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計画始動


 

 三度目の目覚めは相変わらず酒場だったが、今回はちゃんとしたベッドの上であった。

 起き上がって、大きく伸びをする。

 その拍子に掛け布団がめくれ、隣で眠る人物の寝姿が露わになった。


 褐色……、とまではいかないが、そこそこ日焼けした肌。

 意外と分厚い胸板。

 綺麗に整えられた口ひげ。


 なんとなく見つめていると、ゆっくりと隣人のまぶたが開く。


「ふぁぁあ。おはようございます」

「おはようございます。……ハンスさん」

 

 そりゃ待望の錬成術士様とはいえ、いきなり押しかけてもなんの準備もないのは当然である。

 現状、この村には工房に使えそうな空き家どころか、余った部屋さえなく、仕方なく酒場の一室にあるハンスさんのベッドに間借りさせていただいたというわけだ。


「すみません、いきなりお邪魔して……。ほんと、邪魔じゃなかったです?」

「ふふ、お気になさらないでください。旅先では同衾など当たり前ですからね。それにおかげさまで、とても暖かくてよい心地でしたよ」


 その言葉に一緒に寝ていた後二匹を思い出した俺は、掛け布団をそっとめくった。

 俺とハンスさんの足元。

 そこには毛玉と羽玉が、綺麗な楕円形を描いて丸まっていた。

 

 冷えた朝の空気に触れて目が覚めたのか、ヨルとクウは顔を上げると大きなあくびをした。

 むっくり動き出したかと思うと、もぞもぞと俺の足を伝って胸元までよじ登ってくる。


「あるじさま……」

「くぅ……くぅ……」


 ふにゃりと口元を緩めて、またも寝息を上げだす二匹。

 このまま寝かしてやりたいところだが、今日もやるべきことは山積みである。

 それに美味しいそうな匂いも漂ってくるしな。

 ……あと何か騒々しい物音も。


 ヨルとクウをベッドの端にちょこんと座らせて、俺とハンスさんはそそくさと着替えを済ませた。

 そして二匹を抱き上げて連れて行こうとしたら、ベッドの下から青い球体がニュルっと出てくる。


 青スライムのスーさんとラーさんだ。

 いつのまに、そんなところに潜り込んだんだ。


 見ているとスライムたちは、魔物っ子たちのすぐ下でピタリと止まった。

 そこへ息を合わせたように、ベッドの縁から倒れ込む二匹。

 スライムの上に見事にうつ伏せで着地したヨルとクウは、そのまま部屋の外へと運ばれていった。


「おはようございます、みな様」

「おっはよー、センセ、叔父さん。ヨルっち、クウっちもおはよー」


 スライムたちに続いて酒場の食堂に入ると、柔らかな声が出迎えてくれた。

 元気に挨拶してくれたのは、エプロン姿のパウラとミアだ。

 ミアはあまり変わりないが、パウラは普段は体のラインを隠すローブ姿なので、なかなかに……、とても新鮮である。


「お、おはようさん。よく寝れたか?」


 思わず見とれかけた俺だが、気を取り直して体調を尋ねた。

 さすがに男女同衾というわけにいかず、パウラのほうはミアのベッドで一緒に休んでいた。


「うんうん、パウさま、すごかったよー」

「なにがだ?」

「うーん、すごかったとしか……」


 なぜか代わりに答えてくれたミアであったが、要領を得ない返答であった。

 まあ、パウラは忙しそうなので仕方がないが。


 酒場は朝から、やけに活気にあふれていた。

 席はほとんど埋まっており、大勢の客が騒々しく食事を楽しんでいる。

 

