河童の川流され
髭河童と兄河童の相撲のおかげか、他の河童たちもすっかり落ち着いたようだ。
背の高い俺たちが近寄っても、そうそう怯える様子は見えない。
ただ火吹鳥にはまだ落ち着かないらしく、視界に入るたびにビクリと体をすくませているが。
「全員、大きな怪我もないようだし、あとは体力が戻れば大丈夫か」
現状、ヒットポイントは赤字状態に近いだろうしな。
となると、次は栄養の付く食事をとらせてやりたいところだ。
そのための格好の食材が、目の前に転がっているわけだが……。
中洲に引っかかって乗り上がった大水蛇の死骸だが、全長はおよそ五メートル。
胴回りは俺が両手を回して、少し余る程度だろうか。
全身は真っ黒な見た目で、背びれや尾びれに大きめの胸びれまでついている。
顔つきも蛇ではなく魚類に近い。
「にゃあ、恐ろしいにゃ。耳がブルブルするにゃ」
「蛇のようにも思えますが、魚のようにも見えますし、なんとも不気味な姿ですね」
「くせものー!」
「くー!」
どうやら皆には不評のようである。
初見でこの姿を見たら、まあ食べようとは思わないだろうな。
だが俺からすれば、よだれが止まらない見た目である。
それにどうせ一口食べたら、またクルクル回り出すのは間違いないだろうし。
「とりあえず、岸まで引っ張ってみるか」
直に手で触れないと回収できないため、まずはここまで運んでもらう必要がある。
まず髭河童、はちょっと言いにくいので父河童にしよう。
父河童と兄河童に手伝ってもらい、大水蛇のエラの部分に縄をぐるりと何度も回してもらう。
次にその縄の先をクウにパタパタと岸まで運んでもらい、強く引いたりねじったりしても外れないか確認する。
「うん、吸血蔦の蔓って、思ったよりも丈夫だな」
水にも耐性があるし、これは他にもいろいろと使えそうな素材である。
最後に岸の近くまで引っ張るわけだが、これは河童たちにスライム、火吹鳥まで加わっての大仕事となった。
「よーし、いくぞー!」
「がってん!」
「くー!」
「クパパ!」
総勢三十匹近い力を集結させた結果、うなぎ……じゃない大水蛇はあっさりと動き出す。
岸辺に蛇の頭が乗り上げたので、間近で見るがやっぱりうなぎである。
その正体を明らかにすべくアイテムを回収しようとしたその矢先、俺を止める声が上がった。
「クパ!」
「うん? どうした、兄河童?」
うなぎの頭の上にいきなりぴょんと飛び乗った大柄な河童は、くちばしを持ち上げるとまっすぐ南の方角を指差してみせた。
「クパパパ!」
「にゃあ、ちょっと待ってほしいって言ってるにゃ」
「クパ! クパパ!」
「ふにゃふにゃ。消しちゃう前に、あいつらにも見せて安心させてやりたいらしいにゃ」
「ああ、アイテム回収したら原型がなくなるからか」
俺が火吹鳥の死骸から肉や羽を回収したやり方を、ちゃんと見て理解していたらしい。
あんまり明言していなかったが、死んだ魔物の体から肉などの主要な部分をごっそり抜き取るのだ。
まともな形で残るほうが珍しいといった感じである。
「うーん、気持ちは分かるが、どうやって見せるんだ? ここまで皆を呼んでくるのか?」
「クパパパ。クパパ!」
「川の中なら、たぶん引っ張っていけるって言ってるにゃ」
確かに陸の上だと河童の腕力は子ども以下だが、水中では補正が利くはずだ。
それに浮力を利用すれば、簡単に運べそうでもある。
視線で確認すると、パウラもいつもどおり頷いてくれた。
会話の裏も取れたので、兄河童の案を採用することにする。
「ただ無理なようなら諦めてくれ。まだあまり無茶はさせたくない」
「クパー!」
縄を追加して背びれや胸びれにも引っ掛けて、水に入った河童の一団に手渡す。
幸福水の効果も出てきたのか、大声で笑う川の妖精どもに引っ張られ、巨大うなぎはやすやすと動き出した。
岸に沿って俺たちも、河童たちを見守りながら歩き出す。
そのまま何事もなく、三十分足らずで目的の平たい岩が見えてきた。
残してきた幼い河童たちだが、元気に遊んでいるようであった。
岩の上でクルクルと回ってぶつかり合ったり、川面にプカプカと浮かんでにぎやかに笑い声を上げたりと、なかなかにのん気な様子である。
無事なその姿に、うなぎを引っ張る河童たちから嬉しそうな笑い声が上がる。
感動の再会も間近と思われたが、その前に起こり得る事態を予想した俺とパウラは静かに息を吐いた。
川下から近づいてくる大きな気配に、岩の上に居た一匹が目ざとく気づいたようだ。
黄色い瞳を丸くしたかと思うと、両手を上げて高く跳び上がった。
周りの河童たちも、同様に気づいたらしく次々と声を放つ。
「クパッ!」
「クパ、クパ、クパ!」
「クパパ! クパパ!」
その姿にうなぎを引っ張る河童たちは、大きく背を反らし胸を張った。
あの凶悪な大水蛇をようやく倒し、凱旋気分に浸っていたのだろう。
だが結果は言うまでもない。
子ども河童からすれば、恐ろしい魔物が迫ってくるようにしか見えない状況だ。
一匹残らず、その場にパタンと仰向けやうつ伏せになって動きを止めてしまう。
さらに水面に浮かんでいた河童たちは、そのままこちらへ流されてくる始末であった。
「やっぱり、こうなったか」
「にゃあ、わかっていたにゃ」
「まあ、仕方ありませんね」
これもお約束というやつである。




