村の新たな掟
「またか……」
迷宮から一歩踏み出したとたん、またも大勢に取り囲まれていた状況に、俺はやれやれと肩をすくめた。
ただし今回は、武器らしき物は持っていないようだ。
俺たちに気づいたのが、人影が口々に声を上げだす。
「おお、出てきた!」
「よかった。ご無事か!?」
「ほら、おらは言ったべ。心配することなんかねえってな」
「ウソつけ! おめえが一番、オタオタしてたろ!」
「し、し、してねぇよ! 証拠あんのかよ? えっ?」
どうやら心配した村人たちが、横穴の近くで待っていてくれたらしい。
ただし門番の大ミミズのミーさんが居たせいで、あまり近寄れずに遠巻きに囲む形になってしまったようだ。
これはこれで目立ちすぎるので、なるべく勘弁してほしいところだな。
あと心臓にちょっと悪いし。
「皆様、わざわざお出迎えありがとうございます」
「なあ、村長、見てくれよ。このキレイな水!」
「井戸ももう使えるんだぜ。ほら、飲んでみるか?」
暗くてよく見えないが、スライムのスーさんとラーさんもきっちり仕事をこなしてくれたようだ。
「本当にありがてぇよ……。先生様が来てくれて」
「たった一日で、あっさり井戸を掘っちまうし、川の水まで綺麗になるしで、錬成ってすげぇな……」
いや、そこは魔物使いのパウラのお手柄なんだけどね。
喜びの色を浮かべて詰め寄ってくる村人たちに、村長は何度も頷きなながら、俺にちらりと視線を送ってくる。
そして何かを決めたのか、少しだけ声音を変えて村人たちに指示を下した。
「ここで長話もなんですし、まずは村に戻りましょうか。それと、皆様に大事なお話があるので、広場に集まるよう、どなたか――」
「よし、おらの出番だな。ひとっ走り行ってくるぜ!」
「俺も行くぜ。お前だけじゃ心配だからな!」
さっき言い争っていた二人組が、元気よく走り出す。
疲れ切った俺たちは、その後ろをのんびりと歩いて村へと向かった。
すでにヨルとクウは、電池が切れたように眠りに落ちている。
俺も正直、あくびがちょいちょい出始めているが、今日の山場はまだ残っていることだし頑張らないとな。
村に入ると、すぐに俺たちは新たな人々に取り囲まれた。
といっても、こっちはほとんどが女性だ。
「先生様、待ってたよ。ほら、どうだいこの出来栄え!」
「こっちも、なかなかのもんだろ。今日、一日張り切ったからね」
頼んでいたコウモリの革の裁縫が仕上がったらしい。
誇らしげに完成した品を、俺に見せつけながら手渡してくる。
「ありがとうございます。うん、いい出来ですね。代金は何にされます?」
「お肉! あの肉はまだあるかい?」
「わ、わたしも!」
「ずるいよ。うちだって肉が足りてないんだよ!」
裁縫仕事の報酬だが、俺もあまり持ち合わせがないため、現物支給でという話を通してあった。
口々に肉を希望するご婦人たちに、俺は新たな交換品を申し出た。
「今日の探索で見つかった品ですが、油もありますよ」
「油?」
「ええ、少し味見してみますか?」
翡翠油の瓶を手渡すと、おかみさんたちは手のひらに少し垂らしてぺろりと舐めて味を見る。
そして驚いたように、全員が目を見張った。
「なんだい、これ! これが油だって?」
「わたしらが田舎もんだからって、からかってんだよ。先生様は」
「でも、美味しいじゃない。うん、美味しいわ」
なぜか裁縫仕事を頼んでいない女性たちにまで、油の瓶が次々と回されていく。
同時に驚きの声も、次々上がっていく。
「えっ、油? 全然別物じゃない」
「いい香りがしてるわね。なんだか、お肌にもよさそうね」
「うん、好みの味ね。きっとパンにつけるだけでも美味しいわよ」
「それなら、あのお肉を焼いたら、もっといいんじゃない?」
周囲の女性たちの目が、いっせいに俺に注がれる。
「先生様、私たちにも何か仕事はないのかい!?」
「な、なんだってやれるよ!」
「身の回りのお世話に不自由はない?」
「ちょ、ちょっと待ってください」
