違えられた約束
塔を下りた時点で午後二時過ぎだったので、この階の地図を埋めておくことにした。
一時間ほど歩き回り、見落としがないか確認する。
大体の構造だが北と南は曲がり角の多い通路しかなく、出てくる魔物はシャドウのみであった。
逆に中央の塔はスケルトンのみという、アンデッド縛りではあるが偏った配置である。
塔以外に特に目を引くような場所もなく、採取できる素材もないようだ。
呼び鈴を入手してなければ、ハズレ階の烙印を押すところだったな。
「ボスはスケルトンか。あとは取り巻きのシャドウと」
階段前の広めの部屋に居たのは、四本の腕を持つやや大柄なスケルトンであった。
それぞれの手に剣と盾、鎚矛、短剣を持っており、意外と強そうである。
ボスの周囲を歩き回る影は四体。
素早くシャドウを倒せる手段がないと、物理攻撃主体のボスと、弱体攻撃主体の取り巻きの組み合わせはなかなかに脅威だ。
「でも、クウ一匹で十分だな」
「くー!」
褒められたと理解したのか、パタパタと飛び上がったクウが俺の肩に乗っかってきた。
そのままふわふわの羽毛を、俺の頬に熱心に擦りつけてくる。
それを見たヨルも駆け寄ってきたかと思うと、ガジガジと俺の体をよじ登って同じく反対側の肩まで上がってくる。
左右から柔らかい感触を押し付けられるのは心地いいが、ちょっと甘え過ぎな気がしないでもない。
「うん? どうしたんだ。おなか空いたのか?」
「ふふ、それはあなた様に新しい下僕ができたので、きっと寂しいのですよ」
「ああ、それでか」
二匹を引き剥がして両手で抱えた俺は、懸命に重みに耐えながら言い聞かせる。
「あのな、お前たちが居ないと、探索自体がもう成り立たないんだよ。それくらい役に立ってるし、それを除いてもヨルとクウは俺にとって凄く大事な存在だよ」
「あるじどのー!」
「くぅうううう!」
喜びに目を輝かせて抱きついてくる二匹に頷きながら、腕に限界がきたので地面へ下ろす。
そして優しい声で言い聞かせた。
「だけど今回はちょっとお休みしといてくれ。他のみんなも鍛えたいからな」
チームには切り札が不可欠だが、そればっかりに頼っていると危ういのも事実だ。
ドラクロ2でも、一軍連中が参加できないイベントとか平気であったしな。
それとちょっと骸骨たちの実力も計っておきたいし。
「ごしょうー」
「くーくー」
石畳に転がって駄々をこねる二匹のお腹を撫でてあやしながら、作戦をざっくり説明する。
今回の壁役は青スライムたちだ。
ただし鋭そうな短剣だけは、スライムの表皮を破ってしまう可能性があるためパウラに担当してもらう。
剣のほうはボロボロに錆びてて、ほぼ鉄の棒状態だから気にしないでいいだろう。
一応、妖精のヨーやゴブっちも、ボススケルトン側のフォローに回ってもらう。
<妖精の接吻>は効果がないが、光属性の<目くらまし>には怯んでくれるからな。
そして取り巻きの四体のシャドウだが――。
「頼んだぞ、骨子ちゃん一号、二号!」
可愛いメイド骨部隊の初戦闘である。
といっても、物理攻撃しかないスケルトンでは倒せないので、ただの囮役でしかないが。
あと番号をつけてはいるが、見分けはついていない。
左右からそれぞれ回り込んだ骨子ちゃんらに反応して、シャドウが二体ずつバラけて迎え撃つ。
そしてボススケルトンが動き出す直前、青い閃光が床を駆け抜けた。
体を弾ませる<体当たり>を利用した高速移動で、青スライムたちはボスの足元に一瞬で入り込む。
すかさず盾と短剣を突き出すスケルトン。
さすがに骨だけしかない体のせいか、速さに関しては向こうが一枚上手のようだ。
鋭い突きを見舞われるスーちゃん。
しかし、そこへ空気を断つ鞭の音が響く。
短剣を握る手首は強かに打ち据えられ、あらぬ方向へと転じる。
盾のほうはラーちゃんを弾くことに成功はしたものの、そこへ待ち構えていたゴブっちが矢を射かけた。
今度は振り回された剣が、器用に飛んできた矢を打ち払う。
四本の腕は伊達じゃないな。
ただ予想通り、剣や鎚矛じゃ青スライムの表皮は貫けないようだ。
跳ね回りながら、攻撃を受け流す壁役の二匹。
ゴブっちの正確な射撃とパウラの完璧な鞭さばきも、見事に連携が取れている。
うん、順調なようだな。
そしてシャドウのほうも同じく順調だった。
わちゃわちゃと黒い影にまとわりつかれる骨子ちゃんたちだが、全くもって無傷である。
そこへミアの<火弾>や<風刃>が飛び交い、またたく間に魔物の闇の体は消え去っていく。
開幕一分足らずで、取り巻きの掃除は完了した。
「よし、次はボスだ! 骨子ちゃん」
錆びた剣を持ち上げ、大きなスケルトンへ挑むメイド骨部隊たち。
が、頑張ってペチペチ殴ってはいるが、ダメージらしきものは入っていないようだ。
そして横薙ぎされた剣の一撃で、バラバラに砕けて仲良く吹き飛ぶ。
「一号ぉおお! 二号ぉおお!」
