新たな肉を求めて その一
昼食を食べ終えた俺たちは、探索を再開することにした。
目的地は川の向こう岸にある森だ。
東側の森は火吹鳥の住処だが、川をまたぐとまた違う魔物が生息しているらしい。
アニーの説明では、四本足のとても危険な動物とのことだ。
「足が四本か。うん、いろいろ期待できそうだな」
「いざまいるー!」
「くうー!」
「ふふ、楽しみですね、あなた様」
皆が口々に同意してくれるが、一匹もとい一人足りない。
いつもならここで、にゃあにゃあと小うるさい声が聞こえてくるはずである。
「あれ、ティニヤは?」
「そういえば居ませんね」
「クパパ!」
目ざといアニーが指差す方向を見ると、石の壁の角から黒い三角形の耳がピコッと飛び出ていた。
ピクピクと動いていた獣耳は、俺たちの視線を感じ取ったのか慌てて奥へ引っ込む。
「にゃ、見つかったにゃ。早く逃げるにゃ!」
「クウ、ヨル、頼んだ」
「とりものー!」
「くー!」
「にゃあ、カーくん全力出すにゃー!」
転がるように走り出したちびっこたちは、あっさりと獣耳少女をしがみついていた石肌蛙ごと捕獲してみせる。
川岸まで引っ立てられたティニヤは、カーくんと一緒に首を左右に激しく振った。
「にゃあ、もう水は嫌にゃあ! 見逃してほしいにゃ!」
「ゲコ!」
「今回は大丈夫だって。……たぶん」
「きっとまた川に落とされるにゃあ! 後生にゃ!」
お風呂のおかげで幾分慣れたようだが、相変わらず濡れるのは苦手らしい。
同じく水嫌いのカーくんと、仲良く抱き合って大げさに嘆願してくる。
ただこれについては、ちょっと仕方がないとも言える。
この階層を横切る川には、今のところ橋に近い存在は見つかっていない。
徒歩で渡れそうな浅瀬もないため、向こう岸へ行くには泳ぐか船に乗るかの二択しかないのだ。
空を飛んでいくという選択肢もあるにはあるが、限られた一部にしか無理なので今は数に入れないでおこう。
そこで俺たちが選んだ手段は、丸太を蔦でしっかり繋いだ筏という選択だった。
もっともそれだけだと水に浮かべた瞬間、下流へ向けてどんどこ流されてしまう。
なので、専用の動力機関も併せて用意することにした。
この動力機関はエネルギーをさほど必要とせず、速度調節や方向転換も自由自在で、万が一川に落ちた場合も即座に救出までしてくれるという、いたれりつくせりな代物だ。
名前は河童スクリュー。
原理は至極簡単で、河童たちに筏を後ろからバタ足で押してもらうだけである。
耳先をぷるぷると小刻みに震わせる少女に、カッちゃんがしっかりとした足取りで近づく。
そして、安心させるようにその肩に優しく手を置いた。
「クパパ!」
任せろとでも言うように、ぐっと頷いてみせるカッちゃん。
しばし見つめ合う二人だが、さっと目をそらしたティニヤはカーくんにしがみついて言い放った。
「にゃあ! 前はそれ信じてひどい目にあったにゃ!」
前回、試運転の際に張り切りすぎたカッちゃんのせいで、片側だけ押されすぎた筏がバランスを崩して横転する痛ましい事故が発生したのだ。
すぐに全員が河童たちに助け出されたため、全身が水びたしになるだけで済んで何よりだった。
「ほら、根に持つなよ。カッちゃんも悪気はなかったんだし」
「にゃ、にゃあ。でもすごく怖かったにゃ……」
「クパッ!」
言いよどむティニヤの反対側の肩に手を置いたのは、兄河童のアニーだった。
妹と同じくまっすぐな目で、少女を見つめてみせる。
「…………にゃあ。そこまで言うなら信じるにゃ」
二匹の河童の説得は、無事に成功したようである。
しかし今度は腕をブンブンと回すアニーの姿に、そこはかとない不安が芽生えてきた。
「あんまり張り切りすぎるなよ。あっちの岸まで、押してくれるだけでいいからな」
「クパ!」
「クパパ!」
元気よく返事した二匹は、そのまま川へ飛び込んいく。
そして筏の後ろに手をかけた状態で、俺たちをキラキラした目で見つめてきた。
「……あなた様」
「ああ、分かってる。アニー、カッちゃん、先に一往復してみてくれないか」
俺の頼みに仲良く首をひねった兄妹だが、それでもやる気になってくれたようだ。
筏を繋いでいた縄を解くと、競い合うようにバタ足を始めた。
たちまち水しぶきが高々と上がり、筏は前へと進み出す。
「お、行けそうか」
見ていると力の強いアニーが、カッちゃんの足の動きに巧みに勢いを合わせている。
仲の良い兄妹だからこそなせる技だろう。
二匹に押された筏は猛烈な速さで水を切って、向こう岸との距離をみるみる詰めていく。
このまま行くと、何ごともなく川を横断できそうだ。
が、安堵したのもつかの間だった。
川の中ほどに差し掛かったところで、押される力と浮かぶ力の均衡にとうとう限界が生じたらしい。
何も乗せていなかったのも、まずかったのだろう。
不意に筏の先頭が、大きく空へ向けて持ち上がった。
そのままウイリー状態で、筏は水面を走っていく。
そして向こう岸に激しく乗り上げたかと思うと、派手な衝突音とともに草むらへ突っ込んでようやく止まる。
夢中はバタ足をしていた兄妹は、目の前の惨状に気づき黒いくりくりした目を大きく見開いた。
それから振り向いて、くちばしを仲良くぱっくり開けてみせた。
その姿に俺とティニヤは、目を合わせて深々と息を吐く。
「ふう、危機一髪だったな」
「にゃあ、やっぱり信じなくて正解だったにゃ」




