卵獲得クエスト その一
昼食を食べつつ、河童たちを観察してて分かったことが数点。
まず性格だが、臆病な割に素直でなかなかに友好的なようだ。
干し肉を配って回ったゴブっちもすっかり気に入られたらしく、その肩によじ登ったり膝の上に交代で座ったりとやりたい放題である。
それと好奇心も旺盛なようで、背中の籠を突いたり中を熱心に覗き込んだりとそっちも大忙しだ。
「クパークパー」
「クパパー」
「ゲヒヒヒヒヒ、ゲヒゲヒ……」
まさしく親戚の子どもたちに懐かれたオジさん状態である。
妖精のヨーも同様だが、こっちはお姉さんらしく小柄な河童たちを器用に手なづけていた。
今は先ほどの甲羅でくるくる回る遊びをやらせて、互いに競わせているようだ。
ヨルとクウも一緒になって遊んでおり、ここまで元気そうにはしゃぐ声が聞こえてくる。
「クパパ!」
「クパッパ!」
「のこったー!」
「くー!」
「クシシシシ!」
たまに勢い余って川に落ちたりもしていたが、そんな時はヨーが負けた子に翅の粉をふりかけて元気づけたりと対応も完璧である。
性格の違いはあれど、妖精同士で通じるものはあるようだ。
ただ違いと言えば、ゴブリンたちは大規模な集落を造っていたが、この川周辺にそれらしい場所は見当たらない。
もしかしたら水中に棲み家があるかもしれないが、そう高い技術を持っているようにも思えない。
水かきがついた手は、あまり細かい作業には向いていないだろうし。
もっとも、そう簡単に言い切れない点もある。
実は河童の背中の甲羅だが、亀とかの生き物由来かと思っていたら別物だった。
これは昨日、カッちゃんのを触らせてもらって気づいたのだが、感触は木に近い感じであった。
なので加工そのものができないと決めつけるのは、少々気が早いようだ。
次にレベルは24から25と高めではあるが、身体能力はさほど高くはない。
足の速さは石肌蛙とどっこいであるし、腕相撲なら俺でも勝てそうなほどだ。
ただしこの点も、水中以外ではと注釈がつくが。
泳ぎに関しては、文句なしの素晴らしさである。
それと体が濡れていると、物理攻撃力や素早さの数値などにも補正がかかるようだ。
あとカッちゃんの魔力や魔法攻撃力などは、一部はパウラを凌駕するほどに高水準だった。
反面、体力の数値は低く物理防御力も今一つのため、探索などでの活躍は難しいだろう。
最後に河童たちの食糧事情だが、これはあまりよくないと思える。
そもそも地下迷宮が産み落とす魔物たちには、食事をする必要はない。
ただし供給される魔素自体は潤沢ではなく、絶えず不足する程度に調整されているようだ。
その足りない分を補うため、他の生物を捕食して魔素を取り入れさせるためである。
だからこそゴブリンたちは角うさぎを狩りに行き、突撃鳥の群れに襲われるのだ。
逆に魔素が満ち足りてしまえば、侵入者など気にもかけなくなるだろうしな。
のんびりとした気性の河童たちに関しては、最初は川魚などで十分に満足しているのかと考えていた。
しかし干し肉への食いつきぶりや、わざわざ森に火吹鳥の卵を盗りに行く様子からしてどうにも違うようだ。
それとこの川、魚影とか全く見えないしな。
なんでわざわざこんな不便な場所で暮らしているのか不明だが、叶うことならもう少し腹がふくれる生活を送らせてやりたい。
そして出来れば、開拓のよき協力者になってほしい。
「なあ、よかったら一緒に来ないか? 五階ならそこそこ大きな池もあるし、六階にはでっかい湖とかあるぞ」
俺のいきなりの誘いに、兄河童は少し考え込む素振りを見せた。
