ようやくの帰還
地下五階の探索は、翌日以降に切り上げることにした。
さすがに広すぎて、今からだと時間が足りないのは確実だ。
この先、長く通う階かもしれないので、どうせならじっくりすみずみまでチェックしたいしな。
そのためにも、もう少し準備を整える必要もある。
あと皆が精神的にかなり疲れているのも大きい。
というか、そっちのほうが本当に心配だ。
つい目的の階層が見つかった興奮で、滅びの龍の話まで打ち明けたのが失敗だったようだ。
正直、内容が突飛すぎて、そこら辺はまだ伏せておくつもりだったが……。
ここまで一緒に来れた連帯感とかもあって、思わず勢いで突っ走ってしまったのだ。
で、その結果、ミアはキョトンとしていたが、パウラのほうが急におかしくなった。
いきなり膝をついてかしこまったり、ひたすら俺の顔をうっとり見つめてきたりと。
なんというか、目の色が本気っぽくて怖いのだ。
あと俺の言葉を分かってくれているようで、七割くらい曲解されている。
もしくは言った覚えのない副音声的なものが、勝手に付け足されている。
そんな気がしてならない。
疲労が溜まっていたせいだとは思うが、なるべく早く地上に戻ってゆっくり休ませたい。
一日中、気を張ってくれたしな。
「じゃあ、今日はここまでにして引き上げるとするか」
「はい、我が君」
「それ止めてくれ」
「いけませんか?」
真顔のままで、問い返してくるのが怖い。
俺は小さく息を吐いて覚悟を決めた。うん、毒をくらわばだ。
「よそよそしい感じがしてな。前のほうが親しみがあった気がして、俺は好きだ……った……」
目の前で花が咲くように表情がほころんでいくパウラの様子に、俺は最後まで言い切れずに語尾を濁した。
欲情といったら響きが悪いが、まさにそんな感じで色気が溢れかえってきて圧倒されてしまったのだ。
ここで尻込みしてしまうのは、男なら分かってもらえると思う。
「はい、あなた様」
チョコレート色の肌に薄紅色を混じらせるパウラに、どこでやらかしてしまったのか、またも考えて込んでしまう俺だった。
「まあ、そこらへんは村に戻ってからだな。ミアは大丈夫か?」
「……はい、ニーノさまのおおせのまま……に…………」
ギョッとして目を向けると、ミアの様子も明らかにおかしい。
目の焦点が定まっておらず、大丈夫とはほど遠い感じである。
先ほどパウラとミアが話し込んでいたのを思い出した俺は、慌てて問いかけた。
「な、なんかした?」
「はい。言葉づかいに関して、少々教育を施しておきました」
「戻して」
「ですが」
「いいから戻してください、パウラさん!」
怖すぎて思わず敬語を使うと、金槌で叩かれたようにパウラさんが目を見開いた。
「あ、あなた様。そ、その……」
「お願いします、パウラさん!」
「わたくしごときに、そのような呼び方はふさわしく……」
「早く戻さないと、ずっと敬語使いますよ。パウラさん!」
「わ、分かりました、ただちに」
よく分からないが、分かってくれたようだ。
俺は精神を安定させるため、ヨルとクウの姿を探した。
あの二匹の手触りなら、きっと心を落ち着かせてくれるはずだ。
そう己に言い聞かせながら見回すと、獣っ子と鳥っ子は仲良く青スライムたちの上にへちょりとうつ伏せになっていた。
近づいて耳を澄ますと、スースーと可愛く寝息を上げている。
今日はいっぱい駆け回ってくれたからな。
二匹の頭を撫でていると、頭を振りながらミアが戻ってきた。
その背後には、唇だけ笑みをたたえたパウラが付き添っている。
「ううう、なんか、頭ぼーっとする。センセ、あたしなんかヘンなこと言ってなかった?」
「いや、特には……」
「ふふ、おかしなことを聞きますね、ミア。さあ、それでは戻りましょうか、あなた様」
こうして俺たちは、ようやく帰路につくことができた。
今回の戦利品&採取物だが、階層ごとにまとめるとこんな感じである。
地下一階。
青魔石二十四個。青魔石塊(小)一個。
青スライムの皮三枚。青スライムの体液二十一個。迷宮水苔八個。
錬成済み。
迷宮水入りスライム袋二十個。迷宮水入りスライム大袋一個。
スライム皮の耳栓五組。魔活回復薬(下級)二個。
地下二階。
緑魔石十五個。緑魔石塊(小)一個。黒魔石十二個。
コウモリの肉十個。コウモリの羽二十二枚。コウモリの大羽二枚。
犬の骨十個。コウモリの糞尿石二十八個。
地下三階。
黄魔石十四個。黄魔石塊(小)一個。赤魔石二十四個。
ミミズの肉十一個。針金の尻尾二十五本。
銅鉱石十八個。白照石六個。
地下四階。
白魔石五個。白魔石塊(小)一個。黄魔石五個。黄魔石塊(小)一個。
妖精の鱗粉六個。大芋虫の糸袋六個。
虫こぶ二十一個。
とりあえず、魔石が大量で非常にありがたい。
他にも錬成しがいのあるアイテム多数で、嬉しい悲鳴が上がりそうだ。
あと三階の銅鉱石と白照石、四階の虫こぶに関しては、アイテム欄を開きながらあちこち触っているうちに回収できた採取物だ。
運良く手に入った迷宮水苔やコウモリのうんこ石の件があったので、とりあえず怪しい箇所を探った結果である。
これからはどの階層でも何が採取できるか分からないので、ひたすら触りまくるしかないな。
