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大コウモリ戦



 ふわふわと宙に浮かぶ大きな泡。

 しかも内側には、鳥の羽を生やした三歳児が入っている。

 なんとも楽しげな光景である。


 もっとも飛んでいく先に待ち構えているのは、凶悪なコウモリの群れであったが。


 これがミアの考えついた<水泡>の応用であった。

 泡の内部に入ったクウが、静かに羽ばたきながら進んでいく。

 固唾を呑んで見守る俺たち。


 そして耳鳴りコウモリたちが固まる鉄格子の前に後半分となったところで、魔物たちが反応を示した。

 鍾乳石にぶら下がったまま、ボスコウモリが威嚇するように大きく羽を広げた。

 その周辺を五匹の子分コウモリが、いっせいに飛び交う。


 同時に六つの口が開き、部屋中に響き渡る音の波を放った。

 耳栓などお構いなしに、鼓膜をつんざく大音響だ。

 ぴったりと耳を伏せ、その上から俺が手で押さえていたヨルが、ビクビクと体を震わす。

 距離を空けていなければ、気絶間違いなしだろう。


 となると、その半分の距離で浴びたクウは――。


 当然、ケロリとした顔で宙に浮かんでいた。

 ただしその身を覆っていた泡は、綺麗に消え失せている。

 <水泡>が衝撃を全て吸い取って、身代わりになって割れてくれたのだ。


 特技を放ち終えた六匹のコウモリと、差し向かいになる鳥っ子。

 そこはすでに、クウの特技の射程内であった。


「今です、クウ! <ぱたぱた>!」

「くぅぅぅううううう!」


 パウラの指示に、クウが大きく両手を羽ばたかせる。

 魔力が込められた大量の羽が舞い、風を巻いて耳鳴りコウモリどもへ降り注ぐ。


 顔面を、腹部を、両翼をクウの羽矢に貫かれた魔物たちが次々と地面へと落下した。

 しかし伊達に体が大きいわけではないようだ。

 ボスコウモリだけが、体中に羽を生やしながらも辛うじて踏ん張ってみせる。


 再びその口が開き、凄まじい音の波が溢れ――。

 パチッ、パチッ、パチッと先んじて響いたのは、ミアが連続で指を弾いた音だった。

 続けざまに放たれた火球は、ヨルの傍らをすり抜け真っ直ぐに標的へと迫る。


 目の前のクウに集中していたせいだろうか。

 不意に現れた紅蓮の塊たちを、ボスコウモリは避けることなく全身に浴びてしまう。


 断末魔の絶叫を放ちながら、火にまみれた大きなコウモリは地に落ちていく。

 地面に当たって一度弾んだ後、少しだけもがいてから動きが止まった。

 一呼吸の間をおいて、鉄格子が上に移動し始める。


 その光景に俺たちは、口々に勝利の声を上げた。


「よっしゃ!」

「いえいー、クウっちやったー!」

「ミアも素晴らしい援護でしたよ」

「あっぱれー」


 急いで駆けつけると、鳥っ子は地面に落ちたボスコウモリにまたがって勝利の雄叫びを上げていた。


「くー!」


 クウの健闘を称えるように、ヨルがその頭をよしよしと撫でる。

 姉に褒められた弟は、嬉しそうにぴったりとくっついた。

 なんとも微笑ましい仕草である。


 そして二匹は俺を見上げなら、よだれを垂らして催促した。


「あるじどのー!」

「くう!」

「おう、食っていいぞ」


 目を輝かせた魔物っ子たちは、まだくすぶるボスコウモリへ我先にとかぶりついた。

 むしりと肉を食いちぎって、咀嚼もせずに丸呑みしていく。

 うん、この食い方だけは魔物っぽさがあるな。


 食事に夢中な二匹をおいて、俺は子分コウモリどもを手早く回収していく。

 ボスたちが陣取っていた階段の前には、幸いにも糞まみれの石筍はない。

 が、クウの特技で仕留められたうちの三匹が、やや離れた臭い出っ張りに引っかかってしまっていた。


 うんちに触れないよう気をつけながら、アイテム欄を開いてコウモリだけを仕舞い込む。

 つもりが、つい指先が掠めてしまった。

 次の瞬間、目の前の糞まみれの石の突起が消え失せる。


「え?」


 慌ててアイテム欄に目を向けると、あやしい石という名前が飛び込んでくる。

 希少度を示す星の数は不明。

 いわゆる不確定アイテムというやつである。

 