押し寄せてきた質問の雨を、俺は慌てて押し留めた。
仕事は色々とあるが、今この場で軽はずみに頼むことじゃない。
それと正直、もう疲れて頭がよく回ってないしな。
「まずは報酬を先にお渡しします。仕事に関しては明日以降、酒場で募集しますので、今日はお引取りください」
「ああ、なんか悪かったね」
「つい油や肉に目がくらんじまったよ」
「じゃあ、私は……。この油だと一瓶もらえるのかい?」
「うーむ、基準がないと困りますね。ハンスさん、相場をどうしましょう?」
「今すぐ決めるのは、難しいお話ですな。とりあえず報酬の品は、コウモリ肉と翡翠油だけでよろしいですかな?」
「ああ、そう言えば塩もありました」
俺が出来たての塩入りの小袋を取り出すと、ハンスさんはギョッと目を見張った。
いや、ハンスさんだけでない。
周囲からも、驚きのどよめきが上がる。
「ど、どこから、こ、これを?」
ぺろりと舐めて顔を塩と同じ色にしたハンスさんの問いかけに、俺は出どころをあっさり教える。
「ほら、六階の地底湖。あそこの水ですよ」
帰り際に、ふと思いついて汲んでおいた地底湖の水。
希少度が不明だったので、試しに舐めてみたら塩辛かったのだ。
それで<解析>した結果、新たに表示された名前が地底塩湖の水であったと。
他の錬成のついでに<昇華>させてみたら、普通に塩が出来上がったというわけである。
ただスライム袋一個分で手のひらいっぱいほどの量なので、大量に作るのはやや面倒かもしれない。
「そうですか……。その……、えーと、困りましたな」
「ええ、残念ですね」
塩は国の専売事業であり、勝手に作るわけにいかない。
申請してもいいが、その場合は本当に作れるかの審査があるため、まず通らないだろう。
「まあ村で使うだけなら、いいかなと思いまして」
「じゃあ、これからは油や肉だけじゃなく塩までもらえるのかい!」
「本当に凄いね、地下迷宮ってのは……」
またも口々に騒ぎ出した女衆だが、そこへ村長がストップをかけた。
「そのことについてはお話ししたいことがあります。こんなところで立ち話をするより、広場にまいりましょうか」
大柄な村長の落ち着いた話し方に、すぐさま騒動は収束していく。
仕事の報酬に関しても、明日までゆっくり考えてもらうことにした。
やっとのことで村の中央に到着すると、すでに人だかりとなっていた。
小さな子どもまで来ており、スライムのスーさんの周りに乳を求める子犬のように群がっている。
出来たての井戸の前には、オイゲンじいさんと鍛冶屋のヘイモ、酒場の女主人ウーテさんが並んで、俺たちが来るのを待ち構えていた。
「ほっほう、やっとお帰りか。待ちくたびれて、一杯始めるとこじゃったぞ」
「無事だったんだね。心配したよ。おかえり」
「遅かったじゃねえか。どこで道草食ってやがったんだ。ほれ、とっくにできてるぜ」
そう言いながらヘイモが手渡してきたのは、白照石のランプであった。
台座はシンプルながらスッキリと整っており、石の部分もしっかりと固定されている。
あえて凝った装飾をつけないことで、機能的な趣がよく出ているとも言える。
台座には針金を差し込む場所があり、暗くしたい時のために覆いをかぶせることができる。
この傘の部分は針金の骨になめしたコウモリの羽を絹糸でつなぎ合わせてあり、ちょっとホラーチックな外見となっていた。
台座と合わせて見ると、かなり目を引くデザインである。
「お、これはいいね」
「うわー、おっしゃれじゃん。なんか都会っぽくない?」
「あら、これは思わず見入ってしまいますね」
女性二人にも好評のようだ。
井桁に置いて試しに魔力を注いで光らせてみると、思った以上にしっくりくる。
「どうでい? 気に入ったか?」
「うん、素晴らしいな。任せてよかったよ。で、あと五台分、行けそう?」
「ふん、余裕だぜ。そんかわり、終わったらちゃんと地下迷宮に連れてけよ!」
小熊のような男は、俺の差し出した手をがっちりと握りしめた。
