巨鳥、襲来
「大きな鳥の群れ?」
「ええ、だと思います」
引き返す道すがら、ハンスさんが語ってくれたあらましはこんな感じであった。
俺たちと別れた後、集落の小屋で弓矢作りなどを見学していたところ、いきなり外が騒がしくなったらしい。
何ごとかと思って小屋の外に出ると、櫓の上で見張りのゴブリンが大声を上げている。
さらに柵の内側にある足場には、弓を携えたゴブリンたちが続々と集まり、ただごとではない有り様。
そこでとっさに櫓の梯子を駆け上ったハンスさんが見たものは、土煙を上げて集落に向かって来る大きな鳥の一団であったと。
「最初は馬か何かと思ったのですが、二本足で短い羽らしきものもありましたので……。あと、大きなくちばしも」
「なるほど。そいつは突撃鳥ですね」
ゴブリンキングが持っていた恐鳥の大骨を思い出した俺は、すぐさま魔物の名前を言い当てた。
この突撃鳥はいわゆる飛べない鳥というやつだが、バカでっかいくちばしと凶悪な鉤爪付きの足を持っており、獲物を見つけるとひたすら突進してくるという厄介な相手だ。
ゲームだと大型系のカテゴリーに属しており、同レベル帯のモンスターの中では突出した強さを誇る。
「だとすると、相当危険ですね」
「はい、かなりゴブリンさん方が不利なように見受けられました」
ハンスさん曰く、襲ってきた魔物たちは次々と柵に衝突して凄まじい音を立てていたらしい。
ゴブリンたちも弓で懸命に応戦していたが、村になだれ込まれるのは時間の問題だと判断して、急いで俺たちに知らせに来たというわけだ。
「ありがとうございます。気づかずに五階に戻ったら、俺たちも襲われるところでしたね」
「それとできれば、ゴブリンさん方をお助けできないかと……」
そう言いながら俺に向けてくるハンスさんの目は、心配げに揺れている。
この人は魔物だろうと、困っているなら手を差し伸べてしまうんだろうな。
本当にいい人だ。
だが相手は凶悪な突撃鳥の大群である。
勝てない相手ではないとは思うが、数に押されると何が起こるか分からない。
それに、アレが出るのもこの階辺りだった気がするしな……。
どうするか即答できない俺の迷いを感じ取ったのか、ハンスさんは商人らしく実利的な条件を加えてきた。
「ゴブリンさんの仕事ぶりを見せていただきましたが、正直驚きました。あれほどの職人たちに、そうそうお目にかかれるとは思えません。差し出がましいとは承知しておりますが、ニーノ様が考えておられることに、彼らは必ずお役に立てると思います」
確かに地下迷宮内で拠点作りを進めるなら、優秀な職人はいくら居ても足りない。
俺のやりたいことまで、ハンスさんはお見通しのようだ。
うーむ。
正直な気持ち、俺もゴブリンたちを見捨てるのは忍びない。
それに突撃鳥だと素材も美味しいし、あと経験値的にも美味しい。
ヨルとクウは、そろそろ大台だしな。
「分かりました。皆はどうしたい?」
「あなた様のお心のままに」
「え、ゴブっちの村がピンチなんでしょ。早く行かないとダメじゃん!」
「しゅつじんー」
「くー!」
パウラ以外は、他の選択肢はないようだ。
「じゃあ、本当にいざって時は六階へ逃げるぞ。絶対に無理はするなよ」
「心得ました。お任せください、あなた様」
「はーい」
「しょうちー!」
「くう!」
「ありがとうございます。ニーノ様」
パウラ以外は、素直に聞き入れてくれたようだ。
そんなわけで五階へ戻ってみたところ、情報通りかなり切羽詰まった状況であった。
まだ村の中にまで突入されていないようだが、ゴブリンたちが大騒ぎする声があちこちから響いてくる。
「俺は櫓に上がって様子を見てくる。皆は柵の近くに行ってくれ」
伝令役の妖精のヨーを引き連れて、俺は梯子に飛びついて登りだす。
小柄なゴブリン向けに作られているせいか、幅が狭く危なっかしいがそんなことも言ってられない。
上からの眺めだが、ゴブリンはそれなりに健闘しているようだった。
ただし相手が悪い。
リアルに見た突撃鳥は、想像以上に凶暴そうな面構えであった。
体高は軽く二メートル以上。
顔の半分が黄色いくちばしで占められており、しかもその先端はピッケルのように尖っている。
太く長い首に、赤い羽毛に包まれたがっしりした胴体。
それらを支えるのは、鋭い鉤爪の生えた二本の太い脚だ。
あと目がすごく怖い。
小さめのくせに眼光が鋭すぎるのだ。
群れの数はおよそ三十頭から四十頭ほどか。
十頭前後が入れ替わりで、柵に突進しては大きな音を響かせている。
ゴブリンたちは必死で矢を射かけているが、数本が刺さった程度ではほとんどダメージがないようだ。
