思わぬ来客 その二
「はじめてお目にかかります。わたくしはラント家のルイーゼと申します」
促されるまま奥のテーブルに案内された俺たちへ、優雅に言葉をかけてきたのは見目麗しい女性だった。
澄んだ青い瞳は目尻がやや下がっており、一見すると穏やかな印象である。
すらりと高い鼻筋に小さな唇。白く透けるような肌。
縦ロールとまではいかないが、胸元まで伸びる金色の毛先はくるりと弧を描きながら揺れている。
まさしく絵に描いたようなお嬢様だ。
年の頃は、まだ二十歳にも満たないだろう。
唇の端を持ち上げて笑みを形作った女性は、小柄な体を上品に折り曲げて額の角を前に出す王国式の挨拶をしてみせた。
見事なお嬢様らしさの体現である。
「はじめまして。わたくしはパウラ・アルヴァレスです。何やらお待たせしたようですね」
それに対し軽やかに背中から尻尾を覗かせる帝国式挨拶を返したのは、貴族のご令嬢たるパウラだった。
ルイーゼと名乗った女性は、小さく頭を振って会話を続ける。
「いえ、こちらこそ事前に連絡もせず、急に押しかけてしまい申し訳ございません。つい居ても立っても居られなくて……。あ、どうぞおかけくださいませ」
その言葉にメイド姿の汎人種の女性が、俺たちに椅子の背を引いてくれた。
こちらは黒髪で細身の体つきをしており、なかなかに整った顔立ちである。
「それで、わたくしどもに何かご用がおありのようですね」
「はい。ご注文の品をお持ちいたしました。まずはご確認をお願いいたします」
「お嬢様、外はもう真っ暗ですよ」
背後に控えていたメイドが耳元で突っ込むと、ルイーゼお嬢様は長いまつげをしばたたかせた。
頬を少し赤く染めて窺うように俺たちの反応を見た後、小さく咳払いをして言葉を続ける。
「言われてみればそうですね。申し訳ありません。わたくし、つい気が急いでしまって」
「それで、何をお持ちくださったのですか?」
「えっ、あっ、それも申しておりませんでしたね。お持ちしたのは機織り機でございます」
「あら、それはありがとうございます。ちょうど欲しかった品ですね」
「はい、そう伺っております。さらに今回は特別に機織り職人も連れてきております。困った時は、彼女になんなりとお聞きくださいな」
「それはわざわざご丁寧に。お心遣い、いたみいります」
「いえ、お気に召していただけて何よりです」
嬉しそうに微笑み合うお嬢様たち。
だが、同席していた俺には、いきなり過ぎて何がなんだかといった感じである。
確かに機織り機は現状、喉から指が二、三本出るくらいには欲しい品だ。
しかも使い方を指導してくれる職人付きとは、ありがたいことこの上ない。
だが機織り機一台は、少なくとも金貨二桁単位はする品である。
おいそれと軽々しく受け取ってしまうと、後々非常にまずい展開になるのは間違いない。
そもそも注文と言っていたが、この件はハンスさんに一任してあるので、俺たちの誰かが勝手に頼むということもないはずだ。
うん、となると……。
それとこの女性二人組には、どことなく見覚えがあるような……。
いや、まずは確認が先だな。
誰がなんのために、どういった経緯で、機織り機がここに来ることになったのか。
詳しい解説を期待してさり気なくメイドの女性に視線を向けると、困ったように肩をすくめられた。
いや、困惑しているのは、こっちなんだが……。
「よろしければ、私からご説明いたしましょうか? パウラお嬢様」
タイミングよく俺たちの背後から聞こえてきたのは、落ち着いた女性の呼びかけだった。
そのしっかりさが伝わってくる声は、振り向かなくても誰かすぐに分かる。
「ええ、お願いしても。ノエミ」
「では。そちらのルイーゼ様は、領都オクトゴーンで糸や生地を扱うラント商会のご令嬢でいらっしゃいます」
その一言で、俺の中でいろいろなものが腑に落ちる。
「あ、もしかしてハンスさんが前に言ってた?」
