再びの地下迷宮はまず確認
「しかし驚きましたな。これほど凄いとは」
村長が感嘆の眼差しを送るのは、俺やパウラではなくその後ろ。
最後尾を這いながら付いてくる大ミミズのミーくんであった。
もっとも、そう思うのは無理はない。
午前中にミーくんが手伝ってくれた井戸掘りだが、なんとざくざく掘り進めてあっさり水源まで達してしまったそうだ。
土を掘るのが天職とはいえ、人力で換算すると十人力以上の活躍ぶりである。
さらに井戸の側面に体液を塗って、土を固めてくれるアフターサービスぶりだ。
村長の目が、期待に輝くのも当然である。
なんせここは農村なのだ。
地面を短時間で大量に掘れるとなれば、畑仕事への応用などすぐに思いつくだろう。
魔物への警戒をなくさせること。
そして魔物の有能性を周知させること。
パウラの下僕は、その役割を見事に果たしてくれていた。
井戸のほうはまだ水脈と繋がったばかりで濁っており、すぐに使えるわけではない。
そこで次なる手助けとして、青スライムの出番である。
今日中には、濁りを取って水を綺麗にしてくれているはずだ。
ただスライムのスーちゃんが村に居残ってお仕事中のため、別れの際にヨルがとても寂しそうであった。
ずっと背中に乗っていたせいで、愛着が湧いたのだろう。
仕方がないので代わりに肩車に乗せてやったが、おかげで今はすっかりご機嫌である。
ただ、今度はクウがすねてしまった。
ムスッとした顔で青スライムのラーちゃんにまたがりながら、喉をぐるぐる鳴らす姉を見上げている。
と、思ったらパタパタと飛び上がって、姉の肩に着地した。
ダブル肩車状態になった姉弟は、すっかり大はしゃぎである。
いや、二匹分はちょっと、いや、かなりずっしりくるんだが。
「クウっち、よかったねー」
「くー!」
「いやはや、すっかり仲良しですな、ニーノ様」
「さすがに重いので一匹どうですか?」
俺が持ちかけると、ハンスさんは困ったように口ひげを引っ張った。
魔物に対してまだ抵抗があるのかと思ったら、ミアが横から口を挟んでくる。
「だって、この子らセンセだいすきだしねー」
「そうなのか?」
「じゃあ、見ててね」
そう言いながらミアは横から手を伸ばすと、クウの脇腹に手を差し入れて肩車から下ろしてしまう。
とたんに鳥っ子は、羽つきの手をジタバタふって寂しそうな声を上げだした。
「くぅくぅくぅ!」
「うー、かわいい! もう、クウっちは甘えん坊だねー!」
可愛く鳴く魔物っ子の様子がツボに入ったのか、ミアはギュッと抱きしめて羽毛に顔を埋める。
そこへさらに横から伸びてきた手が、クウをすっと奪い取った。
「この子たちは、あなた様が心底好きなのですよ。どうか末永くご寵愛を授けてやってくださいませ」
それとわたくしにも、と心の中で付け足してそうな笑みを浮かべたパウラは、抱いていたクウを俺の肩へと乗せ直す。
たちまち機嫌が戻った鳥っ子は、嬉しそうな鳴き声を上げた。
そこで俺は村長の戸惑った視線に気づく。
「どうかしましたか?」
「いえ、皆様、これから恐ろしい場所へ赴くはずなのに、その……ずいぶんと気持ちに余裕があるように見受けられますので……」
「とんでもない。私などは、もうずっと足が震えておりますよ」
つい口を滑らしたばかりに地下迷宮に随伴することになったハンスさんだが、やはりまだ決心がつきかねているようだ。
俺は二匹の体重を頑張って支えながら、できるだけ胸を張って答える。
「安心してください。俺たちがついてますから。さ、着きましたよ」
今回の探索隊のメンバーは、従魔士のパウラと魔術士のミア。
従魔のヨルとクウに、使役魔の大芋虫の芋っちと妖精のヨー。
初参加はディルク村長と、行商人のハンスさん。
そして全員のサポートを務める錬成術士の俺という構成だ。
今回、大ミミズのミーくんはダンジョン入り口の見張りで、スライムのラーちゃんは川の水を綺麗にしてもらうため居残ってもらう。
「では、入ってから準備しますので、まずは中へどうぞ」
「おっじゃましまーす!」
まるで他人の家を訪ねるかのように、気楽にダンジョンに入っていくミア。
続いてヨルとクウ、大芋虫にまたがった妖精が元気よく突入した。
男性二人は顔を見合わせた後、覚悟を決めて足を踏み入れる。
最後に俺がパウラに手を貸しながら、入り口をくぐり抜けた。
ダンジョンの内部は、昨日と少しも変わりないようだった。
期待を込めて頷くと、ヨルが嬉しそうに飛び上がってから、最初の丁叉路までトテトテと走っていく。
そして大きな耳をピコピコさせてから、左を指差して俺たちに振り返ってみせた。
「くせものー」
その言葉に、俺は肺の底から深々と息を吐いた。
足音を殺してヨルの背後に近づき、そっと角から顔だけ出して覗き込む。
通路の真ん中に居座っていたのは、すっかり馴染みとなった青いバスケットボール、スライムだった。
この世界の魔素溜まりについては謎が多いのだが、特に地下迷宮については解明が進んでいない。
あまりにも謎すぎて、お手上げなのだそうだ。
その中でも特に不思議とされるのが、地下迷宮の持つ復元能力である。
徘徊する魔物だけなく植物や鉱物まで、時間経過とともに元通りになってしまうのだ。
特に魔素が強い地下迷宮に見られる現象のため、龍の遺骸の御力が関係しているのではという説まである。
