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交流の始まり



 誰かに呼ばれたような気がして、俺はうっすらとまぶたを開いた。

 二日連続で、酒場の床での目覚めだ。


 周囲には村の人たちが、まるで死体のように折り重なって転がっていた。

 一瞬、ドキッとしたが、数人がモゾモゾと動き出したので安堵する。

 

「……おはよう……ござ…………います」


 起き上がって挨拶をしたが喉が痛い。

 完全に笑いすぎだ。


「おはようございます、あなた様」


 目を向けると、心配そうな顔でパウラが魔活回復薬の入った薬瓶を差し出していた。

 いざという時に自分の判断で飲むよう渡しておいた分か。

 迷宮苔は昨夜の錬成で使い果たしていたので、ありがたく受け取る。


 一気に飲み干すと、喉の痛みがすっとやわらいだ。

 なるほど、細胞の活性化ってこんな感じなのか。


「ありがとう。助かったよ」


 まともになった声で礼を言うと、パウラは深々と頭を下げてきた。


「昨夜は申し訳ありません。わたくしの見通しが甘すぎたため、あなた様にもご迷惑をおかけしてしまい、なんとお詫びをすれば」

「ああ、妖精の鱗粉を勝手に混ぜた件か……」


 俺の脳裏に昨夜の記憶が、おぼろげに浮かび上がる。

 前世の記憶が戻ってからこの方、あれほど笑ったのは久しぶりだった。

 村の連中も興奮が収まらず、互いの顔を見るだけで笑い転げる始末で……。


 本当に楽しかった。


 おそらく、あんなにご機嫌(ハイ)になったのは、迷宮水と妖精の鱗粉の相性がよすぎたせいだろうな。

 普通の水か浄化水だったら、効き目はもうちょっと穏やかだった気がする。

 あと俺を含めた村の人たちに、薬物の耐性がなかったのも大きい。

 慣れていないせいで効きすぎて、昨夜のとんでもない乱痴気騒ぎになったというところか。


「まあ、予想はできなかったろうしな。仕方ない」


 結果論で語るのもどうかと思うが、これで村人のほとんどと親しくはなれたことだしな。

 体調も後を引くような怠さや沈んだ気持ちはなく、むしろスッキリと心地いい。

 ただ興奮薬として使えそうなレベルではあるが、何かと怖いので今後の使用はできるだけ控えておくか。


 俺の声に怒りが含まれていないことを察したのか、パウラの表情にさっと安堵が交じった。

 そこへ手を伸ばして、頬を軽くつまんで引っ張る。


「これからはちゃんと事前に相談してくれ。あと次やらかしたら怒るよ」


 おおいに盛り上がった最後の辺り、迷宮帝国に栄光あれって大合唱になったけど、あれ先導してたのパウラだったよな。

 頬を引っ張られて嬉しそうにしている美女に呆れていると、またも何か聞こえてきた。


「あるじどのー!」

「くーくー!」

「あるじどー!」

「あーるじどー!」


 外から聞こえてくる騒がしい掛け声に、俺は急いで立ち上がって窓から様子をうかがう。


 村の中央の広場をウロウロしていたのは、青スライムにまたがった魔物っ子たちであった。

 その背後に子どもたちの集団が付き添い、口々に声を張り上げている。

 さらにその後ろには、大ミミズと大芋虫まで付いてきているようだ。


「ヨル、クウ!」


 慌てて扉を押し開けて叫ぶと、二匹はすぐに俺の声に反応して振り向く。

 大きく見開かれたその瞳には、大粒の涙が零れ落ちそうなほど溜まっている。


