最上階で待つもの
正午もやや過ぎてしまったので、ひとまず塔が見える通路で休憩することにした。
昼食は黒麦製の山盛りのパンと、鍋たっぷりの蟹のスープだ。
そこそこ肌寒い階層なので、赤魔石を取り出してじんわりと<加熱>しておく。
ここらへんはアイテム一覧のコマンドだと、細かい調整が利かないのだ。
チンと鳴るまで絶対に止められない電子レンジみたいなものである。
「どうした、ミア? そんなに腹が減ってたのか」
なぜか俺の手元をじーっと見つめてくる少女に尋ねると、静かに首を横に振られた。
「あたし、もうかまどに火を点けることないんだなーって思って」
「そういや、ウーテさんにこっぴどく怒られてたな」
「だから、ちょっと懐かしいってやつ?」
「……さみしいか?」
「うーん、どうだろう。今は今でめっちゃ楽しいけど、センセみたいなのもやっぱりいいなぁって」
「俺だって、お前みたいにバンバン燃やせるのは羨ましいぞ」
さっきのパウラが危なかった時とかな。
俺たちは目を合わせて、何も言わずに笑みを浮かべた。
なんにでも善し悪しはある。大事なのは適材適所だ。
「さて食うか」
「いただきまーす」
「ちそうー!」
「くう!」
パンは相変わらず歯ごたえ重視であったが、蟹の殻で出汁を取ったスープは絶品だった。
ひたしてもぐもぐと噛み締めながら、通路の陰から広場を観察する。
この開けた場所の広さは四、五十メールほどの奥行きだろうか。
ぐるりと円筒状の石壁に囲まれており、真ん中の大きな塔以外は何も見当たらない。
塔のてっぺんは暗すぎて見えないが、三階建てか四階建てはありそうだ。
側面には小窓がいくつも空いてはいるが、ここからでは中の様子は窺えない。
通路から塔までの距離は、ざっと十メートルほど。
突撃鳥でも屈まずに入れそうなほどの大きな入口が見えている。
そして木製の大きな扉の左右には、骨だけとなった歩哨が立ち尽くしていた。
骸骨が手にしているのは、錆びた鉄の剣とボロボロの木の盾だ。
あとは何一つ身にまとってない。
「怪しいが他に行ける場所も見当たらないし、とりあえず中を調べてみるか。シャドウが出てくるかもしれないから、ミアとヨーは魔力温存で頼む」
錬成しておいた魔活回復薬を、仲良くくつろぐ妖精と少女に手渡しておく。
この薬は新しく迷宮大蒜が材料に加わったため、等級も上がり魔力と活力の回復量も増えた。
おかげで、前より作る本数が少なく済むようになったのはありがたい。
「スケルトン相手だし、ヨルとクウ主体で行くか。って、何してんだ?」
すでに食事を終えた二匹だが、くっついて何やら遊んでいるようだ。
見ると横たわるクウを持ち上げたヨルが、あちこち歩き回っている。
どうやら肘から出した蟹鋏を使って、器用にリフトのように運んでいるようだ。
俺に名前を呼ばれたことに気づいたのか、ヨルはてくてくと近づいてきた。
そして俺の足の甲に弟を丁寧に下ろすと、そのままぎゅっと抱きしめる。
クウのほうも姉の首に手を回して、感謝の気落ちを示した。
「……なんだ、これ?」
「あなた様、おそらくわたくしたちの真似をして遊んでいるのかと」
「へ?」
言われてみれば、先ほどパウラを抱えて運んだ状況に似てなくもないな……。
次はヨルが運ばれる番らしく、獣っ子は地面にぽてんと寝っ転がる。
そこへ手を差し入れて持ち上げようとするクウだが、腕の長さが絶望的に足りていない。
何度か試みては、そのたびにヨルの体をひっくり返してしまう。
最終的に足の爪を伸ばして、豪快に姉を鷲掴みにして飛び上がる鳥っ子。
お姫様抱っことは程遠いが、二匹とも満面の笑顔なので楽しんではいるようだ。
「よし、そのまま行って来い、クウ!」
俺の言葉に翼を羽ばたかせたクウは、宙を滑空して一気に塔までの距離を詰める。
そしてスケルトンに接近したかと思うと、無情にも掴んでいたヨルを手放した。
勢いのまま、頭から番人に突っ込むヨル。
物言わず忠実に職務を果たしていた魔物の頭部は、毛玉とぶつかった衝撃であっさり粉々になる。
さらにクウのほうも、くるりと向きを変えたかと思うと、反対側のスケルトンを激しく蹴りつけた。
こちらも一瞬で、首から上がバラバラに砕け飛ぶ。
「一撃とは凄まじいな……」
この階層の魔物だと、平均レベル17。
対して二匹は、レベル23。
相性もあるが、6レベル差は圧倒的であるようだ。
扉をひっぱると、簡単に開けることができた。
塔の中はカビ臭く、床に分厚く積もったホコリからは、人が住んでいる気配はみじんも感じ取れない。
扉を守っていたスケルトンの残骸から回収できたのは、錆びた剣と朽ちた盾、それと黒魔石であった。
剣や盾は辛うじて使える程度だが、素材として活用できるかもしれない。
黒魔石は、現状<分解>しか使い途がないので微妙ではあるが。
「うん、余裕そうだし、さくさく行くか」
塔の内部の造りだが、外周に沿って通路があり、中心部は小さく区切られた部屋となっていた。
部屋の中には原型をほぼ留めていない机や棚、寝台などの家具が備えてつけてある。
壁から垂れ下がるちぎれた布のような残滓はタペストリーだろうか。
そして住人であるスケルトンども。
通路や部屋の中をうろついていたが、ヨルとクウの先制攻撃でことごとく葬られていく。
まさに鎧袖一触といった有り様だ。
四つ目の部屋で、積み石がいくつも欠けた階段を見つけた。
しかし上がった先の二階も、何一つ代わり映えがない。
出てくるのは使い物にならない家具の残骸と、ひたすら歩き回る骸骨だけである。
途中からは全員で戦闘に加わり、黙々と経験値を稼ぐだけとなった。
「ここが最上階か……」
予想通り四階建てであったが、一番上の部屋は俺の予想とは別物であった。
天井が崩れて、吹きさらしになっていたのだ。
魔物の姿もなく、半ば朽ちて斜めになった本棚らしき物が壁際に並ぶだけである。
「なーんもないねー」
「むねんー」
「くー!」
何か回収できないかとあちこち触ってみるが、アイテム欄に現れる気配はない。
完全に空振りのようだ。
「あなた様、あちらを」
と思ったら、パウラが塔の下を指差した。
崩れた部分から恐る恐る顔を突き出して眺めると、妖精の羽の光にぼんやりと通路の入口が浮かび上がっている。
急いで反対側を確かめると、そちらにも俺たちが通ってきた通路がちゃんとあった。
どうやら塔に隠れて見えていなかっただけで、反対側にも新たに一本の通路があったようだ。
「…………登る必要なかったな」
「えー、けっこう楽しかったよ」
「なんのためにあるのか、よく分からない場所でしたね」
使役魔たちのレベルも上ったし、それで納得しておくか。
ため息を吐いて戻ろうとした俺だが、不意に瓦礫の一つにつまずく。
拾い上げたそれは、錆に覆われた小さな金属製の呼び鈴であった。
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