それと白照石だが、基本的にダンジョン内の照明でもあるため採取は奨励されていない。
市場に流れてくるのは、複数あって明かりに困らない場所での採取物か、魔素が非常に濃いダンジョンでの産出物だ。
地下四階にそんな固まっていた場所はなかったが、高値がつくと分かっていたので帰り際に回収したのだ。
これについては明日の確認が待ち遠しい。
使役魔となったのは、青スライム二匹と大ミミズ一匹。
さらに妖精のヨーちゃんと、大芋虫の芋っちも加わった。
見た目も愛らしく照明代わりにもなるので妖精は一匹お供に欲しかったのだが、従魔や使役魔が増えすぎると<従属>を維持するために大量の魔力が必要となる。
パウラの負担を考えると、今日はもう無理をさせたくない。
そう考えていたのだが、なぜか何も言ってないのにパウラが<従属>してしまったのだ。
そして驚く俺に、無言で微笑んでくる。
怖い。俺の思考を読まないでください。
しかし魔法防御力が糞高い妖精を、一発で<魅惑>から<従属>って凄いな。
あと大芋虫のほうは、妖精のヨーちゃんが乗っていたやつだ。
ヨーちゃんが<従属>された後も、懸命に俺たちの後ろをついてくるので、不憫に思ったミアがパウラに頼み込んだのだ。
最初は気持ち悪がっていたくせに、今では名前までつける可愛がりようである。
最後に今日一日、頑張ってくれた皆の結果だ。
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名前:パウラ・アルヴァレス
種族:魔人種
職業:従魔士(レベル:16)
体力:13/13
魔力:41/72
物理攻撃力:18
物理防御力:11
魔法攻撃力:51
魔法防御力:19
素早さ:38
特技:<魔性魅了>、<下僕強化>、<魅惑>、<従属>
装備:武器(黒革の鞭)、頭(旅人のローブ)、胴(旅人のローブ)、両手(黒革の手袋)、両足(黒革の長靴)
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相変わらず魔力と魔法攻撃力が抜きん出ているな。
素早さもいい数値で、先手を取って動いてくれるのが非常にありがたかった。
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名前:ヨル
種族:魴コ(謫ャ諷倶クュ)
職業:従魔(レベル:15)
体力:45/45
魔力:30/30
物理攻撃力:30(+9)
物理防御力:30(+16)
魔法攻撃力:23(+5)
魔法防御力:23(+5)
素早さ:23(+5)
特技:<たべる>、<しっぽ>
装備:武器(ミミズのよだれ)、頭(なし)、胴(スライムの体)、両手(なし)、両足(なし)
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物理防御力と攻撃力が安定の高さで、立派な盾役兼アタッカーになってくれている。
正直、このレベルでこの数値の高さは、めちゃくちゃ強い気がするんだが。
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名前:クウ
種族:魴シ(謫ャ諷倶クュ)
職業:従魔(レベル:15)
体力:30/30
魔力:22/45
物理攻撃力:23(+6)
物理防御力:23(+15)
魔法攻撃力:30(+6)
魔法防御力:30(+6)
素早さ:23(+10)
特技:<たべる>、<ぱたぱた>
装備:武器(芋虫の糸)、頭(なし)、胴(スライムの体)、両手(コウモリの翼)、両足(なし)
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こっちは魔法系と素早さの高さを生かした<ぱたぱた>の先制攻撃で、我が部隊の攻撃の要となったな。
ヨルとクウで、それぞれ役割分担できているのも素晴らしい。
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名前:ミア
種族:汎人種
職業:魔術士(レベル:15)
体力:15/15
魔力:16/45
物理攻撃力:8
物理防御力:11
魔法攻撃力:23
魔法防御力:18
素早さ:14
特技:<三属適合>、<魔耗軽減>、<火弾>、<水泡>
装備:武器(なし)、頭(白い頭巾)、胴(村人の服)、両手(なし)、両足(革の短靴)
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数値は平均的な魔術士のものだが、攻撃系と防御系魔術の両方を使いこなせるため活躍度は大幅アップ中である。
ここまで成長してくれるとは、本当に嬉しい驚きだ。
道中で回収し忘れのアイテムを探したり、噴水でゆっくり水浴びしたので、外に出るとすでに薄暗くなりつつあった。
ほぼ丸一日、ダンジョンで過ごしてしまったようだ。
久々の地上の空気を、俺は大きく伸びをしながら肺の底まで吸い込む。
そしてビクッと動きを止めた。
気がつくと俺たちは、武器を構えた一団に取り囲まれていた。




