新たな脅威
「よし、まずは北だな」
「あれ、はしっこ回るんじゃないの?」
「そのままだと危ないでしょ、ミア」
そう言いながらパウラは、少女へ手を伸ばす。
首元に指先をそっと這わされたミアは、目をパチクリさせてからポンと手を打った。
「そっかー。首のアレないと襲われるんだっけ?」
「ゴブリンの護符な」
畑作りに来てもらった村の人に三個渡したため、現状護符が二人分足りていない。
そのためパウラとミアは、ゴブリンたちに出会うと戦闘になる恐れがある。
だから先にゴブリンの集落に、護符をもらいに行こうというわけだ。
しかし、今日の二人はなんだか仲がいいな。
妖精コンビに先行してもらってゴブリンたちを避けながら、オリーブの実とにんにくを集める。
たまに角うさぎを仕留めながら、一時間ほどで集落に着いた。
やっぱりここは時間がかかるな。
パウラたちには外で待ってもらい、ボス部屋の前に座っていた赤羽根と取引を開始する。
これから手伝いの人を増やす予定なので、護符は十個まとめて頼むことにした。
ただ、魔石五十個はめちゃくちゃきつい。
一回の探索でそれくらいは入ってくるのだが、錬成する品が増えてきているので消費量もバカにならないのだ。
特に複合錬成は便利だが、魔石を二個も使うしな。
「こっちも何か買い取ってもらうか」
ゴブっちがパウラたちへ護符を届けに行っている間、俺はいろいろ取り出して交渉を試みる。
コウモリやミミズの肉はひとしきり匂いを嗅いだ後、けっこう多めの量で魔石一個と言われた。
角うさぎの肉のほうが美味いしな……。
にんにくもそこそこ採れるせいか、首を横に振られた。
オリーブの実やオイルには、興味がないようだ。
うさぎの角や皮は、薬品や装備品を作るのに取っておきたいし、あとは……。
小袋に少しだけ残っていた塩を差し出すと、赤羽根はフンフンと匂いを嗅いだ後、ぺろりと舐めてすぐに顔をしかめた。
これも駄目かと思った瞬間、指を一本立ててくる。
「お、塩はいけるか?」
「キヒ、キヒヒヒ」
気に入ってくれたようだ。
「どうされますか? あなた様」
「うーん、予定変更しようか。先に六階へ行こう」
ゴブリンの弓矢もかなり性能がいいらしく、追加で欲しかったのだが一揃いで魔石二十個と言われたのだ。
まあ、護符より手が込んでそうだしな。
小袋の半分の量で魔石一個なら、スライム袋ぎっしりならたっぷり交換できるに違いない。
「復活してるな。当たり前か」
王座にはゴブリンキングが当然のように座り、側女役の二匹にお世話されていた。
また一騎打ちかと思っていたら、ヨルが急に俺の足に頭を擦りつけてくる。
「どうした? ヨル」
「もうしー」
「ああ、頭が痒いのか。よしよしこうか」
額の少し上を掻いてやると、獣っ子はすぐにゴロゴロと喉を鳴らしだす。
さてゴブリンキング相手だと、またヨルに行ってもらうのが鉄板だが、<臭い息>の対処が困るな。
誰に出てもらうか考え込んでいたら、ヨルが俺の手をくいっと持ち上げて外した。
そして今度は首をかしげながら、三角の形をした耳と耳の間を指差す。
「ああ、そこが痒いのか。よしよしこうか」
「いささかー」
またも喉を低く鳴らすヨル。
うーむ、相性を考えると、悪臭と打撃に強い青スライムが適役かもしれないな。
問題は決定打の弱さか。
と、またもヨルが俺の手を外して、自分の頭を懸命に指差す。
うんうん、痒いところがなくなるまでじっくり掻いてやるぞ。
「センセ、センセ」
「うん?」
「ヨルっち、なんか欲しいんじゃない?」
「そうなのか?」
俺が尋ねるとヨルはコクコクと頷いて再度、自分の耳と耳の間を指差す。
それからもう片方の手で、ゴブリンキングの頭の上辺りを指差した。
懸命なその仕草に、俺とミアはようやく意味を悟る。
「あ、王冠か!」
「もしかして、あの頭にかぶるやつ?」
急いで妖精銀の冠を取り出してヨルにかぶせてやると、お腹を可愛く突き出してスタスタと歩きだす。
驚きながら注目していると、キングは王座に近づいてきた挑戦者をじっと見据えた。
一気に緊張が高まる中、大柄なゴブリンは無言で立ち上がり――。
おもむろに王冠を取ると、そのまま王座を明け渡した。
そして近づいたヨルが、代わりにぴょんと飛び乗って俺たちに誇らしげに手を振ってくる。
ついでに王様らしく足を組もうとして、後ろにひっくり返った。
その拍子に王冠が頭から転げ落ちる。
とたんに横に居た元キングが、慌てた顔で王冠をかぶり直し骨棍棒を引っ掴んだ。
だがコロコロ転がってきた王冠を今度はクウがひょいとかぶると、またも動揺した顔で王冠を脱いで骨棍棒から手を離す。
「どんな仕組みだよ!」
試しに俺も頭に冠を載せてみたが、全く同じ反応だった。
通行手形のような役割があるようだが、手に入れた経緯はどうでもいいらしい。
