思わぬ来客 その一
うなぎの白焼きが河童たちに与えた衝撃は、思った以上であったようだ。
子ども河童たちの常軌を逸した喜びの表現に、おずおずと口にした大柄な河童たちだがそのまま固まってしまう。
そして数秒後、我を取り戻した大人河童たちは、いっせいにクパパと叫びながら俺の足元に群がってきた。
脂はたっぷり。
味付けはシンプル。
限界に近い空腹。
これで、おかしくならないほうが不思議である。
次々と俺の足にしがみついて相撲を取り出す河童たちのくちばしに、焼きたてのうなぎじゃなく蛇肉を放り込んでいく。
それが終われば、今度は起き上がった子ども河童たちだ。
この流れを数回繰り返して、ようやく一段落が付く。
途中、大水蛇の肉を何度か味見して気づいた点だが、小骨は思ったより気にならなかった。
そもそも本体が馬鹿でかいせいで、小骨というサイズじゃないしな。
他には串の重要性を痛感した。
薄く切り分けるときれいに焼けるのだが、次第に皮が反り返ってしまい焼きムラが出るのだ。
あとは塩だけでも十二分に美味い。
肉自体の旨味が強いので、今回はそれに助けられた感じである。
もっともタレがあってこそ蒲焼きであるという俺の信念に揺るぎはないが。
肉が行き渡ったところで、火吹鳥の卵を使った巨大な目玉焼きもしてみたが、こっちも大好評で取り合いとなる有様だった。
そんなこんなで一時間ほどすると、河童たちは全員お腹をぷっくら膨らませて仰向けになったまま動けなくなる。
ヨルとクウ、ティニヤも同様だ。
「いささかー」
「くー」
「食べすぎたにゃ」
「キヒヒヒ!」
「ゲヒゲヒ!」
その様子にゴブっちとヨーがいつもの高笑いを浴びせるが、こっちも似たような状態である。
「不気味な見た目とは裏腹に、たまらぬお味でしたね。……どうかされましたか、あなた様?」
「いや、パウラはいつもどおりで安心したよ」
美女がやはり美女たりえるのは、その体型の不変性にあるのかもしれない。
食事を終えて一息ついた俺たちは、河童たちと今度のことを話し合う。
どうやら口髭を生やした父河童は群れの代表だったらしく、そこに兄河童も加わって、身振り手振りで意思疎通をはかる。
二匹の話によると、あの大水蛇はこんな上流までは基本的に上ってこないらしい。
どうりで、あんな浅瀬でバシャバシャと暴れていたわけだ。
いきなり襲ってきた理由は不明らしいため、二匹目が来ないという保証もない。
なので、当面はこの平たい岩の辺りで様子見することとなった。
食べ物は乏しいが、そこはしばらくの間、俺たちが面倒を見るつもりである。
もう少し人手に余裕が出たら、ここに河童たちも住める居住域を作るのもありだな。
それとあの中洲のさらに下流には、河童たちの家があったそうだ。
そちらも近いうちに偵察に行きたいところである。
あとは河童たちに他層への居住を勧めてみたら、これも好感触であった。
初めて食べた温かい食事の美味さや、カッちゃんの大げさな手振りでの証言が決め手になったようだ。
結果、今日は手始めに河童の親子らしい四人を、五階へ連れて戻ることとなった。
「にゃあ、また明日にゃー」
「さらばー!」
「くー!」
ずらりと並んで手を振る河童たちに別れを告げ、俺たちは地上を目指す。
ずっと入り口で放置されていた石肌蛙のカーにゲコゲコと怒られたり、十一階の風呂で河童親子が感激しすぎてここに住むと言い出したり、いろいろとあったが無事に一日が終わる。
村についた頃には、日もすっかり暮れてしまっていた。
最近の村は窓辺に遮光性に秀でたコウモリ皮のカーテンを吊っているため、明かりと言えば真上の星々と目に入れたくはない不気味な月だけである。
行き渡った白照石のせいで以前は夜中でも煌々と光が漏れていたのだが、警備隊長であるノエミさんの案でカーテンを付けるようにしたのだ。
おかげで、どこにでもある寂れた寒村に戻ってしまったようだ。
少しだけ感傷に浸りながら村の広場に入ると、先行していたティニヤが慌てた顔で戻ってくる。
「なんか知らない馬車が止まっているにゃ! あやしいにゃ!」
急いで酒場に向かうと、猫耳の少女の言葉通りかなりの大きさの馬車が横付けされていた。
しかも二台もだ。
そっと窓から覗き込むと、奥のテーブルに見知らぬ数人か腰掛けているのが見える。
目ざといウーテさんが、俺たちに気づいて手招きしてきた。
早く入れという合図なので、危険な連中ではないようだ。
扉を押し開けると、待ち構えていたようにメイド姿の女性が話しかけてくる。
「失礼ですが、この村の代表の方でしょうか?」
「ええ、多分……」
ちらっと見ると、違うテーブルで村長がのん気に奥さんと夕食中であった。
俺に丸投げを決め込んだらしい。
内心でため息を吐きながら肯定すると、メイドの女性は安堵したように頷いた後、酒場の奥へと手を向けた。
そして微笑みながら俺たちに告げる。
「お待ちしておりました。お嬢様がお待ちです。どうぞこちらへ」