 錬成コマンドで、白魔石とセットして<解析>してみる。

 明らかになった石の名前は、コウモリの糞尿石というあやしさが少しも減っていない代物だった。

 だが星二つだ。


「…………なんだ、これ?」


 たいていのアイテムは覚えているはずだが、これは記憶にない。

 うーん、嫌すぎる名前に反して、希少度レアリティの予想外の高さ。

 ここらへんはドラクロ2あるあるだな。

 ということは、相当使えるアイテムの可能性が高い。


 用途を探るのは後回しにして、とりあえず片っ端からコウモリの糞の山に触れて回収する。

 数分も経たずに、階段部屋の床はスッキリさっぱりとなった。

 あれだけ臭かった匂いも、跡形もなく消え失せている。


「謎空間さまさまだな。あとはボスも回収しておくか」


 頭部と羽を残して、大きなコウモリの体は綺麗に食べ尽くされてしまっていた。

 満足そうなため息をつくヨルとクウが可愛いので、死体を仕舞うついでに頭を撫でてやろうと手を伸ばす。


 すっと引かれた。


「うん?」


 もう一度、ヨルの頭に手を伸ばす。

 さっと頭をそらされた。

 ならばと、クウに手を伸ばす。

 コロンと転がって逃げられた。


「ど、どうした…………?」

「いや、その手で触るとかなしでしょ」

「わたくしもそれはどうかと」


 女性陣のよそよそしい視線を一身に受けた俺は、悲しみのあまりじっと手を見る。

 コウモリの糞まみれだった。

 うん、これは逃げるわ。


 迷宮水入りのスライム袋を取り出して、ジャバジャバと汚れを綺麗に洗い流した。

 ついでに、残っていた消臭薬も振りかけておく。

 改めて手を差し出すと、ヨルとクウはくんくんと嗅いだ後、顎をちょこんと乗せてくれた。


 ボスコウモリの残骸からは、羽と緑魔石塊(小)が回収できた。

 これで星二つアイテムは三種類目となる。

 それとクウの腕装備に、(コウモリの翼)が追加されていた。


 触って確かめると、羽毛の下に飛膜らしいのが生えている。

 前よりも飛びやすくなったのか、素早さも上がっていた。

 

 ヨルのほうには変化がない。

 飛べる素養がないと、装備の認定がされないということだろうか。

 あとこれまでの例からして、<たべる>の対象となるのはボスの魔物限定のようだ。


「ざっと分かったのは、こんなところかな」

「なるほど、興味深いですね」

「へー、ヨルっち、クウっちすごいじゃん」

「で、もう一種類くらい食べさせてやりたいが、どうだろう?」


 レベル的には次の階も余裕そうだし、正直、どこまで強くなるのか見てみたい気持ちも大きい。

 俺の提案に、パウラとミアは笑みを浮かべて頷いてくれた。


「うん、どんどん行ってみよー」

「ええ、どこまでもお供いたします」

「まいるー」

「くっくー!」


 そんなわけで俺たちは、再び階段を下りることを選んだのであった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 蝙蝠の糞の堆積物は良質な肥料になる。
[気になる点] 三話で主人公は浄化を使用してましたが今回は水で手洗いしてるのって浄化を使うのに条件があるからなんですかね?
[良い点] 材料になれば怪しいものでもなんでも手にしてしまうのはプレイヤー視点の名残もあるでしょうが、職業病ですかね
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