「はい、以前お助けしたご婦人が、このお方のご祖母様でございます。そのご縁で、今回の商談にいたったものと思われます」
前回、ハンスさんたちがこの村に戻る途中、賊に襲われた馬車を助けたという話をしていた。
その乗客の一人がラント商会の会頭を務めるイェルク氏の母親であり、窮地を救った恩人として邸宅に招待されいろいろとお世話になったということも。
つまり機織り機を発注したのは、やはりハンスさんで正解だったようだ。
おそらく王都へ向かう途中に、ラント商会に寄って話をまとめてくれたのだろう。
そしてお嬢様が直々に、ここまで運んできてくださったと。
「あら、わたくしとしたら、てっきりご存知なものかと。重ね重ね、失礼いたしました」
「こちらこそすぐに察せず、申し訳ありません。改めてよろしくお願いいたします」
「こちらを預かっております。どうぞ」
パウラとルイーゼが再び笑みを浮かべ合う中、後ろに控えるメイドの女性が俺に手紙を差し出してきた。
差出人の名前はハンスさんだ。
すぐに開封すると、黒髪の女性はなぜか驚いたように目を見張った。
気にせず読み進めると、だいたい先ほどの会話を肯定するような内容であった。
頼んだ機織り機は二台で、代金はすでに支払い済みとのこと。
それとルイーゼお嬢様のご要望に関しては、両親も納得済みとのことだ。
「ご要望?」
「はい、実はわたくし、その……、田舎の素朴な暮らしというものに前々から憧れておりまして」
「大工のかたもこちらで手配は済んでおりますので、ご迷惑をおかけすることはございません。必要な物に関しても、お代を弾ませていただきますのでご安心ください」
「へっ?」
メイドの女性の畳み掛ける話しぶりに、俺は慌てて手紙の続きに目を向ける。
そこにはラント商会から、この村に商館を造りたいという申し出があったと書かれていた。
さらにルイーゼお嬢様直々に、その商館の経営に携わっていきたいと。
機織り機を格安で仕入れられたのは、その条件があってこそだとも。
あと手紙の二枚目に抜き差しならない事態も書かれていたが、これも後で会議を招集しないとな。
「……うむむ、流れは一緒なのか」
なるほど、村長が俺に丸投げするはずだ。
外からチラリと見る程度では悟られないようしているが、中で暮らしてしまうとすぐにこの村の異常性はバレてしまうだろう。
こんな重要な案件は一存で決めるわけにもいかないし、かといって家名持ちの相手に返事を引き伸ばすわけにもいかないしな。
今後の付き合いを考えると、俺が早急に決断を下すべき件で間違いない。
ただ、ここにいたった動機が分からない。
答えを探して背後に視線を向けると、ノエミさんがやや険しい顔つきになっていた。
「もしかして……?」
「おそらく、ハンスさん絡みではないでしょうか?」
パウラも同様に察したのか、俺に答え合わせをしてくる。
可能性としては十分にありえるが、お嬢様まで虜にするとはハンスさん凄すぎるな……。
「あの、それで……、許可はいただけるのでしょうか?」
こそこそと囁き合う俺たちに、じれったそうにルイーゼが尋ねてくる。
対してパウラはいつものゆったりとした笑みを浮かべて、答える代わりに俺に話しかけてきた。
「どうされますか? あなた様」
「えっ?」
「えっ?」
「そうだな。歓迎いたしますよ、ルイーゼお嬢様。この村へようこそ」
「えええっ!」
どうやらお嬢様とそのメイドは、俺が村の代表者であると今の今まで気づいていなかったようだ。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
遅くなって申し訳ありません。
年の瀬もあり時間があまり取れない状況となってまいりました。
次話以降は一日置きの更新とさせていただきます。本当にすみません。
誤字修正や感想もいつもありがとうございます。
こちらも近いうちに返信、修正させていただきますね。




