雷の子ら
ユニークモンスター。
他に類のない強さを秘めた、特別なモンスターたちの総称だ。
ドラクロシリーズの場合だと、倒しても倒さなくてもストーリーの進行には影響せず、ランダムに発生する障害物に近い存在だった。
むろん苦労して倒した見返りも当然あって、希少度の高い貴重な素材を落としてはくれる。
が、その強さは抜きん出て強く設定されており、その階層のボスを倒した程度では簡単に返り討ちにあうレベルである。
初めて遭遇し物珍しさにうっかり挑んで、全滅させられるまでがドラクロシリーズのお約束だった。
そして今、俺たちへ向かってきているのは、まさしくその初見殺しであった。
恐鳥系の"貪欲なる恐嘴"はこっちが接近するか、同種である突撃鳥を大量に倒すと襲ってくる挙動のはずだ。
今回は明らかに後者だろう。
まだ距離はあるが、ざっと見て頭頂部分の高さは軽く四メートルはありそうだ。
走ってくる二階建てのバスと戦うようなものである。
「勝てるわけがない……」
普通の突撃鳥でさえ、正直腰が引けていたのだ。
生で見た巨大な恐鳥は、ただただ恐ろしいとしか言いようがない。
と、ビビって固まっている場合じゃないな。
このままだと後一分ほどで、ここに来るぞ。
その前に、皆を呼んで早く撤退しなければ。
櫓の上から視線を下ろした俺は、そこでまたも固まりかけてしまった。
だがそれも、やむなしである。
なんせゴブリンどもの視線が、一匹残らず俺に向いていたからだ。
「……おい、待ってくれ」
まさか。
この状況を、俺になんとかしろってのか。
ヤバくなったら逃げます。
こんなことを軽はずみに言ってしまった浅はかな俺の頭を、しこたま殴りつけてやりたい。
こいつらを見捨てて、自分たちだけ安全な場所に撤退?
実際にやれる勇気があるなら、そもそもここに居ない。
ゴブリンどもはただの魔物で、たとえ今日死んでも明日には迷宮の魔素で復活する。
そう分かってはいる。
だが、そんな簡単に割り切れたら苦労はない。
もうすでに俺はこいつらと会話して、取引して、戦って、笑いあった仲なのだ。
無言で見つめてくる四十を超える眼差しに、俺はゆっくりと肺の底から空気を吐き出した。
どのみちこの階を開拓するなら、いつかは戦う相手だ。
なら今でもいいか。
…………それに勝算がないわけでもないしな。
「やるぞ」
俺のボソリと漏らしたたつぶやきに、ゴブリンたちは耳元まである口の両端をさらに大きく持ち上げた。
こいつら本当に調子よくて、……可愛いな。
よし、時間もないし急ぐとするか。
俺は失敗から学べる男だ。
まずコマンドメニューの仲間の一欄を開き、ヨルとクウのステータスを再確認する。
ちゃんとレベル20の大台に達しているな。
となると特技も……。
「パウラ、増えてるぞ!」
その言葉だけで伝わったようだ。
振り向いた魔物使いの美女は、ヨルとクウに素早く視線を移しながら強く頷いてみせた。
ユニークモンスターのレベルは、その階層のモンスターの約二倍から三倍である。
"貪欲なる恐嘴"の場合は、初遭遇となるユニークなので、そんなに強くは設定されていなかったはずだ。
ただしレベル30は確実であり、そうなると使える特技も三種類となる。
俺は急いで技の注意点を、大声で皆に知らせる。
あとは素面なのは、さすがにきつい。
迷宮水に妖精の鱗粉を混ぜた幸福水を、連続で錬成して袋ごと櫓の下へ投げ落とす。
「景気づけだ。飲みすぎるなよ!」
「キヒヒヒヒヒヒ!」
さて、ちょうど一分で準備完了だ。
こっちの戦力はさらに強くなったヨルとクウ&スライム二匹。
頼りになる魔物使いのパウラと、魔術士のミアとハンスさん。
妖精のヨーとゴブっちに、柵の修理に奮闘してくれた芋っち。
それと新しい仲間の突撃鳥のトッちゃんとゲッちゃん。
あとはゲラゲラと笑うゴブリンの弓士四十体だ。
「来るぞ、逃げろ!」
