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地底快進撃



 石造りの階、岩剥き出しの階と続いて、三番目は土の階層であった。

 足元は柔らかめの土で覆われ、壁も天井も茶色く染まっている。


 通路は幅は三メートルほどで、天井までの高さも同じほどだろうか。

 かなり広々としている。

 壁のあちこちから白照石が覗いており、光源にも不自由はない。


 ただこの階もやはり一筋縄ではいかないようで、よく見ると壁や地面にそこそこ大きめの穴がちらほらと空いていた。

 何か潜んでますよと、言わんばかりである。


 じろじろと通路を見回していたミアが、ふむふむと頷きながら話しかけてきた。


「うーん、だいたいわかってきたよ、センセ。階段おりたら、ぜんぜん違う場所になってるんだね」

「ああ、だいたいその認識であってるぞ」


 一階ごとに環境が変わり、生息する魔物も変わり、植生や産出する鉱物も違ってくる。

 まさに錬成術士にとって、材料にこと欠かない天国のような場所だ。


「あなた様のおっしゃった希望とは、そういった素材を集めることでございますか?」

「それも大事だが、他にも重要な目的があってな。ただ、今はまだ目処がちょっとな」

「そうですか……」

「なんかたいへんそーだねー。ま、なんとかなるでしょ」

「そうか?」

「うん、なるなるー。センセならきっと大丈夫だよ」

「ええ、わたくしもそう思います。それに何ごともできると信じなければ、成し遂げられませんからね」


 根拠のない肯定の言葉だったが、俺の気持ちは少し楽になった。 

 この二人と一緒にダンジョンを探索できたことは、存外な幸運だったのかもしれない。


「とつげきー」

「くー」


 大人たちの話に飽きたのか、二匹が元気よく通路を走り出す。

 そして地面の穴から飛び出してきた長い棒のようなものに、仲良く跳ね飛ばされた。


「ゆゆしきー」

「くー」


 コロコロと転がって俺の足元で止まる。

 体力が1ずつ減っているだけで、目立つ怪我はないようだ。

 まあ防御力の差を考えると、しばらくはこの調子でも余裕だろう。


「って、また気持ち悪! なにあれ!?」

「蛇……、ではないようですね」

「ありゃミミズだな」


 地面の下から飛び出してきたのは、ウネウネと体をくねらせる巨大な環形動物だった。

 ぶっとい胴体は俺の太ももほどもあり、しかも剥き出しにされた内臓のような不気味な色合いをしている。

 頭部には目玉らしき部位は見当たらず、輪っか状に牙が並ぶでっかい口しかない。

 正直、あまり直視したくない相手だ。


 と、そこまで考えて、俺はこいつの特技を思い出した。


「ミア、<水泡>だ!」

「ほっ? わかったー!」


 指で作った輪っかに息を吹き込む少女の仕草で、大きな泡が宙に現れる。

 そこへ間髪容れずに、大ミミズが口から吐き出した塊がぶつかった。


 弾け飛んだ飛沫が、地面や壁に当たり白い煙を細く上げる。

 <消化液>。

 ゲームだと、武器や防具の性能を落としてくる厄介な遠隔攻撃だった。

 そして現実だと、それだけですまない感じになりそうである。


 不発だったことを理解したのか、大ミミズは即座に体を揺らしながら穴の中へ逃げ込もうとした。

 が、寸前で空を裂いて伸びた鞭が、その胴体に巻き付いて食い止める。


 すかさず距離を詰めたヨルの頭突きと、クウの空中飛び蹴りが炸裂する。

 石を擦り合わせたような悲鳴を上げて、大ミミズは地面に倒れ込んだ。

 そこへ青スライムたちも伸しかかり、ボコボコにされてしまう。

 数秒も経たずに奇襲をかけてきた魔物は、あっけなく返り討ちとなった。


「やったー、また勝ったー」

「かちどきー」

「くー」


 死体に触って回収すると、土属性の黄魔石とミミズの肉が一覧に現れる。

 魔石の種類が綺麗にバラけていて、これは凄くありがたい。

 ミミズの肉のほうは、一応食用のようだ……。


 一度倒してしまうと、勝ちパターンができるので楽になる。

 ヨルかクウの囮で誘い出し、特技を回避して集中攻撃。

 これの繰り返しで、さくさく通路を進んでいく。


 と気を緩めていたら、穴からミミズの代わりにネズミの群れが飛び出してきた。

 針尾ネズミという魔物で、その尻尾は針金のように固い。

 体長は三十センチほどで、鉱石を好んで齧る習性があり、摂取した金属が尻尾に蓄積されるらしい。


「下がりなさい、スー、ラー!」


 衝撃に強いスライム系だが、刺突攻撃の前にはただの水風船である。

 とっさに危険を悟ったパウラが、素早く下僕の二匹を下がらせた。

 本当に状況判断の鋭さには、感心しかない。

 ちなみにスーとラーは、青スライムたちの名前だ。

 