「また、すごい集まりっぷりだな」

「もう、センセのおかげで大繁盛だよー。はい、ヨルっち、ここ座ろうね。クウっちはこっちね」


 俺と会話を続けながら、ミアはスライムの上から二匹を抱き上げると、ちょこんと丸太椅子に座らせる。

 そして熱々の湯気が上がる皿を、その鼻先にドンと置いた。


 漂ってくる香ばしい匂いに、ヨルとクウはぱっちりとまぶたを開く。

 しばし皿の上の料理をじっと見つめた後、二匹は無言で茶色の塊にかぶりついた。

 もぐもぐもぐと咀嚼はじめたが、その表情はたちまち嬉しそうにほころぶ。


 またたく間に食べ終えた魔物っ子たちは、驚いたように空っぽの皿を眺めた。

 そして俺の顔を見上げてから、もう一度何もない皿を不思議そうに見つめる。

 いや全部食べたら、そりゃなくなるでしょ。


「うわー、もう食べたの? このハンバーグ、大人気だよ、センセ」

「そりゃよかった」

「じゃあ食べる?」

「いや、パンだけでいいよ。俺の分は、ヨルとクウに食べさせてやってくれ」

「はーい!」

「かたじけないー」

「くー!」


 コウモリ肉は報酬として大人気なのだが、もう一つの大ミミズの肉はどうにも不人気である。

 そこで考えたのが、この新メニューであるハンバーグだ。


 翡翠油でふやかしたパン粉をつなぎに、塩とミミズ肉を練り込んだだけの非常にシンプルなレシピだが、食感が珍しいのかずいぶんと好評のようだ。

 せめて、牛乳と玉ねぎと胡椒も欲しいところだけど、なんにもないからなあ。

 ダンジョンでそれらしいのが見つかるのを祈っておこう。


 パンと豆のスープをゆっくりと噛みしめて食べ終えた俺は、さっそく朝の仕事に取り掛かる。

 まずはハンバーグの試食会という名目で集まってもらった暇そうな村人の適性検査だ。


 ステータスに表記される初期職業は大雑把に分けて、戦士、剣士、弓士、魔術士の四種類である。

 他にもあるにはあるが、条件が難しいので今回はこの四種に絞る。 


 魔力持ちは魔術士で、弓を扱えるなら弓士。

 剣の手ほどきを受けたことがあるなら剣士、そのどれでもないのは戦士。


 という区分けになる。


「じゃあ、食べ終えた人は、こっちに並んでください。はい、じゃあこれに触って、点けと念じてください」


 魔力持ちかどうかは、白照石を灯せるかどうかで判別する。


「はい、駄目だった人は表へどうぞ。ハンスさんがお相手してくれますので」


 次は棒っきれで打ち合いだ。

 剣士レベル15のハンスさんに相手をしてもらって、素質を見極めてもらう。


「はい、お疲れさまでした。それでは裏に回ってもらえますか」


 剣に向いていないと判断された人は、裏手にある休耕地で弓を使った的あてだ。

 ここはパウラとゴブっちが判定係である。


「キヒヒヒヒヒ!」

「あらあら、見事な外しっぷりですね。では、酒場へお戻り願えますか」


 三十人を審査した結果、魔術士四人、剣士二人、弓士七人、戦士十七人であった。

 戦士が多数なのは、鍬しか握っていない農夫の人ばかりだし仕方ないか。


「って、なんで村長が混じっているんですか? しかも剣士の素質あり?」

「私も村のために、この手を汚す覚悟はできております!」

「いや、治癒術士のほうがありがたいですし」

「…………その、ハンス殿がたいへん楽しそうでしたので」


 本音はそれか。


「今日は肩慣らしですので、三人ほどにしておきます。村長は留守をお願いしますよ」

「そ、そんな。私は不要とおっしゃるのですか?」

「レベル20だし当たり前ですよ。ちゃんと農作業も頑張ってください。あと弓矢は二組置いていきますので、弓士志望の方はよかったら練習しといてくださいね」

「おう、まかせてくれ、先生様」

「次はもっとうまく当てるぜ!」


 戦士の男性二人と、魔術士の女性一人に同行を願う。

 あとはハンスさんとパウラとミア。魔物も全員参加だ。


「今日は効率重視で行きましょう」