 俺に気づいたヨルとクウは、青スライムの脇腹を蹴って懸命にこっちへ向かおうとする。

 いや、降りて普通に走ったほうが早いだろ。


 指摘する前に気づいたのか、スライムから飛び降りた二匹は俺の胸に全速力で飛び込んできた。

 頑張って抱きとめると、首根に顔を埋めて鼻をすすり上げる。

 背中を優しくポンポン叩いていると、子どもたちもわらわらと集まってきた。


「おっちゃんが、あるじど?」

「あるじどかな?」

「よかったねー、ネコちゃん、クーちゃん」


 子どもたちに話を聞いてみると、二匹は朝早くに村に迷い込んできたらしい。

 泣きべそをかいて誰かを探していたので、皆で手伝って上げたそうだ。

 そういや昨日はよく眠っていたから、迷宮前に置いてけぼりにしてたな。

 起きたら俺やパウラが居なくて、不安になったのか。


「ごめんな」

「なんぎー!」

「くーくー!」


 すっかり、お怒りのようだ。

 

「一緒に探してくれてありがとうな。こいつら怖くなかったか?」

「ううん、えーと、まえに馬車にのってるの見たから」

「うん、みたみたー」


 初日で紹介したのを、ちゃんと覚えていてくれたらしい。

 全員、まだ幼く三歳以上、六歳未満といったとこか。


「面倒見てくれてありがとう。お礼は何がいいかな」

「おれい!?」

「えっと、えっと、これ!」


 おさげの女の子が指差したのは、ぷにぷにと弾む青スライムだった。

 魔物に対する忌避感が全くないようでホッとする。


「パウラ、お願いしていいか?」

「はい、あなた様」


 青スライムたちや、大芋虫、大ミミズに乗せてもらった子どもたちは、口々に喜びの声を上げた。

 乗れなかった子らには、妖精が飛び回って相手を務める。

 むろん、鱗粉は厳禁だ。


 その微笑ましい光景を、起き出した村人たちは驚いた顔で眺めている。

 思わぬ形であったが、使役魔たちは割と早くこの村に馴染めそうだ。

 あとは昨夜の騒ぎの原因を、上手くごまかしておくだけだな……。



   §§§



 朝の内にやっておきたいことは多い。


 俺はまず昨夜の件は、迷宮水に元気になる効能が含まれていたこと。

 それが慣れていない村の皆さんには、ちょっと効きすぎたのだと説明しておいた。

 笑いすぎて楽しかったことしか記憶に残っていなかったのか、そんな説明で納得してもらえたようだ。


 で、そのお詫び代わりに、コウモリの肉を各家庭に少量ずつ手渡した。

 時期的に新鮮な肉が珍しかったらしく、とても喜んでもらえた。

 こうやって、ちょっとずつ魔物食に慣れていってくれるとありがたいな。


 次にウーテさんに頼んで、裁縫が上手な女性を四、五人酒場に集めてもらう。

 農閑期ということもあって今は比較的手が空いているらしく、すぐに揃ったようだ。

 それと忘れずに、職人も一人呼んでもらった。 

 

 さて皆がくる前に、材料の下準備だ。

 光の基本錬成<解析>と、闇の基本錬成<除去>を複合した<分解>。

 これで虫こぶから、虫渋を取り出す。

 一応、<解析>をしてからの<除去>でも同じようなことはできるが、<分解>のほうが圧倒的に取れる量が多いのだ。

 昨日、<磨減>を使用して感じたことだが、複合錬成は二つの錬成の効果をただ合わせるだけではなく、互いの効果をより高めて一つか二つ上の段階へ押し上げているように思える。

 

