新たなクエスト
火吹鳥の卵を大事そうに頭の上に掲げた兄河童だが、さすがに歩きにくそうなのでアイテム一覧に回収しておく。
俺が断りを入れてから一瞬で卵をしまい込むと、河童はまんまるな目をさらに丸くした。
急いで俺に服の裾をめくったり、上からペタペタと叩いて確認し始める。
「クパ!? クパパ……。クパクパ!」
どこにも卵が見当たらず途方に暮れた顔になったので、もう一度取り出すとつぶらな瞳をキラキラさせて兄河童は跳び上がった。
なんとも新鮮な反応である。
最近はみんな平気でスルーしてくるからな。
「クパパパパ!」
大喜びな顔で、俺の周りをクルクル回りだす兄河童。
負けじとヨルとクウも、その場で勢いよく回りだす。
カッちゃんは、まだ死んだふりを続けていた。
しばらくするとちびっこたちも落ち着いたので、俺たちは来た道をたどって森の外を目指した。
兄河童の目的地は、どうやらもっと北のほうらしい。
ただ足元が定まらない森の中は、凡人の俺には厳しい場所だ。
そこで帰り道は、仲間に入りたての火吹鳥のフキちゃんにさっそく乗せてもらうことにした。
あいにく鞍は持ってきていなかったが、すでに突撃鳥で経験済みである。
落ちない程度ならなんとかなる。
カッちゃんがまだ動かないので、一緒に乗せてやるとなぜか体を起こして俺に背中を預けてくる。
もしかしてと思い覗き込むと、薄目を開けて高い位置からの景色をこっそり楽しんでいた。
死んだふりをしていると、鳥の背中に乗せてもらえると学んだのか……。
生い茂る木々の間を抜けた俺たちは、側面の山と平行に北を目指した。
ただ森から何か飛び出してくる恐れもあるので、ある程度の距離を取って草むらを進んでいく。
「いろいろとありそうな森だったな。今度はもうちょっと大勢で押しかけたいところだ」
「にゃー。あちこち強そうな気配ばっかりだったにゃ。まだ死にたくないにゃ!」
「だから万全を期すために、人手を増やしてからというお話ですよ、ティニヤ」
「そうにゃのか。なら安心にゃ」
「それに頼りになる案内人も、ついてきてくれそうだしな」
姿を消して存在が悟られない河童は、危険な森歩きには格好のお供だろう。
現に何度も歩き回ったのか、兄河童の案内は迷いがなく正確で頼りになるものだった。
「クシシシ!」
「ギヒギヒ」
「にゃ! キノコとかあったのにゃ? それはぜひもう一回行きたいにゃ」
ヨーやゴブっちも、目ざとく何か見つけていたらしい。
こっちも頼もしい仲間である。
和気あいあいと話しながら、俺たちは広々とした地下の空間を進んでいく。
雄大とまではいかないが、そこそこ高い山々が視界の左右に盛り上がり、豊かな木々の群れがそれらを覆い尽くしている。
左手に見える川は緩やかに、時に激しく曲がりくねりながら奥へと流れる。
たまに迫り出した山や、森から流れてきた霧に隠されてしまい、その終わりはここからでは見ることが叶わない。
それはまるで水墨画のような景色だった。
雨が上がったばかりの独特のムワッとした空気が、山から吹き下ろす風に次第に散らされていく。
そよぐ風に背の高い草が揺られ、波打ちながらどこまでも広がる。
安定したリズムで揺れる火吹鳥の背中は、沈み込みそうなほどに羽毛が柔らかい。
悪くない心地に身を委ねていると、前を行くティニヤたちが急にピタリと足を止めた。
先導していた兄河童が、こっちへ振り向いて何やら伝えてきたようだ。
もっとも草の丈が高いので、声だけしか聞こえてこないが。
「にゃあ、ここからは目立つと危ないそうにゃ」
「目的地は、あとどれくらいだ?」
「すぐそことのことですよ、あなた様」
「じゃあここからは歩くか」
草むらから上半身が飛び出してしまうため、火吹鳥のフキちゃんはいったんこの場所で待機してもらう。
カッちゃんは羽毛をこっそり掴んで下りたがらないので、一緒に残してやることにした。
草むらに身をかがめながら、俺たちは慎重に歩を進める。
五分ほど過ぎた頃合いだろうか。
前に居た兄河童が、小さく鳴き声を放った。
やっと到着したらしい。
草に身を潜めたまま、俺たちは頭を上げて目的の場所を確認する。
そこは蛇行した川が、ちょうど西から東へと流れる場所であった。
川の中央には大きな中州があり、そこにも多少の草が生い茂っていた。
それともう一つ。
俺の視界に飛び込んできたのは、見慣れた河童の甲羅たちだった。
ずらりと横たわって並んでいる。
大量の河童たちの登場に、思わず目を見開く俺。
だが、驚く点はそこだけではなかった。
中洲の周辺の川面。
そこでのたうち回っていたのは、巨大な黒く長い影であった。




