思ったよりも広い?
「うーん、これは邪悪と言われても仕方ないですね」
「ええ、なんとも不気味な面構えですな」
転がったゴブリンの死体を眺めながら、俺とハンスさんは互いに率直な感想を述べ合う。
身長は、一メートル二十センチから四十センチほどか。
手足は意外と細く、逆に頭部が大きくてアンバランスな体つきである。
肌は赤銅色で、吊り上がった大きな目に尖った鼻と針金のような黒い髪。
耳元まで裂けた口にはずらりと牙が並ぶ。
まさに絵に書いたようなモンスター面である。
「えー、意外とかわいくない? ほら、ゴブっち、超いい笑顔してるよ」
そう言いながらミアが指差す先に居たのは、ケケケケッと不気味に笑うゴブっちこと使役魔となったばかりのゴブリンであった。
同じ妖精仲間であるヨーが頭上を飛び回るのを、おかしそうに腹を抱えて見上げている。
毛虫のような黒い眉毛をピコピコ動かすその様子は、お世辞でも愛嬌があるとは言えない。
「ミアって気持ち悪い系好きだよな……」
「あー、そんなこと言っちゃう? あたし、センセやパウさまも大好きなのに」
「大芋虫やゴブリンと同類だと思うと、あまり嬉しくないな」
どうでもいいことを喋りながら、俺はゴブリンの死体に触れて回収できる物を探していく。
アイテム一覧に収まったのは、まず白魔石。
そしてゴブリンの短弓とゴブリンの矢。それとゴブリンの鈎棍棒であった。
腰に巻いている汚い布は対象外なようだ。
弓と矢筒、鈎棍棒は基本装備なようで、五匹全員が身につけていた。
小さな木製の弓は軽く、俺たちでも頑張れば扱えそうだ。
弓弦には動物の腱が使われており、矢のほうは赤い矢羽根と尖った角の矢尻がついている。
それと棍棒の先端には、鋭い大きな爪が取り付けてあった。
なんの魔物の部位か気になったが、触っても回収できなかった。
加工済みだと無理なのかもしれない。
「これはなかなか器用に作ってありますな。うむむ、魔物と言っても侮れませんな」
ハンスさんは商売人として、弓矢の出来栄えが気に入ったようだ。
感心した顔で、矢をつがえて感触を試している。
実際に使えそうだということで、そのまま持ってもらうことにした。
「ところで、あのゴブリンたちの集落に向かうというお話でしたな、ニーノ様。具体的なことを伺ってもよろしいでしょうか?」
一息つくのを見計らっていたのか、素材を回収し終わり、皆の怪我のチェックも済んだところで村長が切り出してきた。
「はい、ここを圃場にしようにもゴブリンがうろついているとなれば難しいでしょうし、まずはどれほどの規模で棲息しているのか確認しようかと思いまして」
「なるほど。それで集落を探ろうということですか」
「それにおそらく、この階層の階段を守っているボスもそこに居るでしょうし」
本当ならもっとじっくり端から地図を埋めていきたいというのが、俺の本音だ。
だが、弓矢持ちと戦うのは何かと面倒だと実感したからな。
なら成功する保証は少ないが、先に試しておくのが正解だろう。
「一応、陣形を組んで、出発しますか」
先頭は弓を構えたゴブっちとハンスさん。
その足元にはヨルとクウ。
真ん中には砲台であるミアと、それを守るパウラ。
その後ろに戦力として当てにならない俺と村長。
最後尾は大ミミズと大芋虫のコンビだ。
そして要となる斥候の妖精は、先ほどの作戦を活かし上空へちょいちょい昇って遠くを確認してもらうことにした。
ただ高く飛び続けると体力があまり保たないので、こまめに魔活回復薬を飲ませてやる必要があるが。
北へ歩きだして十五分。
最初に起こった事件は、ゴブっちがいきなり矢を放ったことだった。
同時に草むらを何かが走り出す。
そこへ、さらに続けざまに矢を放つゴブリン。
小さな悲鳴が上がったと思ったら、急に草の奥から白い塊が飛び出してきた。
それは三、四十センチほどの白毛のうさぎであった。
額に突き出した角が生えている。これも序盤でよく見る角うさぎだな。
さっと弓を手放したゴブっちは、鈎棍棒を構えて迎え撃つ。
角の突進を躱しながら、首根に一撃を叩き込んで戦闘はあっさり終了した。
うさぎの喉を裂き、血を滴らせた獲物を嬉しそうに掲げるゴブっち。
手際のよさからして、ずいぶんと狩り慣れているようだ。
「お、すごいねー、ゴブっち! やるじゃん」
「あっぱれー!」
「くうー!」
都会育ちの俺とは違い、皆は漂う血の臭いに忌避感などないようだ。
パウラが心配げに見つめてくる中、俺は無理やり笑みを浮かべてゴブリンの頭を撫でた。
「偉いぞ、ゴブっち」
「キヒヒッ!」
うん、髪の毛が固すぎて痛い。
無理やり撫で続けながら、俺は少しだけ真面目な声を出す。
「でも次からは、何かやる前に俺かパウラの確認を取ってくれ。分かったか?」
群れのリーダーとして俺を認めているのか、ゴブっちは神妙な顔で頷いた。
そして角うさぎの死骸を素直に手渡してくる。
受け取ってアイテム一覧で見ると、赤魔石、野うさぎの角、野うさぎの肉、野うさぎの毛皮に分かれている。
わざわざ血抜きする必要はなかったな……。
それからこのうさぎの角だが、これがなかなかにありがたい。
矢尻を見た時から期待していたが、角は攻撃強化薬の素材の一つなのだ。
