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面倒な商売敵


 

「……ベルゲン商会ですか?」


 商売相手の口から飛び出した意外な名前に、ハンスはわずかに首を傾けた。

 

 王都の中心部にある豪奢な商館の一室。

 黒い艷やかな革に覆われたソファーに腰を落ち着かせた行商人は、現在この館の主と商談中であった。


「聞いたことはないかい? 結構、有名だと思うけど」

「いえ、存じております。何度か店先を拝見させていただいたことがございますね」


 ベルゲン商会は王都でも上から数えたほうが早いほどの名高い商家で、主に地下迷宮の産物を取り扱うことで知られている。

 当初、白照石の照明台を持ち込む予定であった商会でもある。


 もっとも名が知られているだけあって、一介の行商人ごときがそうそう気軽に取引を持ちかけられる相手でもない。

 というか、客として店内に入ることさえ難しいだろう。

 ハンスも店頭のガラス越しに、きらびやかに並べられた商品を何度か覗き見した程度であった。


「そのベルゲン商会様が……」

「ああ、怒角天の有り様らしい」


 怒りで角が上を向き天を衝く。

 鬼人種ならでは言い回しを、魔人種であるレオカディオは楽しげに使ってみせた。

 その余裕ぶりに、ハンスも軽く微笑み返して会話を続ける。


「やはり、この照明台のせいでしょうか?」


 テーブルの上に置かれているのは、今月の分である大きな白照石を乗せた台座たちだ。

 それと翡翠油の大樽たちも、すでに馬車から下ろしてある。


「そうだね。白照石はベルゲンの専売に近かったからね。よそ者に我が物顔で荒らされて、腹にすえかねるといったところらしい」

「それはまたなんとも……」


 せっかく手塩をかけて作り上げた独占市場に割って入られることは、商人にとって大いに苦痛である。

 僻地の村々を回って顔を売り生業を立ててきたハンスも、その気持ちは分からないでもない。

 だがそれもまた商売の難しさであり、面白いところだ。

 

「なんせ今や白照石の大ランタンは、宮廷での話題を独占中だからね」

「売れ行きがよろしいのは、何よりですね」

「うんうん、おかげで金貨百枚以上の相場となってくれたよ。しかも次はいつ入るのかと、せっつかれてしまってね」


 喜色を隠そうとしない館の主に、ハンスは無言で口ひげを引っ張った。

 買値の二倍以上の売値だが、悪びれる様子は全くない。


 この大きな差額を生み出すのも、商人としての実力の証でもあるからだ。

 それに言われた金額をそのまま信じるほど、ハンスももう若くはない。


「で、今日は他に何を持ってきてくれたんだい?」


 ベルゲン商会の怒りなど歯牙にもかけない口ぶりに、ハンスは頬を自然と緩めた。

 まあ考えてみれば、当たり前である。 

 向こうは上から数えての立ち位置であるが、眼前の人物は王都では指折り数える豪商なのだ。

 明らかに格が違う。


「それでしたら、こちらはいかがでしょうか。ちょうどぴったりなお品だと」

「ほう、小粒の白照石か。うんうん、こりゃいいね」


 照明台に使われているほどではなく、ちょうど手のひらに収まるサイズである。

 しかも表面はきっちりと磨かれており、おそらく輝度は期待通りであろう。


 この程度の大きさの白照石なら、そこそこ流通はしているためそう高い値はつかない。

 だが市場に出やすいということは、現状では非常に利点がある。


「くくく、君もなかなかやるねぇ」

「いえいえ、たまたまでございます」


 ベルゲン商会が扱う白照石と、ハンスが持ち込んだ白照石。

 比べてしまうと、その明るさの違いがはっきり出てしまうのは確実だ。

 そうなると石の大きさという言い訳は、もはや通用しなくなってしまう。


「それ以外にも、いろいろとお持ちいたしましたよ」

「お、魔金属か。また珍しいものを。こっちは魔物のなめし革と。ほう、手触りはなかなかだね」


 黒毛狼の毛皮をうっとりした顔で撫で回したレオカディオは、意地悪い笑みを浮かべた。

 これらも迷宮産のため、需要は高いが供給が絞られる品々である。

 当然、飛ぶように売れるのは間違いない。

 しかも質の高さは、疑う余地なくこちらのほうが上であろう。

 

「これは面白い。ぜひ買わせてもらうよ」


 白照石の照明台だけでなくこちらの商材まで売り出せば、明白にベルゲン商会に喧嘩を売ることになる。

 となると、いろいろと波紋も広がっていく可能性は高い。


 それこそが、レオカディオの愉しみであった。

 元帝国貴族の男性にとって、儲けを得ることは所詮二の次でしかない。

 

「ああ、頼まれていた職人だが、ちゃんと都合をつけておいたよ」

「それはありがとうございます」

「ただぞろぞろ引き連れて戻るのは、ちょいと厳しいとは思うがね」

「はい、その通りでございますね」


 王都に入ってから怪しげな視線に幾度となく見張られていたことに、ハンスはきっちりと感づいていた。

 人目の多い大通りやこの屋敷内であれば、そうそう襲われることはないだろう。

 だがそれ以外の場所となると、身の安全の保証は一切ないと言える。


「ベルゲン商会は、ごろつき連中とも繋がりがあるみたいでね。まったく無粋なやり方だよ」

「申し訳ありませんが、職人の方々に関しては、お力添えを願えませんか?」


 レオカディオ商会の馬車であれば国中を往来するだろうし、この商人の荷駄をあえて襲うような愚かな輩もいないだろう。


「ああ、それはかまわないが、君はどうする気だね?」


 今回の頼まれごとを済ませるには、花街や獣人種の貧民街を回らねばならない。

 現在の状況では、まんまと懐に飛び込んでくる馬鹿な虫扱いとなろう。


 しかしこんな時のために、ハンスはニーノから一枚の地図を預かっていた。

 どうやら、それを使う機会がやってきたようである。


「そうですね。よろしければ、地面の下をお貸し願えますか」



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― 新着の感想 ―
[一言] 追いついた! 期待以上に面白く拝読しました 更新楽しみにしています
[良い点] 下水マップ、ハンスさんも使用に躊躇がなく覚悟決まってますね
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