白照石の眩しい光に皆の注目が集まったところで、今度は村長が井戸の前に進み出る。
「今日は集まってくださり、ありがとうございます。動けない方以外は、皆来ておられるようですね」
ざっと見渡しただけで、参加者全員を把握してしまったらしい。
恐ろしい観察眼である。
「それでは待ちきれない人も多いようなので、さっそく議題に入りましょう。地下迷宮についてですが、本日、ニーノ様に同行して見てまいりましたが、率直に言って……非常に危険な場所でした」
重々しく言い切ったその言葉に、数人が肩を縮こませる。
思わず子供の腕を掴む母親の姿もあった。
それらの反応に頷きながら、村長は言葉を続ける。
「ただそれと同時に、たいへん魅力的な場所でもありました。今日ほどに驚き、心が揺れた体験は久しく味わっておりません。……そうですね、ありていに申せば、楽しかったと言えるでしょう」
正直すぎるその言葉に、村人の間から驚きと笑いの声が上がる。
「もっとも、そう感じ取れたのは、全てニーノ様たちのご助力があってこそです。独りで踏み込んでいたら、ただただ恐ろしく惨めな思いしか味わえなかったと思えます」
言葉を切った村長は、観衆を一通り見回してから口調を落として話を続けた。
「この開拓村ができて五年となります。当初の苦難を乗り越えた今、生活そのものはずいぶんと安定いたしました。しかし、皆様は満足できておりますか?」
「いいや、まだまだだね」
「もっと美味い酒が飲みたいのう」
「俺は食いもんだな。都会には、もっと美味いもんがいっぱいあるんだろ」
「私は子どもがきちんと育ってくれたら文句はないね」
口々に語りだした村人に、村長は微笑みながら返答した。
「ええ、私もまだまだですな。食料だけでなく日用品など、必要なものはたっぷりあります。それと特に薬品は……」
一瞬だけ固くこぶしを握った鬼人種の男性は、顔を上げてまっすぐに村人へ目を向ける。
大勢の視線を受け止めながら、村長は力強く結論を述べた。
「あの地下迷宮は、その答えになりうる。私は今日、ハッキリとそう確信しました。この村がよりよくなるために、あの場所は必要であると」
一瞬の間をおいて、大きな拍手が巻き起こる。
またも俺にちらりと視線を送ってきた村長は、手を下げて場を静かにすると口を開いた。
「本日、私からの提案は、この村の新たな三つの掟です。一つ目は秘密の厳守。地下迷宮の存在が知られてしまえば、村の存亡に関わる事態となります。よってこの村以外には、地下迷宮の存在は決して漏らさぬこと。たとえ親族や親しい間柄であろうと、この点だけを何があってもしっかり守っていただきたい」
現状、村の外との交流は、ハンスさん以外の窓口はない状態である。
しかし故郷や親戚などのしがらみは案外強く、油断できない相手だ。
「二つ目は勝手な出入りの禁止。地下迷宮は素晴らしい品々があると同時に、危険な魔物が徘徊する場所でもあります。よって、ニーノ様が認めた者以外は立ち入らないように。命の保証は何一つ、ありませんので覚悟してください」
これも非常にありがたい。
欲にかられて勝手に入り込んで死なれると、後味が凄く悪いしな。
「三つ目は、迷宮に関する事柄でニーノ様の要請があれば、必ず協力すること。私はそれがこの村の発展の、最善の道だと思えます」
強引に言い切った気がしたが、村人たちからまたも大きな拍手が起こる。
景気づけに持ち帰ったばかりの白照石をいっせいに点けると、さらに盛り上がる事態となった。
誰かがいきなり歌い出すと、誰かが手を叩き、誰かの踊りが始まる。
幸福水がなくても、皆十分に幸せそうである。
笑い合う村人に見入っていると、隣に立っていたパウラが妖しく微笑みながら囁いてきた。
「さすがはあなた様ですね。たった二日でこの村を配下に組み入れてしまわれるとは……」
うん、いい雰囲気が台無しだよ。
今回はいかがでしたでしょうか。
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