地面に倒れている突撃鳥も、数頭足らずだしな。
大型系は体力の数値高いからなぁ。
逆に柵のほうは結構ダメージがきているようで、数ヶ所に大きなひび割れが見て取れる。
だがそこで活躍していたのは、予想外の魔物芋っちであった。
ぴゅるぴゅると粘つく糸を吹き付けて、一生懸命に柵の補修に駆けずり回っている。
ちゃんとハンスさんが逃げられるように、時間を稼いでくれたんだな。
「よし、パウラ、ミア、ハンスさんは、柵の上から援護を頼みます! パウラは<魅惑>で足止めを!」
「はい、お任せくださいな。あなた様」
「ハンスさんと、ミアはぞんぶんに撃ち込んでください」
「了解いたしました」
「わかったー!」
それとゴブリンたちも頑張ってはいるが、攻撃が分散していては効果が薄い。
「ゴブっち、お前が指示をして一頭に矢を集中させるんだ」
「キヒヒヒ!」
あとはうちの主力陣だな。
突撃鳥たちの注意が柵にいっている今がいい機会だ。
「ヨル、クウ。外でちょっと暴れてきてくれ」
「がってんー」
「くー!」
最後に俺だが、ここでひたすら支援か。
一瞬で魔活回復薬を錬成した俺は、ヨーに手渡しながら壁の修理にいそしむ芋っちを指差す。
「飲めるかどうか分からんが、無理ならぶっかけてきてくれ。あと、ゴブどもを元気づけてくれるか」
「イヒヒヒ!」
甲高い笑い声を発したヨーは、俺の手から薬瓶を奪い取ると、大芋虫へ向かっていく。
そして逆さまにして芋っちにぶっかけたかと思うと、柵の上まで一気に舞い上がる。
キラキラとした鱗粉を浴びたゴブリンどもは、口々に笑い声を上げだした。
「ゲヘヘッヘヘ!」
ゴブっちが指差した一頭に、四十近い弓がいっせいに向けられる。
「ゲヒィ!」
さすがに矢の集中攻撃には耐えきれなかったのか、針山状態になった突撃鳥は急激に失速し横転した。
その様子に、ゴブリンどもは笑いながら歓声を上げる。
さらにもう一頭。
ハンスさんの矢が目に刺さった突撃鳥が、けたたましい鳴き声を放つ。
<旋風>で威力が底上げしてあるため、短弓でも十分に撃ち抜けるようだ。
さらにさらにその隣では、ミアによって火だるまとなった突撃鳥が地面を転がって暴れまわる。
恐鳥系は体力と物理攻撃力、素早さに特化した強敵なのだが、その反面、魔法防御力がアホみたいに低いのだ。
その辺りがドラクロ2で、こいつや大蛸系がレギュラーで使われなかった理由でもある。
数頭がまたたく間に倒れたことで、群れの動きに乱れが生じる。
そこへ飛び込んだのが、我らのヨルとクウ&スライムたちだ。
地面を飛び跳ねて高速で移動する青スライム。
その上に雄々しくまたがった二匹は、突撃鳥に近づくと素早く背中に飛び移る。
「おかくごー!」
「くぅう!」
上手い。
短い翼しかない恐鳥系は、その位置だとすぐに振り落とせないからな。
両手を広げた二匹は、息を合わせたように魔物の背の羽を一気にむしり取った。
無機質な目を見開いて鳴き声を放つ突撃鳥だが、背中の死角はどうしようもない。
そこへ風を切って駆けつける味方の突撃鳥。
と見せかけて、いきなり突進してきたそいつは、苦しむ同胞の側頭部にハンマーのごとくくちばしを叩きつける。
分厚い頭蓋骨さえ砕く一撃を受けた魔物は、声もなく地面に倒れ込んだ。
どうやらパウラがいつの間にか、<従属>させていたようだ。
無理するなって言ったのに。
ヨルやクウの活躍で、突撃鳥の群れはさらに混乱していく。
各個撃破の作戦もはまったようで、少しずつ地面に横たわる突撃鳥も増えていった。
と言っても、相手の数も多い。
俺は必死になって薬を錬成し、ヨーにあちこち届けてもらいながら、戦況を勝利へと導いていく。
そして三十分後。
あらかた片付いたところで、ゴブリンの一匹が大きな悲鳴を発した。
たちまちその理由に気づいた他のゴブリンたちも、悲痛な叫びを次々と放つ。
そちらへ視線を移した俺も、思わず声を上げそうになった。
戦場の遥か向こうに見えたのは、大きな土埃だった。
その中央には、見慣れた突撃鳥の姿が見える。
ただし接近してくるのは、群れではない。
たった一頭のみである。
しかしひと目で、それは普通の突撃鳥ではないと理解できる。
目の錯覚と思えるほどに、…………でかいのだ。
距離を詰めてくる新たな脅威に、俺は知らずに声を漏らしていた。
「……やっぱり居やがったか。"貪欲なる恐嘴"」
よいこの読者のみんなー。
ヨルとクウが大ピンチだよ!
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