 次に虫渋をコウモリの羽に<浸透>させ、複合錬成の<枯渇>で水分を吸い上げると一瞬でなめし革の完成だ。

 <浸透>は水の最上級である魔導錬成のため、王立錬成工房でも皮革関係の品はほとんど扱っていなかった。

 時間はかかるが、人件費的に手作業で作る方が圧倒的に安いのだ。


 しかし俺の場合、魔力はあり余っているし、全て一人で錬成できるので手間がほとんどない。

 それに一度錬成すると、コマンドの繰り返しでサクサク作れるしな。


 コウモリの羽を全部なめしたら、次は糸袋を<分解>して絹糸を取り出す。

 銅鉱石は<燃焼>と<冷却>の複合錬成<昇華>で銅だけ取り出し、さらに青魔石塊を<付与>して魔青銅に変えておく。

 魔青銅とは水の"流れる力"を秘めた銅で、滑らかになった表面は撥水性があり酸や腐食にも強い金属だ。

 最後に針金の尻尾を並べて完了である。


 そして集まった人たちに、仕事を説明して取りかかってもらう。


「これを使って、飾り台を作って欲しいんだができそうか?」

「お、錬成のあんちゃん、魔青銅作れるのか。すげぇじゃねえか。こっちはネズミのしっぽの針金? 弾力があって面白れぇな」


 鍛冶屋のヘイモに依頼したのは、白照石を置く台である。

 錬成術士とは、基本的に素材屋でしかない。

 細かい細工や装飾を施したり、実用的な道具に仕上げるのは、他の専門職のお仕事なのだ。


 なので磨き上げた白照石に売り物として付加価値をつけるため、村の方々に仕事を頼んだというわけである。

 むろん、そのまま素材として売り払うという手もある。

 ただそれだと、迷宮で俺たちが採取して、そのままハンスさんが売りに行くだけで完結してしまう。


 この村にお金が巡ってこその村おこしだ。

 もちろん最初は思い描いているようには、決して上手く行かないだろう。

 だが職人を育てる最大のコツは、信じて機会を与え続けること。

 これは俺がバルナバス工房長から、身を持って学んだやり方だ。


 材料をじっくり眺めていた小型の熊に似た男性だが、いきなり床を蹴って地団駄を踏み始めた。

 

「くそ! なんてこった」

「どうかしたか?」 

「地下迷宮ってのがすげぇ楽しそうなのに、こっちの仕事もめちゃくちゃ面白そうじゃねぇか!」


 本人は本気で怒ってるつもりだろうが、その仕草もかわいい。

 俺とあんまり歳が変わらないのに卑怯である。


「この仕事を仕上げてくれたら、ちゃんと迷宮に連れていってやるよ」

「ホントだな? 約束だぞ!」

「期限は五日だが、大丈夫か?」

「おう、まかせとけ!」


 ご機嫌な顔で引き上げたヘイモに、俺はやれやれと胸を撫で下ろした。

 

「そっちはどうですか?」

「どう、センセ? これすごくいけてない?」


 嬉しそうにくるりと身を翻すミアの頭にのっかっているのは、黒い羽を器用につなぎ合わせたとんがり帽子である。

 

「ほら、まだ仮止めだから動いちゃダメだよ、ミアちゃん」

「あ、ごめんごめん、おばちゃん」

「次、おばちゃんって呼んだら、手が滑るかもね。針がどこに刺さるか分かんないわよ」

「うう、ごめーん」


 にぎやかな奥様方に作ってもらっているのは、コウモリの羽のなめし革を使った防具である。

 体内に多くの魔素を含む魔物の部位は、普通のものよりはるかに頑丈だったり、変わった特性を備えていたりする。

 一見、すぐに破けそうに見えるコウモリの羽も、実はそこそこ丈夫だったりするのだ。


 あとゲームでは着回しが当たり前の装備品だが、この現実化した世界じゃそうもいかない。

 個人のサイズに合わせて作ってもらわなければならないので、ちょっとばかり面倒だったりもする。


 まあ、武器に関しては、そこまで心配する必要がないのが救いだ。

 

 犬の骨を<切削>で、鋭く尖らせる。

 それからウーテさんに用意してもらった適当な長さの木の棒の先っぽに、骨を取り付け<接合>。

 はい、犬骨の短槍の完成っと。

 希少度は星一つだけどな。


 そうこうしてる内に、パウラたちに頼んでいた仕事も終わったようだ。

 村長らと酒場に戻ってきたので、ウーテさんに色々と差し入れをもらってから、一緒に出発することにする。


 龍玉の宮殿、二度目の挑戦である。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦闘できるパーティーから拡大して村の自警団、そして最後は帝国軍までに仕立て上げなかればならない? 変則国起し、探索と内政がいい感じで絡み合いそうでワクワクします
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