漏らした魔物は、前足を持ち上げて威嚇した。
そして地面を二度ほど蹴ったかと思うと、いきなり頭を低くして前に出る。
角の強烈な<突き上げ>を受け止めたのは、大きな水の泡であった。
間髪容れずに急降下したクウが、恐鳥譲りの太い爪を剥き出しにする。
背中を大きくえぐられた鹿は、狂ったように角を振り回した。
そこへスタタッと、連続でゴブっちの矢が突き刺さる。
さらに右側からはスライムのラー、左側からは村長が一気に距離を詰め、<体当たり>と<連撃>を繰り出す。
巨体を揺らした枝角鹿は、すぐさま蹴りを放とうとする。
そこへ鮮やかにきまる<魅惑>。
動きが止まったところへ、魔物っ子たちの爪が深々と突き刺さった。
体力が多めとはいえ、間断ない攻撃の前にはそうそう長くは保たない。
戦闘開始から五分ほどで全身が血まみれとなった枝角鹿は、静かに頭を地につける。
そのまま地面に座り込み、動きを止めた。
「やったー! かったー!」
「かちどきー!」
「くー!」
特に危うい場面もなく勝利を収めた面々を、俺は誇らしげに眺めた。
うんうん、見事に連携が取れてきているな。
回収しようと魔物に近寄った俺だが、ふと違和感を覚える。
枝角鹿との戦いに集中しすぎて、何か見落としたものが――。
そうか、魔力だ。
そこでようやく俺は、骨子ちゃんたちが消えていることに気づいた。
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