巨大な突撃鳥は、速度を一切落とすことなく一目散に柵へ向かってきた。
最初の特技<突撃>を、早くも発動したようだ。
大声で笑いつつ、柵の上からいっせいに飛び下りるゴブリンども。
そこへ一呼吸遅れて、地面を揺らしながら巨体が突っ込む。
凄まじい破壊音が、耳の底まで鳴り響いた。
同時にたった一度の接触で、柵がバラバラになりながら吹っ飛ぶ。
あ、駄目かもしれない。
と、幸福水を飲む前の俺なら、ここで心がへし折られていただろう。
「はっはー! 引っかかりやがったな、バカ鳥!」
そもそも柵自体は、もうすでに突撃鳥の群れのせいで限界が近かったのだ。
辛うじて耐えていたのは、芋っちのおかげである。
そして今、たっぷりと柵に向かって吐き出された<粘つく糸>は、新たな役割を果たしてくれていた。
弱体系の魔術扱いでもある大芋虫の特技は、魔法防御力の低い突撃鳥には効果抜群だったようだ。
両足に柵の破片と糸を巻きつけた"貪欲なる恐嘴"は、苛立たしそうに地面を踏みつけた。
完全に動きを拘束するまではいかなかったが、かなり脚が鈍ったようだ。
これでもう<突撃>は、当分使えないな。
「ゲヒィ!」
ゴブっちの掛け声で、逃げ延びたゴブリンどもが息を揃えて弓弦を引き絞る。
しかしここで、レベルの差がハッキリと現れた。
ほとんどの矢は、分厚い羽毛の守りを貫けず地面へ落ちてしまう。
ただ数本は刺さったので、ノーダメージじゃないのが救いか。
それに、この矢ぶすま攻撃の目的は他にもある。
"貪欲なる恐嘴"の注意が、周囲に散らばったその瞬間。
背後に回り込んでいた青スライムのスーが、<体当たり>を地面にかます。
青い胴体が宙高く跳ね上がり、さらにそれを踏み台にしたヨルはさらなる高みへと達する。
くるくるくるりと回転した獣っ子は、巨鳥の背に鮮やかに降り立った。
そして両の手を大きく広げ、最大限に爪を伸ばした。
盛大に背中の羽を掻きむしった後、伸ばした尻尾の先端がパクリと噛み付く。
一瞬で紫色に侵食されていく巨鳥の背中。
だが、そんな攻撃を"貪欲なる恐嘴"がのんびり見逃すはずもない。
ぐるりと大きな頭部が動き、赤みを帯びた眼球が暴れまわるヨルへ据えられる。
「ヤバい、来るぞ!」
「ヨル! <ぎゅん>です!」
次の瞬間、毛玉の姿が視界からかき消えた。
そして数歩離れた空中に、唐突にヨルの姿が現れる。
その短い両足には、パチパチと小さな雷がまとわりついていた。
「おお! まるで瞬間移動だな」
これがヨルの新たな特技である<ぎゅん>。
ふざけた名称だが、おそらく雷系の高速移動だろう。
レベル20で覚えるだけあって、恐ろしく使えそうな技である。
足場のない空中に飛び出してしまったヨルは、なすすべもなく落下を始める。
そして地上で待ち構えていた青スライムの上で弾むと、再び大きく飛び上がった。
今度は巨鳥の脚へ、またも尻尾を突き出すヨル。
だが紫色に染まった箇所は、十秒足らずで元に戻ってしまった。
背中の部分も、すでに以前と変わらない。
「猛毒でも耐えきるか。くそ体力馬鹿め! ヨル、そのまま続けろ。効いてるぞ!」
確かに毒は消えてしまっているが、ダメージがないわけではない。
現に"貪欲なる恐嘴"の体は、少しずつ揺らいできている。
<ぎゅん>を使って高速で逃げ回るヨルに、巨大な恐鳥は大きく喉を鳴らした。
「ギャラララララアアアア!」
とたんに、"貪欲なる恐嘴"の動きが格段に変わる。
耳をつんざく咆哮の正体は<高まる雄叫び>。
群れ全体を一時的に強化する、第二の特技だ。
「よし、今だ。行け、トッちゃん、ゲッちゃん!」
同種である突撃鳥の能力を高める特技だが、実は使役魔となった二頭にも有効なのだ。
勢いをつけた突撃鳥たちは、元仲間であるボスの脚へ<突撃>していく。
手酷い裏切りと傷を負った"貪欲なる恐嘴"は、不意に顔を持ち上げてこちらへ顔を向けた。
大声を出しすぎたのが不味かったか!
