森へおでかけ
材木の調達の偽装のため、一度村の近くの森へ行っておこうという話になった。
案内役はエタンさんで、後は迷宮探索の時とほぼ変わらぬメンバーだ。
「おっでかけだー! うわー、めっちゃ楽しー!」
「うちはベッドでぬくぬくしてたいにゃ」
「えー、今日すっごい暖かいよ! ぽかぽか陽だまりだよ」
「そんな時こそ家から出ないのがホントの贅沢なのにゃ」
よく響く声で掛け合いをしているのは、すっかり仲良くなったティニヤとミアだ。
魔法書のほうもぼちぼち目処がついたため、教師役のオイゲンじいさんから外出許可を貰えたらしい。
萌黄色のワンピースを着こなした少女は、嬉しそうに手を伸ばして日差しを遮った。
三月も後半に差し掛かったせいか、ミアの言葉通り今日は春めいた青空が広がっている。
「まいるー!」
「クパックパッ」
「くぅくぅ!」
ヨルとクウもすっかり上機嫌で、河童のカッちゃんと仲良くくっついて俺の横を歩いていた。
先頭が獣っ子で二番目がカッちゃん、最後尾は鳥っ子。
それぞれの肩に手を置いて、連結状態でてくてくと進んでいく。
この並び方だがカッちゃんが基本臆病なので、二匹がしっかり挟んで守ってあげているらしい。
意図せず電車ごっこをしているようで、なんとも愛らしい姿だ。
「ほら、大丈夫か」
「恐れ入ります、あなた様」
森の近辺は整地されていないせいか、足元に隆起が増えどうにも歩きにくい。
石を踏んでよろめいたパウラに手を貸すと、嬉しそうに微笑まれた。
軽く指に力を込めてきたので、そのまま手を繋いだままにしでおく。
レベルの上がったパウラなら、たぶん石ころごときで体幹はそうそう崩れないはずだ。
そう分かっていても手を貸してしまう俺と、あえて何も言わないパウラ。
今日は本当にいい陽気だ。
赤と青のスライムたちもじゃれ合っているのか、交互に乗っかってはぽよんぽよんと弾んでいる。
これが同じ色なら消えてしまう可能性もあったが、そうならなくて一安心だな。
愚にもつかないことを考えながら何気なく視線を向けたら、一番前を歩いていたエタンさんが無表情な目で俺たちをじっと眺めていた。
怖い。
「エ、エタンさん、手紙は書けましたか?」
俺が尋ねたとたん、暗がりに覆われていたエタンさんの顔がいきなりパァッと明るくなった。
別人のように夢見る乙女の表情を浮かべた樹人種の男性は、浮かれた声で報告してくる。
「はい、ばっちり書けましたよ。早く届くといいなぁ」
「ええ、早く届くといいですね」
今回の森へのおでかけたが、実はもう一つ目的があった。
最近の地下迷宮での人手不足を省みて、人材の補充は目下の急務である。
そこでエタンさんの幼馴染の女性にも、この村に来てもらってはどうかという話になったのだ。
今の話題となった手紙は、そのためのものだった。
村から少し離れた場所にある龍腕森林は、大陸東側の半分を占める広大な領域であり、樹人種たちの住処でもある。
そして魔素溜まりとしても有名な場所であった。
「……なんか意外と明るい感じですね」
鬱蒼と生い茂る木々で、昼間でも薄暗い視界。
何が潜んでいるか分からない深い藪がそこかしこを覆い、不気味な魔物の声がこだまする。
そんなイメージを抱いていたが、眼前に広がっていたのは予想外の景色だった。
木々はぽつぽつと綺麗に間隔を空けており、目立つような下草の群れもない。
倒木なども見当たらず、程よく差し込む木漏れ日が、地面に美しいレース模様を揺らしている。
本当にのどかな森の眺めとしか言いようがない。
あてが外れた俺に、エタンさんはあっさりとその理由を説明してくれた。
「この辺りは魔素が薄いですからね。そうそう厄介な魔物は出ませんよ」
まあ考えてみれば、そんな危険な場所の近くに村を作るはずもないか。
ゲームでも森の入口付近だと、簡単なクエストしかなかったしな。
歩きながら話を聞いてみると、こんなふうに魔素が薄い場所は樹人種の人たちが見回って、荒れないよう手入れをしてくれているらしい。
「もう少し奥に開けた場所がありますから、そこで休憩しましょうか。物を置くにもちょうどいいですし」
エタンさんの言葉通り、そこはポッカリと空いた場所だった。
古い切り株がいくつも並ぶ様子から、かつては木々の枝が空を覆っていたのだろう。
しかし今は澄んだ空気と、まばゆい光に満たされた心地よい広場である。
広場の奥のほうには、静かに水を湛えた泉まで見える。
まさに完璧な休憩所といっても過言ではない。
「ここ来るのひっさしぶりー! うー、落ち着くー」
大きく伸びをするミアの姿に、俺は浮かんだ疑問をこの森の元住人に尋ねた。
「この切り株って、もしかして?」
「はい、はじまりの村のために切り出した跡ですね」