「二つあると便利だし、もう一つ取っとくか」
今回は強化したクウで、可哀想なキングに挑んでもらう。
素早さで撹乱しつつ、<ラッシュアタック>や<臭い息>は距離を取り、<ぱたぱた>で削り倒しての勝利であった。
「お疲れさん、クウ。じゃあ地底湖を覗きに行きますか」
「ニーノ様、私はここに少し残らせていただいでもよろしいですか?」
「どうかしました?」
「はい、彼らの仕事ぶりが少々、気になりまして」
そう言いながらハンスさんは、物音が響いてくる小屋へ視線を巡らす。
商人らしいその目の輝きに、俺は迷うことなく承諾した。
ついでに塩水が苦手な芋っちも、護衛代わりに残していく。
六階に来たが、せっかくなので魔物が居ないか調べながら塩作りをすることにした。
まずは東へ向かいながら、妖精のヨーには岸から一メートルほどの距離を飛んでもらう。
岸辺には青スライムにまたがったヨルとクウが、いつでも動けるように待ち受ける。
俺とパウラとミア。
あとゴブっちは壁際を移動しながら、湖の様子を窺う布陣だ。
「ミア、もう少しお下がりなさい。危ないですよ」
「はーい、パウさま。なんか今日はやさしー」
「そうですか? ふふ、気の所為ですよ」
うん、同じベッドで寝たせいか、すっかり仲良くなったようだ。
移動を始めて数分後、いきなり水飛沫が上がったかと思うと、ヨーの体が眩しく輝いた。
<目くらまし>で上手く難を逃れた妖精を追いかけるように、黒い影が続けざまに岸辺に現れる。
胴体は丸みを帯びたシルエットで、大きさは俺の膝下ほどである。
しかし目を引くのは、そこではない。
魔物の体の左右から突き出していたのは、大きな二枚刃の――。
「わっふ! 何あれ、ハサミ?」
「大鋏っていう蟹の魔物だ。挟まれないように気をつけろ!」
「がってんー」
「くー!」
ガチガチと両腕のハサミを噛み合わせる大鋏たちに、すかさず距離を詰めたヨルとクウが攻撃を加える。
だが硬い甲羅に阻まれて、致命打とはならないようだ。
さらにゴブっちが飛ばした矢も、器用にハサミで弾き飛ばされる。
「どいてー! 燃やしちゃうよ!」
「あ、待った」
張り切るミアに注意をする前に、パチンッと指が弾かれてしまった。
すぐさま生み出された火の玉が、宙を横切って蟹へと迫る。
次の瞬間、魔物の口元に現れたのは、大きな泡であった。
またたく間に膨れ上がった泡は、<火弾>にぶつかるやいな割れて消滅する。
しかし同時に炎の塊も、何ごともなかったかのように消え失せてしまった。
「えっ、なに、あれ!」
「大鋏の特技は<水泡>なんだよ。相性が悪いぞって言おうとしたんだが……」
「なまいきー! あたしのマネするなんて!」
「いや、向こうのほうが泡でっかいぞ」
と、のん気に話していると、不意にパウラが鋭い声を発した。
「あなた様、何か来ます」
その警告に、俺は大鋏どもとセットになって現れる厄介な魔物の存在を思い出す。
だが、すでに遅かったようだ。
新たに水面を二つに割るようにして登場した黒い影。
その正体は、全長が三メートル近い大亀だった。
「まずい。全力で行け!」
「クウ、<ぱたぱた>です!」
「クゥゥウウ!」
「わったしもー!」
急いで飛び退るヨルとスライムたち。
そこへ間髪容れずに、羽の嵐が舞い踊る。
さらに連続で弾かれた指の音とともに、火球が次々と飛び込む。
跳ね上がった水の飛沫が、立ちどころに蒸気へ変わり白く視界に立ち込めた。
固唾を呑んで見守る中、ゆっくりと湯気が晴れていく。
そして現れたのは、仰向けに転がる二匹の蟹の姿だった。
辛うじて亀は耐えたのか、ヒレ状の前足を使ってよたよたと岸へ上がってくる。
そこへヨルの尻尾がひょいと噛み付いた。
またたく間に顔を紫色に染めた魔物は、あっさりと地に伏して動かなくなった。
「やったー! かったー!」
「かちどきー!」
「くー!」
「お見事でしたね、ヨル、クウ、ミア」
喜ぶ皆の姿を眺めながら、俺は安堵の息を吐いた。
大鋏と大甲羅のコンビは、攻撃の面に関してはそう脅威ではない。
問題は蟹の<水泡>と、亀の<甲羅のまもり>という守備系特技の組み合わせなのだ。
この二つが同時に発動してしまうと、鉄壁の守りとなってなかなか倒せなくなる。
そこへ蟹が次々と仲間を呼んで……、という地獄パターンである。
「速攻で仕留めたのは正解だったな。さてお楽しみの回収タイム――」
「ニーノ様ぁぁぁああ!」
いきなり割り込んでくる誰かの声。
思わず顔を上げると、大きく手を振ってこっちへ駆け寄ってくるハンスさんの姿があった。
「ハァハァハァ、た、たいへんですぞ」
「ど、どうかしましたか?」
俺の問いかけに、ハンスさんは息を切らしながら驚きの言葉を告げた。
「ゴ、ゴブリンの集落が襲われております!」




