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小休止、そして前進



 終わってみると、危うい場面も少なく安定した戦いぶりであった。

 もっともそれは、ヨルとクウら魔物っ子たちの力を、最大限に引き出したパウラという立役者がいたおかげだ。


 やはりゲームの知識だけでは、現実の戦闘では通用しにくい。

 そう痛感したボス戦でもあった。


 落ち込んだ気持ちを隠して手を差し出すと、パウラは静かに唇の端を持ち上げて握り返してきた。

 いつもとは少し違うような笑みに違和感を覚えながら、俺は感謝の言葉を口にした。 


「うん、素晴らしく的確な指示だったな。おかげで勝てたよ。ありがとう」

「……いえ、お役に立てたようで幸いです」

「これからも、今みたいにどんどん指示してくれると助かるんだが、お願いしてもいいか?」

「わたくしで……、よろしいのですか?」

「ああ、俺じゃ力不足だからな。いや、丸投げする気はないから安心してくれ。無理なようなら、アドバイスだけでもいいんだが」

「あどばいすでございますか。ふふ、よく分かりませんが承りました」


 握っていた手にパウラが柔らかく力を込めてくれたので、俺はホッと胸を撫で下ろした。

 とりあえず今は、ひたすら経験を積んでいくしかないな。

 いい雰囲気となりかけたところで、ミアがのん気な声で割り込んでくる。


「ふう、センセ疲れたよー。このお水のんでいい? あっ、冷たくておいしー」


 泉の水を勝手にすくって飲み始めた少女に、俺は呆れた顔で答える。


「おい、答える前に飲むなよ。毒の場合もあるんだぞ」

「えっ、毒! もう、先に言っといてよー! 死んじゃうじゃん」

「まあ、青スライムが集まってる時点で大丈夫とは思うがな」


 水の魔素を好む青スライムには、水そのものを綺麗に保つ習性もある。

 と説明しかけた俺だが、自分の発した単語に疑問の答えをひらめいた。


「……そうか、毒か!」


 先ほどのボススライム戦。

 決着をつけたのは、タイミング的にヨルの尻尾の一撃で間違いない。

 しかしそれにしては、あまりにも威力を感じ取れない攻撃でもあった。

 てっきり、外れ特技かと思ったぐらいだ。


 だがあの直後、ボススライムは何もできずあっさりと倒れてしまった。

 おそらくだが、あの一瞬で強烈な毒物なりを体内に注入したのだろう。

 でないと、急に紫色に染まって死んだことに説明がつかないしな。


 急いでボススライムの死体に駆け寄ると、またも二匹がしゃがみこんでツンツンと楽しげに突いている。

 死因が毒だとしたら、うかつに触れるのは危険な行為だ。


「おい、危ないぞ!」


 急いで二匹を背後から抱きかかえて、魔物の死体から引き剥がす。

 しかし視線を向けると、すでにボススライムからは紫の色は消え失せており、馴染みの青へと戻ってしまっていた。


「毒が消えたのか……。いや、それだと……」


 そんな簡単に分解されるような毒が、水を清浄に保つ青スライムに効くだろうか。

 しかも相手は、特別な耐性持ちのボスモンスターだ。


「ちょっと尻尾を見せてくれるか? ヨル」


 気になった俺はクウだけ床に下ろし、獣っ子のお尻のあたりに手を伸ばす。

 実はヨルが特技を繰り出した時、俺の目には一瞬だけだが尻尾の先端が二叉に分かれていたように映ったのだ。

 そう、あれはまるで……。


 ところが、ふわふわの毛に覆われた尻に触ろうとしたとたん、ヨルは身をよじって抵抗しだした。

 そして俺の手を振り切って床に下りると、お尻を両手で押さえて屈み込んでしまう。


「なんぎー!」

「くーくー!」

「なにしたの、センセー? ヨルっち、めっちゃ嫌がってるよ」

「あなた様、それはさすがに無体かと」

「そ、そうなのか?」


 慌ててヨルに視線を戻すと、大きな三角の獣耳がピッタリと伏せられていた。

 確かにこれは、物凄く嫌がっている仕草だな。


 無理強いはよくないし、俺は仕方なく諦めることにした。

 まあ、また特技を繰り出す際に、じっくり見れるだろう。


「分かった。分かった。悪かった。もうしないよ」


 素直に謝ると、二匹は元気よく飛び上がる。

 そしてボススライムにふたたび近づくと、またもしゃがんで突き出した。


「あるじどのー!」

「くう!」

「うん? どうした」

 

 訴えかけるように見上げてくる二匹の口元には、よだれが糸を引いている。

 お腹を空かせたっぽいヨルたちの様子に、俺は再度ひらめいた。


「もしかして……、食べたいのか?」 

 