 経験値自体は、戦闘に参加さえすれば何人でも獲得できるのだ。

 なので基本は手加減攻撃である。

 そしてレベルの低い今回の参加者に、頑張って止めだけ刺してもらう。


 さらに歩き回って魔物を見つけるのは時間がかかるため、妖精のヨーとゴブっちに探してきてもらう。

 いわゆる釣り役というやつだ。


 妖精たちが引っ張ってきた魔物を、待ち構えていたパウラたちがいっせいに攻撃。

 死にかけたところで、村人やハンスさんがダメ押しをするという感じだ。


 ハンスさんは今回、魔術士に転職してレベル1からの参加である。

 <旋風>には殺傷能力がないため、弓矢を使ってもらっているが。


 この名づけてタコ殴り作戦だが、最初はちょっとぎこちなく失敗する場面も多々あったものの、レベルが上がるにつれ安定していき、最終的に四人をレベル15にすることができた。

 しかも五階到達時間も、二時間という短縮ぶりである。

 まあ従魔や使役魔たちが強くなって、慣れてきたおかげも大きいが。


「お疲れさまでした、皆さん」

「これはまたでっかい空き地だなぁ」

「先生様、ここが言ってた場所かい?」

「はい、そうですよ。うん、よかった。ちゃんと耕されてるな」


 昨日、地上に戻る前に、大ミミズのミズさんに入口前の一帯を掘り返してもらっておいたのだ。

 今、確認してみたが、地面はボコボコのままである。

 やはり何もない場所は、復元の対象外のようだ。


「う、ここは燃えたままか」


 ゴブリンたちが奇襲してきた際に、ミアに燃やされたオリーブの木は焼け焦げたままであった。

 しかしよく見ると、木肌のところどころが元に戻りつつあるようだ。

 木の再生には、時間がかかるのかもしれない。


「じゃあ、今日のお手伝いですが、皆さんにはここに畑を作ってもらいます」

 

 預かっていた農具を取り出し、村人の三人に手渡す。

 次に目印となる杭代わりの犬の骨と、<粉砕>しておいたコウモリの糞尿石。

 それと栽培する作物、迷宮大蒜の束を取り出す。


「パウラ、大ミミズたちにもう一回、ここらを耕すよう命じてくれ」

「かしこまりました、あなた様」


 みるみる間に土を裏返していくミミズを横目に、俺は詳しく作業を説明する。

 といっても、相手も長年、農作業に携わってきたので、すぐに呑み込んでもらえたが。

 

 三人にはまず畝を作ってもらい、そこに肥料である糞尿を埋めてもらう。

 少し馴染ませてから、一粒ずつ房を分けたにんにくを植え付ける。

 あとは水を撒いて完成である。


 迷宮水の詰まったボススライムの大袋二つも、忘れずに階段近くに置いておく。


「これがあればゴブリンからは襲われません。あと角が生えたうさぎが出るかもしれませんが、もう皆さんだけで十分に倒せます。もし怪我をした場合は、この魔活回復薬を飲んでください」


 ゴブリンの護符と薬品を三人に手渡しながら、地面を耕す大ミミズたちを指差す。


「何かあってもあの子らが守ってくれますし、それでも危険だと判断したら階段を上がって逃げてくださいね」

「ああ、分かったよ。先生様」

「あとは任せておくれ」

「じゃあ、お願いします」


 村人たちににんにく畑作りを一任した俺は、他のメンバーへと振り返った。

 さあ、五階の探索を隅から始めますか。

 


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[気になる点] >よろしければ評価の☆もどんどん撒いてくださいな。 不思議な事に5回撒くともう撒けなくなってしまうのです
[良い点] 部隊にアクション指示を出す規模にグレードアップしましたね。 3日目とは思ったより早いペースで。 ダンジョン産作物は普通のままなのか、特殊な効果が生まれてしまうのか気になるところ
[一言] 糞尿を発酵させないってマジ? これじゃあただのにんにくの糞尿漬けじゃん?
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