卵獲得クエスト その二
開幕を告げたのは、ギリギリと引き絞ったゴブリンの弓であった。
エタンさん仕込みの気配の消し方で、完全に火吹鳥の不意をつけたようだ。
ビィンと空気を弾く音とともに枝上から放たれた矢は、見事に大きな鳥の太ももに突き刺さる。
柔らかな羽毛を突き抜けた痛みに甲高い鳴き声が響き渡り、次いで怒りに満ちた叫びが上がった。
脚部から矢を生やしたまま、火吹鳥はゴブっちが潜む木へ詰め寄る。
残りの二羽も反応して、すぐさまその後に続いた。
「ケヒヒヒヒ!」
あざ笑うかのような声を上げて、木から飛び下りるゴブリン。
その背中めがけて、鳥のくちばしから猛火が吐き出される。
だが次の瞬間、木の根元から飛び出したのは赤い二つの球体であった。
燃え盛る息吹は、赤スライムにあっさりと遮られる。
同時に横から伸びてきた鞭が、後続の一羽の首に巻き付く。
さらにもう一羽は、頭上から回転しながら舞い降りた影に頭部を襲われた。
「くー!」
「しょうちー!」
弟の呼びかけに、同じくきりもみ状に回転したヨルが素早い蹴りを放つ。
腹部を派手に揺らされた火吹鳥は、大きく仰け反った。
その隣では鞭で魔物の気を引きつけたパウラが、いつもの動きをしかけて素早く飛び退る。
一息遅れて、その場所を赤い炎が走った。
「にゃあ、助太刀するにゃ!」
猫耳の少女が身を低くした獣モードで、地面をジグザグに駆け抜ける。
新たに現れた獲物の素早い動きに翻弄され、パウラに追撃をしかけていた鳥の首が左右へ動く。
その隙を見逃さず、黒い尻尾がくるりと輪を描きながら魔力を放った。
<魅惑>され足を止めてしまった火吹鳥へ、流れるようにパウラの特技<従属>が決まる。
「よし、一体目!」
仲間が減ったことに気づかぬまま、足を矢で射抜かれた鳥は赤いスライムへ突撃する。
しかし次に現れたのは、青い二つの球体であった。
躊躇なく、尖ったくちばしを振り下ろす火吹鳥。
だがその鋭い先端は、凍りついた表皮を貫けず弾き返されてしまう。
そのまま激しくぶつかってきた青スライムに、大きな鳥は苦痛の鳴き声を漏らした。
怒りにくちばしを開き火を吐こうとする火吹鳥へ、今度は頭上から小さな人影が舞い下りる。
眩しい光に動きを止めた魔物の足へ、またも矢が突き刺さった。
「にゃあ、うちもやっつけるにゃ!」
背後からナイフで一撃を加え、するりと離脱するティニヤ。
振り向こうとした火吹鳥だが、その体が斜めに傾く。
ようやく矢に塗られていた麻痺薬が効いてきたらしい。
あとはゴブっちが痺れ矢を追加しながら、青スライムとティニヤが傷を負わせていくだけだ。
火を吐かれても赤スライムが盾になってくれるか、その前にヨーが邪魔するので安心である。
安堵の息を吐いた俺は、その向こうで戦う二匹に目を向けた。
ちょうど吐き出された火に、ヨルの全身が包まれているところであった。
「なっ!」
思わず口を大きく開ける俺の耳に、のん気な声が響いてくる。
「こんがりー!」
体中に灼熱の炎を巻きつけたまま、獣っ子は平然と火吹鳥との距離を詰める。
たいていの衝撃を吸収するはずの羽毛を、ヨルの爪はあっさりと打ち抜いた。
血を流し暴れる火吹鳥の顔面を、容赦なくクウがかきむしる。
さらなる羽毛と鮮血が飛び散り、魔物の体はまたたく間に解体されていく。
それは余裕だろうという予想を遥かに超えた、一方的すぎる蹂躙であった。
「めちゃくちゃ強くなってるな……。しかしどんだけ耐性があるんだ、あの二匹」
「ふふ、あの子たちは特別ですからね」
火吹鳥を従えて戻ってきたパウラが、俺のつぶやきに微笑みながら答えてくれた。
「お疲れ様。お、あっちも終わったか」
背中に飛び乗ったティニヤに首の付根を深々と刺された火吹鳥が、断末魔の鳴き声を放ちながら地面へ横たわる。
やはり数の暴力は強いな。
「にゃあ、みんなの勝利にゃ!」
「キヒヒヒ!」
「グヒヒヒ!」
喜びの声を上げるゴブっちらを眺めながら、俺は傍らにいるはずの河童たちへ話しかけた。
「これで安心できたか? って!」
隣へ目を向けた俺は、思わず驚きの声を漏らす。
そこにあったのは地面に仰向けになり目を閉じるカッちゃんと、それを懸命に揺さぶる兄河童の姿だった。
どうやらパウラが連れてきた火吹鳥のせいで、おなじみの死んだふりが発動したらしい。
しばらくは起きてきそうにないので、その間に色々と集めておく。
火吹鳥の体からは、赤魔石とたっぷりの肉と羽毛が回収できた。
いい出汁が取れそうな骨は、残念ながらアイテムとして認識されないらしく地面に転がったままだ。
内臓その他をスライムたちに食べてもらって、残った大きな骨だけゴブっちが背中の籠に収めていた。
炎を真正面から浴びたはずのヨルだが、ケロリとしてクウと一緒に落ち葉に埋もれた卵を掘り返している。
半熟目玉焼きが、このところの二匹の大のお気に入りなのだ。
「なまやけー!」
「くぅくぅ!」
上機嫌な顔で卵を担いできたので、四個を回収し五個目は仕舞わず兄河童へ持っていく。
カッちゃんはまだ横たわったままだった。
「ほら、ご依頼の卵だ。あと四個あるが、もっと要るなら手伝うぞ」
差し出された卵と俺の顔を交互に見つめた後、兄河童は居住まいを正して器用に正座の姿勢をとる。
そして深々と頭を下げて、弱点の頭の皿を俺に向けてみせた。
その様子から、これで終わりかと思われたその時。
兄河童は頭を下げたまま、なぜか木々の向こうを指差してみせた。
どうやら、クエストはまだ終わっていないらしい。
更新がずれてすいませぬ。
だいたい昼の十二時か夜の十二時あたりにします。