 息を合わせたように、大きくうなずくヨルとクウ。


 特技<たべる>。

 他の特技である<しっぽ>や<ぱたぱた>を見て、俺は字面だけで役に立ちそうにないと判断してしまった。

 しかし実際は、とても強力な技だった。

 だとすれば、<たべる>にも同じく発揮されていない何かが当然ある可能性は高い。


「よし、食べていいぞ」

「かたじけないー」

「くぅくぅくぅ!」


 ボススライムの体に飛びかかった二匹は、嬉しそうに体皮にかぶりつく。

 そして勢いよく中身を吸い出し始めた。

 

 たちまちスライムの体がぺちゃんこになり、引き換えにヨルとクウのお腹がぽっこりと突き出していく。

 そしてあっという間に、魔物の死体は皮だけとなってしまった。

 体積的にはありえないが、中身は全部二匹の胃袋に収まってしまったようだ。


 さっそくメニューコマンドで二匹のステータスを確認した俺は、思いがけない結果に声を漏らした。


「へ、…………胴?」


 一見するとステータスの数値は、ボス戦前と大きな変化はなかった。

 魔力がごっそりと減っているくらいだ。

 と、思ったら一番下の装備の真ん中、胴の隣の部分に(スライムの体)と表記されていたのだ。


「え、食べたら装備? え? どういうことだ?」


 予想外の変化にびっくりしたまま、俺はしゃがんで二匹のまんまるになったお腹に触れる。

 プニュニュッと、これまた予想外の柔らかな感触が伝わってきた。

 見た目は毛むくじゃらや羽まみれのままだが、明らかに弾力が増している。

 

「え、これ、スライムの体なのか?」

「かたはらいたしー」

「くっ、くっ、くー」


 くすぐったいのか、魔物っ子たちは変な笑い声を上げだす。

 どうやら体の調子はおかしくないようだ。

 改めてステータスの数値を見ると、物理防御力が10も上昇している。

 

「<たべる>でモンスターの体質を取り入れたってことか。ドラクロ2に、こんな仕様は絶対なかったぞ……。本当にお前たち何者なんだ?」


 困惑する俺の問いかけに答えず、ヨルとクウは満面の笑みを浮かべている。

 そしてお腹を撫でていた俺の腕に、ギュッと抱きついてきた。

 まるで無邪気な子どもそのものである。

 そしてふかふかで、なんとも心地良い。

  

「聞くだけ無駄か。ま、可愛くて賢くて強い。それで十分だな」


 二匹を抱き上げた俺は、パウラたちが休憩中の泉へと足を向けた。

 と、その前にアイテム一覧を開いて、残ったボススライムの皮だけ回収しておく。

 すると皮と一緒に、見慣れないアイテムが一覧に現れた。 


「お、青の魔石塊もか。これはありがたい」


 魔石が寄り集まってできた魔石塊は、大量の錬成品を一気に作ったり、上級以上の錬成品を作る時に必要となる。

 めったに手に入らず、かなり値が張る代物である。アイテム欄の星の数も二個だしな。

 この星というのは今さらだがアイテムの希少度レアリティを示す表記で、星の数が多いほど珍しい品だ。

 今回の収穫物で、今のところ青魔石塊(小)以外は全部星1なのでかなり嬉しい。


 ホクホクしながら獅子の顔の噴水孔まで戻った俺は、ヨルとクウを泉の縁にちょこんと座らせた。


「ほら、美味しいお水だぞ」

「かたじけないー」

「くー」

「うわっ、めっちゃ飲んでるねー。うんうん、おいしーもんね。ひっさびさだよ、こんなきれいなお水」

「それはよかった。あと美味いだけじゃないぞ」

「そなの?」

「ダンジョンの湧き水は、魔素を大量に含んでいるからな。実は飲むだけで、魔力を回復してくれる優れものだぞ」


 迷宮水という特別な名前までついていたりする。

 もっともそれを思い出したのは、ヨルたちのステータスを確認する際、使い切ったはずのミアの魔力がやや戻っていたのに気づいたおかげだったりもするが。


 俺は喋りながら錬成コマンドを開き、青魔石と黄魔石、さらにスライムの皮をセットした。

 複合錬成<接合>の効果で皮に空いた穴が一瞬でくっつき、スライム袋という名前に変わる。


 魔石を二つも使うが、めちゃくちゃ便利な錬成だな、これ。

 スライムの皮は前世でのゴムに非常に似ており、何かと使い勝手のいい素材である。

 ただ切り離して使うしかなく、加工しにくい素材でもあった。

 しかし<接合>があれば自在に造形できるので、用途の幅が一気に広がったと言える。


 さっそく錬成したスライム袋に、俺は次々と迷宮水を収納していく。

 この水で薬品を作ると、効能が上がったり効果が追加されたりと、たいへん美味しい素材なのだ。

 それと飲料水としても優秀だしな。


「あら、あなた様。あそこに何かございますね」

 