詳しく聞くと、村長が直々にこの森へ出向いて樹人種たちと交渉したとのことだ。
その流れとしてエタンさんも、村の開拓を手助けすることになったのだとか。
そういった背景まではゲーム内で語られてなかったので、なんとも新鮮である。
この伐採場を通じて樹人種たちとも交流が進み、いろいろとよい雰囲気ではあったらしい。
ただそれも、昨年の痛ましい事件が起こるまでの話だ。
広場の中央の平らな地面に、俺はアイテム一覧から取り出した丸太を積み上げておく。
これらは地下迷宮の八階や十階で採れた木材だ。
非常に面倒ではあるが、村で使う時はここから運んでもらう予定である。
さすがに何もない場所から、急に丸太を持ってくると怪しすぎるからな。
「さて俺の用事は終わりましたし、次は――」
「はい、僕の番ですね。あ、ありました。この木です」
泉の側の一本の木に駆け寄ったエタンさんは、嬉しそうに手を掲げた。
やや大きめではあるが、周りの木との違いはさっぱりだ。
しかしこれが樹人種たちにとって、非常に大切な木であるらしい。
エタンさんは木の根元に頭を垂れると、幹にピタリと頭をくっつけた。
すると髪に混じる緑の葉や茎が風もないのに動き出し、太い幹に絡みつき出す。
次の瞬間、幹の真ん中が音もなく左右に開き、大きな空洞が唐突に現れた。
「ぎょうてんー!」
「クパッ!」
「くー!」
意味もなく切り株の周りをくるくる回っていたちびっ子たちは、いきなりの変化に目を丸くして跳び上がった。
そのまま切り株の上に乗っかると、カッちゃんを中心にギュッとくっつきあう。
「ああ、この木覚えてるなー。中に手紙入れるんだよね」
「にゃ、木にお手紙出すにゃ? 木は文字読めないにゃ。頭悪いにゃ」
「わ、悪くないって! 読むのは違う人だし!」
騒ぐ二人にニッコリ笑いながら、エタンさんは手紙を木のうろの中へそっと差し入れた。
「ここはただの保管場所ですよ。定期的に管理している人が見回って回収してくれるんです」
「なるほど、樹人種の人じゃないと開けられないから安全なのか」
「面白い仕組みですね」
俺とパウラが感心していると、エタンさんは続けてもう一通の手紙を取り出した。
手紙の表には爪で引っ掻いたような跡がいくつも走っており、一見すると何が書かれているか分からない。
独特すぎるその爪形文字に、俺は差出人の名前を即座に思いついた。
「それってヘイモの手紙?」
「はい、一緒に出しといてくれって頼まれたんですよ」
獣人種と樹人種は昔から交流があり、手紙も頼めば龍背山脈まで届けてくれるのだそうだ。
エタンさんは二通の手紙をうろの中に入れると、再び額を幹へ押し付ける。
たちまち木の表面が動いて、何事もなかったように空洞は消え失せた。
「はい、これで終わりです」
「えー、もう用事ないの?」
残念そうな声を上げるミアの後ろでは、ティニヤがあくびをしながら陽だまりの草むらに寝転がっている。
ちびっ子たちもいつの間にか、切り株の上で熱心に落とし合いをして遊んでいた。
楽しげな皆の姿に、俺はもう一度晴れ渡る空を見上げた。
雲一つない、素晴らしい天気だ。
隣へ目を向けると、パウラが小さく笑いながら切り株に腰掛けて俺を見つめてくる。
「そうだな、もう少しゆっくりしていくか」
「やったー!」
たっぷり遊んでたらふく食べた帰り道。
俺は少し気になった点を、エタンさんへ尋ねた。
「そう言えば大牙猫の群れに遭ったのは、もっと森の奥のほうですか?」
「ええ、そうですね」
昨年、エタンさんと村長の娘であるエマが、この森で大量の魔物に襲われた事件があった。
辛うじて逃げ延びたエタンさんは酷い怪我を負い、エマのほうは未だ行方知れずのままである。
当時の記憶を思い出しのか、エタンさんの愛らしい顔が一瞬で曇った。
「なんでそんな奥まで行ったんです?」
「あの時は確か、薬草が必要なので取りに行こうとして……、あれ?」
「どうかしました?」
「すみません、思い出せません。どうして、あんな奥まで行こうとしたのか……」
苦しそうに考え込んだエタンさんは、ポツリと言葉を漏らした。
「もう一人、あの時誰か居たような……」
更新が滞ってしまい申し訳ありません。
今年は障子を全部張り替えなど、いろいろ大掃除が忙しく……。すみません(´・ω・`)
それとさらに申し訳ありません。
来年の一、二月もいろいろと作業があり、更新は週一、二回となりそうです。
作業内容については、察していただけると助かります。
また題名が変わりそうだとしか今は……。
今年一年、ありがとうございました。
来年もよろしくお願い申し上げます。
あと半日ですが、よいお年をお過ごしください。