というか、これゲームの仕様まんまである。
ドラクロ2での龍玉の宮殿は、一日一回の挑戦が可能であったが、再挑戦時にモンスターや宝箱などは全て復活していた。
ただ、ある一定の条件を満たすと、復活がなくなる仕組みもあったが。
こっちの現実化した世界でも似たようなことになっているようで、有名なダンジョンなどはそのせいで深層にたどり着けないらしい。
なんにせよ、今の俺たちにとって、これほどありがたい仕様はない。
素材取りに経験値稼ぎと、やりたい放題である。
といっても俺の計画を考えると手放しで喜べないので、今日はその辺りの確認もせねばならない。
「じゃあ、恒例の薬品タイムと行きますか」
まず村長のステータスだが……。
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名前:ディルク
種族:鬼人種
職業:治癒術士(レベル:20)
体力:40/40
魔力:30/30
物理攻撃力:10
物理防御力:31
魔法攻撃力:12
魔法防御力:30
素早さ:16
特技:<自然治癒>、<光癒>、<照破>、<清癒>
装備:武器(犬骨の短槍)、頭(麦わら帽子)、胴(村人の服)、両手(なし)、両足(革の短靴)
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驚きのレベル20だが、これは治癒術士ならではである。
ゲームと同じらしく、この世界でも他人に治癒系の特技を施すと、魔物を倒さなくても経験値が入るようになっているようだ。
ただし自分よりレベルが低い相手だと、とたんに入ってくる経験値は少なくなるか0になってしまう。
そして強い魔物がいるダンジョンは攻略が難しく、高レベルの人間は育ちにくい。
となると、ひたすら時間をかけて手当たりしだいに治癒術をかけるしか、レベルを上げる方法はないというわけだ。
結果、この世界で最上級の治癒導術を使えるのは、一握りの高齢者のみという厳しい状況なのである。
おそらく村長も<光癒>や<照破>を怪我人に長年コツコツとかけて、レベルを20まで上げたのだろう。
といっても<光癒>は傷口を温めて怪我の治りをちょっと早くする程度で、<照破>にいたっては対象の体の状態を調べるだけのものだ。
ゲームでは序盤の小回復と、敵のレベルや装備を看破する特技として結構便利だったのだが、こっちの世界はかなりシビアである。
それにやっとレベル20で覚えた<清癒>も傷口を消毒する程度であり、ゲームのように一瞬で傷を塞ぐほどの効果はない。
魔法陣を使いこなせるようになると、便利な治癒法術が使えるようになるのだが……。
その辺りは、もうちょっと後になってからだな。
現状では体力、魔力、防御力に関しては問題ないし、前面に出るわけでもないので攻撃力を強化する必要もないか。
まあ今回は視察の側面も大きいから、そのままで行ってもらおう。
次にハンスさん。
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名前:ハンス
種族:汎人種
職業:剣士(レベル:3)
体力:5/5
魔力:2/2
物理攻撃力:10
物理防御力:16
魔法攻撃力:2
魔法防御力:2
素早さ:8
特技:<攻撃回避>、<二属適合>、<魔耗軽減>、<旋風>
装備:武器(鋳鉄の小剣)、頭(コウモリの羽帽子)、胴(大コウモリの羽ケープ)、両手(革の盾)、両足(革の長靴)
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行商の際、盗賊やはぐれ魔物と遭遇するのは当たり前らしく、剣と盾はそこそこ使えるとのことだ。
あと驚いたことに、小さな風を起こす程度の魔術まで使えるらしい。
意外なキャラが戦闘面でも素質があったりするのは、お約束なのか。
ただ今回は剣士での参加なので、そちらの方面を伸ばすために、攻撃強化薬と体力増幅薬を飲んでもらう。
それと用心のために、コウモリ製の防具も装備してもらった。
一応、付け外してもらって調べたところ、コウモリの羽帽子は物理防御力が2、素早さが1上がっていた。
大コウモリの羽ケープは、物理防御力が3、素早さ2の上昇である。
一応、ケープの下に普通の服も着ているが、数値が高いほうが反映されるようだ。
あと犬骨の短槍は攻撃力5で、鋳鉄の小剣の3より高かったため、武器もつけかえてもらう。
皮の盾も外すことになるため防御力が5下がってしまったが、攻撃を受けることはあまりないと思うので大丈夫だろう。
他のメンバーは十分強いので、地下一階は薬なしでハンスさんのフォローに回ってもらうことにした。
しかし今回の二人の加入で、俺のほうにも大きな収穫があった。
なんとメニューの仲間一覧で、初期職業の変更ができるコマンドが確認できたのだ。
出ていたのはハンスさんだけだが、剣士の他に魔術士も選べるようになっていた。
パウラやミアに出なかったのは、他の職業の適性条件を満たせていなかったせいだろう。
もっともこれでレベルが上っていけば、上級職に転職できる可能性も出てきたわけで今からワクワクものである。
踊りそうな心を抑えながら、俺は高らかに宣言した。
「さあ、楽しい探索の時間の始まりだ。……浮かれすぎず、用心していきましょう」