俺の表情から自分のしたことがお手柄だと分かったのか、ゴブっちは期待するように見上げてきた。
さっそく褒美として、うさぎ肉を取り出して与えると喜んでかぶりつく。
美味そうに食べるその姿に、今度はヨルとクウが唇の端からよだれを垂らしてじっと見上げる。
少しだけ困った顔になったゴブっちは、肉を半分に割いて二匹に手渡した。
「かたじけないー!」
「くー!」
見た目で判断して悪かったな、ゴブっち。
「俺たちも休憩しますか」
「さんせー。ここちょっと暑いよねぇ」
「ええ、日差しが思ったよりも、照りつけてきますね」
パウラはフードをかぶっているので、余計に熱がこもるのだろう。
手頃な木立があったので、いったん腰を落ち着けて休むことにした。
考えてみれば、ゴブリンとの戦闘の後、ろくに休息を取ってなかったな。
青魔石で<冷却>した葡萄酒と黒パンをミアたちに配り、迷宮水とコウモリの肉を魔物たちへ手渡す。
ただ大ミミズのミズさんは土のほうが好きなのか、勝手にそこらを掘り返していた。
それと芋っちは草食なので、抱えて木に登らせてやる。
手伝いながら、ふと枝に実がなっていることに気がつく。
アイテム欄を開きながら触ると、翠硬の実という名のアイテムが現れた。
「お!」
思わず声が漏れる。
「どうかしましたか? あなた様」
「この木、オリーブだ……」
「おりいぶ? それはなんでございますか?」
ゲームではそれらしい名前になっていたが、見た目も中身も普通にオリーブである。
そう言えばと急いで記憶を思い返したが、こっちの世界では全然知られてないようだ。
地下迷宮の中でしか生えていないようだし、おそらく用途に気づかれなかったのだろう。
「油が取れる実だよ。お、木に触れるだけで全部回収できるのか」
「ほほう、油ですか。それは変わった木ですな」
商売人のハンスさんが、さっそく聞きつけて興味深げに会話に参加してきた。
「実を絞ると上質な油が取れますよ。説明するより、食べてもらったほうが早いですね」
オリーブの実をまとめて<分解>してみると、ガラス瓶一本ほどの翡翠油ができあがる。
量的に十分の一ほどになるのか……。
できたてのオリーブオイルと塩、そして野うさぎの肉を赤魔石で<加熱>すると。
「はい、うさぎ肉のローストの出来上がりですよ。どうぞ、召し上がってください」
皿と塩は何かあったらコウモリの肉を焼いて食おうと、ウーテさんから借りておいたものだ。
ハンスさんが手持ちのナイフで切り分けてくれたので、皆で一切れずつ試食する。
「おぉぉ、おいしー! なにこれ!」
「ちそうー!」
「くぅぅぅうう」
「あら、口当たりが非常にさっぱりしてますね。驚きました」
「この上品で後に引かない味わい。それでいて香りもいい。これは、うむむむ……」
「おお、まことに美味ですな、ニーノ様」
だいぶ好評なようだ。
この世界じゃ油と言えば動物由来のものばかりで、植物油はほとんどないしな。
期待するかのように村長がじっと木を見つめだしたので、俺は首を横に振りながら引き止めた。
「地上だと寒すぎて育たないと思いますよ」
「……そうですか。非常に残念です」
「ですが、ここにある分だけでも、十分に売り物になるのではないですか?」
「ええ、期待できますね」
オリーブの実を根こそぎ収穫してから、俺たちはさらに北へと向かった。
途中でちょいちょい角うさぎを狩ったり、見つけたオリーブの木に立ち寄りながら進んでいると、ゴブっちが急に前方を指差した。
また角うさぎかと思ったが、それらしい気配もない。
俺が頷くと、草むらに走り込んだゴブっちは、何かをぶら下げて弾む足取りで戻ってきた。
「これは……、にんにくか?」
「うむ、立派なにんにくですな」
村長が太鼓判を押すほどのにんにくだが、迷宮大蒜という名前で活力回復薬の素材の一つである。
またも素晴らしい発見をしたゴブっちに、にんにくを一欠片渡すと大喜びで丸呑みしていた。
どうやら大好物らしい。
クウとヨルがよだれを垂らしながら駆け寄ってきたので、顔に近づけると手で鼻を押さえて転げ回っていた。
どうやら臭いが苦手らしい。
寄り道をしつつも歩き続けていると、奥の壁がどんどん近づいてくる。
そして休憩時間を含めて一時間半。
ようやく俺たちは、突き当りの壁と、その下にあるゴブリンの集落らしき場所へたどり着いた。
だいたい五キロほどの距離だろうか。
大人の身長ほどの木の柵が周囲に巡らされ、中の様子はよく分からない。
が、大勢のゴブリンがいる雰囲気は感じとれる。
一応クウと妖精のヨーに、上空から偵察してもらう。
どれくらいゴブリンが居たか聞いてみたところ、両手と両足の指を可愛く広げていたので、おそらく二十匹以上は居るようだ。
どのみち正面から突破できる数ではないな。
矢をいっせいに射掛けられるだけで、こっちは簡単に終わってしまうし。
まあ、もとより力押しで行こうとは考えていなかったが。
近くの灌木の茂みに隠れた俺たちは、ゴブっちに潜入の手引をお願いすることにした。
「じゃあ、これ頼んだぞ、ゴブっち」
「キヒヒッ!」
元気よく返事をするゴブリンに俺が手渡したのは、迷宮の水がたっぷり詰まったスライム袋だった。