 入れ替わるように立ち上がったのは、新たな下僕である大ミミズのミーくんだ。

 見た目はアレだが何かと便利そうなので、一匹<従属>させるようパウラに頼んだのである。


 大ミミズの<消化液>が固まっていた針尾ネズミの真ん中に着弾し、甲高い悲鳴が上がった。

 ミアの<火弾>も威力が上がっているようで、ネズミたちは火だるまとなって転げ回る。

 範囲攻撃が見事に決まった勝利だった。


 ネズミからは火属性の赤魔石と、針金の尻尾が回収できた。

 普通の針金と強度は変わらないので、色々と便利に使えそうだ。


 やや広めの階層だったので、階段部屋にはたどり着くのに一時間近くかかってしまった。

 階段前の広い部屋には魔物の姿はなく、地面に十個ほどの穴が空いているだけだ。


「確実にいるな」

「うんうん、これはあやしすぎるね。絶対に罠だよー」

「ただこのままでは、こちらからも手が出ませんね……」


 ヨルやクウ、下僕にした魔物たちなら穴の中に入れるだろうが、そこはボスクラスの魔物のテリトリーでもある。

 噛み殺されるか、突き殺される未来しか浮かんでこない。

 <火弾>を中に撃ち込んだところで、穴がこれだけ多いとなると、分散して威力も保証できないだろう。


「では、囮でおびき出すのはいかがでしょう」

「えー、あぶないよ!」

「安心してください、ミア。あなたがいれば、傷一つつきませんから」

「うんっ、あたし?」

 

 パウラの妙案は、二階のボスコウモリ攻略に使ったのと同じ作戦だった。

 ふわふわ漂う泡に、クウを入れて送り出すだけだ。


 大部屋の中央付近に、鳥っ子入り泡が到達したところで、穴の一つから黒い影が長く伸びた。

 そして<水泡>が弾け、初撃を回避したクウが素早く離脱する。


 階段部屋を守る魔物は、さらに巨大化したミミズであった。

 その胴回りは、俺と同じくらいはある。

 体長も穴から出てる部分だけで二メートル近い。

 ただ今回は子分の魔物の姿はなく、一匹だけのようだ。


「よし、正体も分かったし、あとは倒すだけだな」


 いくら大きくても、もう十分に手慣れた相手だ。

 泡に入ったクウに釣られて飛び出してきたボスミミズに、<火弾>と<消化液>が次々と命中する。

 的が大きいから当てやすいらしい。

 それを十回ほど繰り返すと、魔物は力尽きて横倒しになった。


 <たべる>の結果だが、ヨルの武器の欄に(ミミズのよだれ)が装備されていた。

 試した結果、<消化液>を少量だが飛ばせるようだ。

 ついにヨルも念願の飛び道具を手に入れたぞ!

 いや、別に念願はしてなかったか。

 

 それとボスミミズの回収結果は、黄魔石塊(小)と大ミミズの肉だった。

 

 ここらへんで小腹が空いてきたので、弁当に持たされた黒パンと葡萄酒で昼食にする。

 ヨルとクウとミミズのミーくんにはコウモリ肉を、青スライムのスーとラーにはミミズ肉を与えておいた。


 強化薬一揃いを飲み直し、俺たちはさらに下の階へと進んだ。

 四階はまたも変わって、蔦や木の根がそこら中を這い回る密林のような階層だった。


 この階で俺たちを出迎えたのは、なんと人間そっくりの魔物だ。

 ただしそのサイズは、俺の手のひらに乗るほどしかない。

 外見は少女のように幼く、背中に蝶のような翅が生やして自在に飛び回っている。

 チカチカと体が光っており、この階の光源の役割も担ってくれていた。


「うわわっ、めちゃくちゃ可愛い! なにこれ?」

「油断するなよ。妖精は見た目に反して、結構手強いぞ」


 確かに人形のように可愛いが、その中身スペックはなかなかに凶悪だ。

 体が小さいため物理的な攻撃力や防御力はほぼ皆無だが、それと引き換えに魔法系が強いのだ。

 さらに素早さも高く、サイズもサイズだけに、なかなかその体を捉えることは難しい。


 そして手にした棘の槍にチクリとやられると、猛烈なかゆみに襲われてしまう。

 おまけに特技の<目くらまし>は、まともに食らうと数十秒は視力が奪われる厄介ぶりだ。

 と、いろいろ羅列してみたが、実は彼女たちにはそんなことが問題にならないほどの大きな特徴があった。


「うへへ、見て見て、ヨルっちの頭! ああ、クウっちも最高!」

「これは永久保存したいところだな……」

「ふふ、とても愛らしいですね」


 それは妖精が、こちらから害を加えなければ非常に友好的であるという点だ。

 パタパタと飛んできた一匹が、ヨルの三角形に突き出した獣耳を気に入ったのか、その合間にちょこんと座ってしまった。

 そして耳にもたれて、楽しそうにケラケラと笑い出す。

 