見分けはついていないが、とりあえず叫んでおく。
ついでに呼び鈴を鳴らして、すぐにその場で再生させる。
まあボスの手数を減らすのが、元からの役目だしな。
皆の総攻撃に苛立ったのか、ボススケルトンは不意に武器を持つ三本の腕を大きく掲げた。
「ヨー、<目くらまし>です!」
待ち構えていたパウラの指示に、妖精がピカッと光を放つ。
特技の<めった斬り>を放つつもりであったボススケルトンは、怯んでその動きが止まった。
間髪容れずに、攻撃に転じる青スライムたち。
あとは、もうこの繰り返しである。
両足の骨をみるみる痛めつけられた四本腕の骸骨は、苦し紛れに第二の特技<闇の刃>を繰り出す。
斬りつけた相手から体力を吸い取る厄介な技だ。
しかし逆に言うと、この特技の発動は体力が残り少ない証でもある。
「よし、一気に仕留めるぞ。ミア!」
「うっふふー! じゃんじゃん燃やすよー!」
またも<目くらまし>で動きが止められたボスに、連続で火の玉が撃ち込まれた。
全身を燃え上がらせた大柄なスケルトンは、その場で崩れ落ちバラバラに砕けていく。
そしてゆっくりと鉄格子が持ち上がった。
「やったー! みんなすごい!」
「ミアもご苦労さまでしたね」
「キヒヒヒ!」
「ゲヘゲヘゲヘ!」
燃え尽きたボススケルトンの体からは、黒魔石の塊が回収できた。
木の盾は焼け焦げて使い物にならなかったが、あとの三つの武器もちゃんとアイテム一覧に仕舞っておく。
どうやら格上の魔物であっても、ヨルとクウ抜きで十分に通用するようだ。
ただし相性のよさも考慮に入れてだが。
それとメイド骨部隊は、攻撃力に関しては期待できそうにないな。
まあ、囮や陽動も重要な役目だし、それ以外でも活躍の場は多そうだ。
最後に地面にうつ伏せになってふて寝していたヨルとクウを骨子ちゃんらに抱っこさせて、俺たちは次の階へと進んだ。
八階は深い森であった。
樹齢三桁はありそうな大きくて太い木が、まるで柱のように立ち並んでいる。
伸びた幹ははるか高みまで達し、緑の回廊を形作っていた。
おかげで天井が見えず、木漏れ日はあるものの全体的に薄暗い感じだ。
下生えの草もそこそこ生えており、見通しもあまりよくない。
「これは色々と期待できそうだな」
「そうなの? なーんかウツウツしてて、気が乗らないんだけど」
「ああ、それはあるな。ま、お楽しみは明日にとっておくか」
今日は確認だけで、引き上げることにする。
帰りの道中はトラブルもなく、あっさりと地上へたどり着けた。
本日の収穫。
一階から四階はほぼ同じなため省略。
地下五階も特に魔物は倒していないが、ゴブリンたちからの貢物として。
野うさぎの革鎧、上下一具。恐鳥の革鎧、上下一具。
恐鳥の鞍一具。
野うさぎの角十五個。
錬成済み。
絹糸十六束。翡翠油四樽。
絹糸の一部と、なめした野うさぎの革と野うさぎの肉は、ゴブリンたちへ渡し済みである。
地下六階。
青魔石塊(小)一個。青魔石二十個。
大蟹の甲羅二個。大蟹の肉八個。海亀の甲羅二個。海亀の肉二個。
錬成済み。
迷宮塩八袋。
迷宮塩、大蟹の甲羅と肉、および大亀の甲羅と肉も、一部をゴブリンたちへ渡し済みである。
地下七階。
黒魔石塊(小)一個。黒魔石五十一個。
冥土の呼び鈴一個(希少度星四個)。
なまくらな鉄剣二十一本。ボロボロの木の盾二十枚。
なまくらな鎚矛一本。なまくらな短剣一本。
虫こぶが足りていないので、供給される皮に対しなめしが間に合っていない状況である。
ただゴブリンたちの加工に関しては、他にも色々渡しておいたので大丈夫であろう。
レベルに関しては、戦闘回数が多かったせいもあって順調に上がっている。
クウとヨルはレベル23のままだが、パウラ、ミアがレベル22に。
青スライムのスーとラー、妖精のヨーとゴブっちは合わせてレベル21になった。
八階まで一気にいけた達成感で意気揚々と村へ戻ってみると、酒場の前に誰か倒れている。
慌てて駆け寄ると、可愛い熊耳とモジャモジャの顎ひげを生やした獣人種の男性ヘイモであった。
いびきを上げて眠りこける様から、もう酔っ払っているようだ。
迂回して酒場に入り、カウンターのウーテさんに声をかける。
「ただいま、戻りました。何かお変わりありませんでしたか?」
「ああ、もう一日中大変だったよ」
「何かあったんですか!?」
驚いた俺の問いかけに、ウーテさんはわざとらしくため息を吐いて入り口へ顎をしゃくった。
「すっかり忘れちまってるんだね。ほら、そこで寝てただろ」
「はい?」
言われた瞬間、まざまざと記憶が蘇る。
…………そうだった。鍛冶屋と約束してたんだった。
白照石の台座を作り終えたら、地下迷宮へ連れて行ってやると。
「置いていかれたって知って、今日一日あそこでジタバタ暴れてたんだよ。ちゃんと謝っときな」
約束は守りたいものですね。
そのためにもブックマークうや評価の☆をぜひともお願いいたします。