櫓の上なんて、めちゃくちゃ目立つしな。
たちまち巨鳥の目が赤く染まり――。
こいつの第三の特技は<石の視線>。
眼球が完全に赤くなる前に逃げないと、一生を石像で過ごす羽目になる。
が、こんな狭い場所に逃げるとこなぞない。
「だったら!」
とっさに右手を突き出す俺。
むろんそんな物で、視線を躱せるわけもない。
俺の目が忙しく動き、先ほど手に入れたばかりの品をギリギリで見つけ出す。
間に合え!
"貪欲なる恐嘴"の瞳孔が全て赤く染まる寸前、櫓の上に巨大な遮蔽物がいきなり現れる。
それは完璧に俺の身を隠し、代わりに石の視線を全て受け止めてくれた。
ふう、回収しといてよかったぜ、大亀の甲羅。
と、倒れ込んできた甲羅の重みで潰されそうになりながら、慌てて回収し直す。
「うん、これ使えるんじゃね。来てくれ、ミア、ハンスさん!」
「やばやばー! うん、よんだー?」
「い、今いきますぞ!」
櫓の上に魔術士の二人に来てもらい、高所から魔術で攻撃を加える。
鳥の視線が向いたら、俺が大亀の甲羅で防御だ。
「ゴブどもは逃げ回れ!」
「ケヘヘヘ!」
弓を射かけながら、集落中を走り回るゴブリンたち。
さらにヨルは<しっぽ>で毒を注入し、雄叫びが上がると駆けつける突撃鳥たち。
「よし、完全にパターン化できたな」
と、油断したら櫓に<突撃>された。
さすがに<粘つく糸>の効果も、それほど長く保たなかったようだ。
地面に落ちて、激しく転がる俺たち。
そこへ"貪欲なる恐嘴"の脚が、容赦なく降ってくる。
「今です、クウ! 全力を出しなさい! <ぱたぱた>、<びりびり>!」
「くぅぅぅううううう!」
鋭く響くパウラの声。
同時に力強い羽ばたきの音が、痛みで動けない俺の耳に届く。
苦痛にうめきながらも見上げた空に、小さな体が一直線に上昇していく。
その黒い羽に交じる紫の羽毛からは、まばゆい電撃が溢れ出していた。
一気に巨鳥の頭部に達するクウ。
そして至近距離で、翼を左右に大きく広げた。
次の一瞬、雷をまとった無数の羽が、嵐となって"貪欲なる恐嘴"の顔面に吹き荒れる。
耳鳴りがするほどの苦しみに満ちた叫びが、間を置かずに上がった。
突き刺さった羽から生じた電流は、たちまち巨鳥の顔を焦がし尽くす。
空気に独特の匂いがまじり、次いで巨大な体が左右に激しく揺れる。
無類の強さを誇るはずの巨鳥の目が光を失い、同時にその体も支えを失う。
こっちに向いて倒れ込んでくる巨大な質量。
が、ぎりぎりで俺の顔をかすめて、巨鳥は地面を激しく揺らした。
その姿に、俺も限界を迎える。
最後にどうでもいいことをつぶやきながら、俺の意識は途絶えていった。
「勝てたか。やっぱり、うちのヨルとクウのほうが特別だったな……」
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