 熱心に水を回収していた俺に、パウラが柔らかな声音とともに泉の奥の壁を指差した。

 顔を上げると、水色の苔らしきものが噴水孔の上部を覆っているのが目に入る。


「あれは、もしや……」


 手を止めた俺は、半円形の泉の縁をぐるりと回って壁に近づく。

 慎重に触れると、一瞬で消えてアイテム欄に回収される。


「やっぱり迷宮苔か!」


 正式名称は迷宮水苔といい、体内の血液循環をよくする働きがあるため活力回復薬の材料となる植物だ。

 効能を<抽出>して迷宮水と<混合>するだけで、最下級だがお手軽に魔力と活力が回復する魔活回復薬の完成である。

 

 興奮しながら苔を回収しまくるが、一応三割ほどは残しておく。

 大丈夫とは思うが根こそぎ採ってしまうと、生えてこなくなる可能性もあるので用心だ。

 

 苔を集め終えた俺が戻ると、すっかりくつろいだミアは、下僕となったスライム二匹を突いて感触を楽しんでいた。

 パウラもフードを脱いだ涼し気な顔で、満腹になったヨルとクウに膝枕を貸している。

 張り詰めた緊張が解けて、いい感じに休息できているようだ。 


「ここけっこう暖かいねー。外、めっちゃ寒かったのに」

「地下迷宮は不思議な空間だからな。でも、凄い熱い階とか寒い階も多分あるぞ」

「なにそれ、行ってみたい!」

「いいのか?」

 

 部屋の奥にぽっかりと口を開く地下への階段へ目を向けながら、俺はミアに探索を続けるかの確認をした。

 ここまで成り行きでついてきてもらったが、下層へ進めば進むほど危険は増していく。

 ボススライムも見事に倒せたことだし、引き返すにはちょうどいい頃合いでもある。


 しかし少女は、目を輝かせて大きく頷いてみせた。


「もっちろん! どこまでもつきあうよー」

「そりゃ俺としては助かるが、無理してないか?」

「ううん、めっちゃ楽しいよ! まほーばんばん撃てるしね」


 そういえばそうか。

 新しい何かに出会ったり体験するってのは、物凄く刺激的で面白いことだったな。

 冒険をせずただただ無難に生きてきた俺には、つい忘れがちなことだった。


「センセこそ、ずっと後ろで世話焼いてるだけでいいの? 迷惑じゃない?」

「俺か? 俺は素材が集まるだけで嬉しいからな。十分に、……いや、それ以上に満足してるぞ」


 俺の視線に気づいたパウラも、静かに微笑んで会話に交ざってくる。


「わたくしも同じです。しかし<従属>への壁は、たいへん厚いものだと聞かされておりましたが、こんなにあっさりと会得するなどまことに驚きです。れべりんぐとやらは、楽しいものでございますね、あなた様」

「しゅつじんー」

「くー」


 やる気に溢れる二人と二匹の姿に、俺は緩みかけた頬を引き締めて頷いた。


「よし、二階も行ってみるか!」

「おー!」


 地底へ続く階段に足を踏み入れると、途中で馴染みのある感覚に襲われる。

 どうやらまた空間ごと移動したようだ。


 地下二階に下り立つと、真っ先に襲ってきたのはジメッとした空気だった。

 それと、どことなく鼻につく臭いも。


 通路は一転してゴツゴツした岩がむき出しになっており、天然の洞窟のように見える。

 天井からは氷柱のように石が垂れ下がり、白照石は見当たらない。

 代わりにぼんやりと辺りを照らしていたのは、白光草と呼ばれる光る植物だった。

 これも迷宮内にしか生息せず、うかつに摘むとあっさり枯れてしまうので注意である。

 

 たけのこみたいな石があちこちに伸びる歩きにくい地面に、よどんだ空気と光量のとぼしい光源。

 一転して、魔物の棲家っぽさを感じさせる階層である。


 俺はアイテム欄に仕舞っておいた白照石のランタンを取り出して掲げた。

 入る前に注いだ魔力のせいで、まだ明るい光を放っている。


 闇が遠ざかりホッと安堵したのも、つかの間。

 数メートル先の暗がりから、唐突に何か軋むような音が響いてきた。


 息を殺して数秒。

 のっそりと通路の奥から現れのは、一匹の犬だった。

 ただしその体には、肉がいっさい残っていない。

 剥き出しの白い骨のみが動いているのだ。


 骨格だけの犬は俺たちの姿に気づくと、顎骨を噛み合わせる耳障りな音を放ってみせた。

 そのあまりの不気味さに、ミアが俺の服の袖を掴みながら言い放つ。


「うわ、めっちゃ気持ち悪! 帰りたくなってきた」

「手のひら返すの早いな、おい!」



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[良い点] 犬の好きな骨の犬。 仲間同士で噛み合ったりしないのでしょうか
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