 クウのほうも同様で、首根っこのふわふわした羽毛の部分に、二匹の妖精がすっぽりとはまって笑い声を上げている。

 あの襟巻き羽、感触が最高に気持ちいいからな。


 困り顔のヨルとクウをさんざん堪能したあと、俺たちは奥へと歩を進めた。

 実はこの階の魔物はもう一種類居るのだが、こちらも壁や天井をのん気に這い回っているだけである。


 妖精と同じく何もしなければ襲ってこないのだが、その見た目は打って変わって不評であった。

 なんせ、五十センチはありそうなバカでかい芋虫なのだ。

 しかも模様が、緑の下地に黒い斑点である。

 こいつらは妖精たちの乗り物扱いされており、またがってどこかに向かう景色もちょくちょくあったりした。


 戦わずにすんだのはいいが、逆にヨルやクウが妖精に何度も絡まれたり、途中で綺麗な泉を見つけたりと、なんだかんだありつつ俺たちは四十分ほどで階段部屋に到着した。

 そして非情な現実に直面する。


 やはりこのダンジョンには、平和的な解決というのは存在しないらしい。

 根っこや蔦で覆われたあまり広くない部屋で待ち構えていたのは、芋虫にまたがった妖精軍団だった。

 

 芋虫と妖精の数はそれぞれ五匹。

 それとは別に鉄格子前に、一際大きい芋虫と妖精の姿が見える。

 普通の奴の三倍ほどの大きさだろうか。

 大芋虫の皮膚の色も、毒々しく赤みががっている。

 

「やっぱり戦わずに通るのは無理なようだな」

「ううう、妖精ちゃん……」

「仕方がありませんね。邪魔をするというのなら、排除しなければなりません」


 回避能力の高い妖精だが、幸いにも誰かが部屋に入るまでじっとしてくれているようだ。

 なら、それを逃す手はない。


 入り口ギリギリで羽ばたいたクウが、俺たちの中で最大の範囲と最強の威力を誇る特技を解き放つ。

 ――<ぱたぱた>!


 木の根っこに隙間なく覆われた床は、間違いなく歩きにくい。

 ただし、大量の足を持つ芋虫なら話は別である。

 狭い空間は、何人も押しかけると動きが制限されてしまう。

 しかし、自在に飛び回ることができる小柄な妖精には全く問題はない。


 そういった利点を活かすための小さな部屋だと思うが、今回は仇となったようだ。

 ダーツのように付け根が尖った羽は、突風に乗って部屋中を荒れ狂う。


 逃げ場のない空間で、妖精と芋虫たちは容赦なく羽の攻撃にさらされる。

 嵐が収まった後に辛うじて身じろぎしていたのは、大きな芋虫のみであった。

 残りの魔物は、全て力尽きて床に転がっている。


 最後に粘つく糸を吐いてこようとしたボス芋虫に、飛来した<火弾>が直撃する。

 火に弱い虫の魔物は、あっけなく横転して息絶えた。


「ううう、気がとがめるねー」

「そう落ち込むことはないと思うぞ。明日になれば……。いや、まだハッキリ言えないか」


 妖精からは光属性の白魔石と妖精の鱗粉、芋虫からは地属性の黄魔石と糸袋が回収できた。

 ボスたちからは、お約束の魔石塊だ。

 確か糸袋からは絹糸が錬成できたはずだ。蚕じゃない普通の芋虫なんだけどね。


 ヨルとクウに聞いたところ、妖精は食べないそうだ。

 ボス芋虫を平らげた結果、クウの武器欄に<芋虫の糸>が装備されていた。

 ゲームでは相手の素早さを下げる弱体技だったな。


 そそくさと回収を終えた俺たちは、罪の意識から急いで階段を駆け下りる。

 五階で待ち受けていたのは、これまでとはまるっきり違った光景だった。


 降り注ぐ白い光は眩しく、地上と何ら変わりはない。

 思わず見上げた天井は、信じがたいほどに離れている。


 そして驚くべきことに、あるべきはずの壁がどこにも見当たらない。

 いや、目を凝らすとはるか視界の彼方に、うっすらとそそり立ってはいたが。


 そして消え去った壁の代わりに眼前に広がっていたのは、だだっ広い平原だった。

 ところどころにある黒い塊は、灌木の茂みだろうか。

 目隠しして連れてこられたら、絶対にダンジョンの中だと思えない眺めだ。

 

 ポッカリと開かれた空間を前に、俺は肺の底から深々と息を吐いた。

 これこそが、俺が求めていた目的の階層だった。


 ゲームでの龍玉の宮殿には、やけに広い上に段差もなく移動が大変なだけの階がちょいちょいあった。

 まあ実際に目にしてみると、予想以上の奥行きだな。


 俺は唖然としているパウラとミアへ振り返り、解放感あふれる景色に腕を伸ばしながら弾む声で話しかけた。


「見ろ! これなら畑も作り放題だ」

「……あなた様の望みというのは、この広い土地のことでしたか」

「はあ! なんでまたこんなとこに畑?」

「ここなら絶対に、安全だからな」


 驚きと戸惑いを隠せない二人に、俺はようやく秘めていた目的を明かした。


「だから俺はここに人が住める場所、新しい村を作ろうと考えている」



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