妹のカッちゃんも、隣で熱心にクパクパと説得している。
川の下流に一瞬だけ視線を向けた大柄な河童は、すっくと立ち上がると振り返って背後の森を指差してみせた。
「クパッ!」
「うん? あそこに何かあるのか」
「にゃあ、ついてきて欲しいって言ってるにゃ」
ティニヤにはなぜか分かるようだ。
パウラへ目を向けると、微笑みながら頷かれた。
どうやら正しいらしい。
「うーん、なんか事情がありそうだな。よし、行ってみるか」
「しょうちー!」
「くー!」
くるくると横回転しつつ、獣っ子たちも元気に返事をする。
こっちはどうやら独楽遊びが、たいへん気に入ったらしい。
太ももまである草を掻き分けながら、俺たちは黒い木々の群れを目指す。
同伴者は兄河童とカッちゃんだけで、後の河童たちは仲良く手を振って見送ってくれた。
十五分程度で到着した森は薄暗く、いかにも何か出そうである。
レベル的にも上の魔物が当然居るはずなので、しばらくぶりに薬品をちびっこたちに飲ませておく。
ヨルとクウには攻撃強化薬。
ゴブっちにヨー、スライムたちとティニヤ、パウラには防御強化薬を与えておく。
河童の二匹にも手渡すと、不思議そうな顔をした後、俺たちの真似をして一息に飲み干していた。
準備が整ったので兄河童を見ると、こちらへ頷いてから天を仰いで小さな雲を呼び出す。
パラパラと小雨を浴びた河童たちの姿が、たちどころに視界から消え失せた。
「にゃっ、見えなくなったにゃ!」
「これが<雨隠れ>か。便利なものだな」
小さく鳴き声を上げた兄河童は、森の中へそろそろと入っていく。
むろん見えていないし、足音がしなかったが合っているだろう。
雨がそこそこ多いせいか、森の中はどことなく湿った感じであった。
苔も多く、木々の枝の大半は薄緑に覆われている。
地面は下草に濡れた落ち葉が重なっており、相当に歩きにくそうだ。
なるほど、この環境なら多少火を吹いても火事にはなりにくいな。
こっちの先頭はティニヤで、補佐に妖精のヨー。
俺とパウラ、ゴブっちは後方で、スライム四匹が周囲を守ってくれている。
ヨルとクーは、濡れ落ち葉の上をくるくると回っていた。
姿を隠した兄河童が小さく鳴いて行き先を示すので、それに従いながら奥へ進んでいく。
目的地は五分とかからない場所であった。
木の根元がうず高く盛り上がっており、よく見ると数個の卵が落ち葉や草にまみれている。
その周囲には三羽の火吹鳥がノシノシと歩き回っていた。
「にゃあ、いっぱいいるにゃあ」
「卵は一箇所にまとめて生むんだな。やっぱりあれが目当てか?」
姿は見えないが、兄河童は小さく鳴いて肯定してくれた。
ただわざわざ俺たちをここにつれてきた理由が、卵泥棒の手伝いや用心棒というわけではなさそうだ。
普通に卵を盗ってくるだけなら、<雨隠れ>が使える河童数匹だけのほうが成功率は高いだろうし、護衛ならこんな近くまで来る必要も薄い。
となると、それ以外の方法を試されていると考えるべきだな。
「身を預けるにも、相手の実力がわからないと不安ってとこか」
「意外と考えてるにゃあ。河童見直したにゃ」
「ええ、侮ってはいけませんよ。魔物というものは、まことにしたたかで愛しいものですよ」
「きょうえつー!」
「くー!」
またも地面でくるくると回りだした二匹は置いといて、火吹鳥の討伐作戦を考える。
くちばしを使った<突っつく>は、文字通り刺突属性になるのでスライムには少々危険だな。
だが逆に<炎の吐息>が平気そうなのは、この中では赤スライムだけである。
「それでは、一羽はわたくしにお任せください」
「もう一羽は、ヨルとクウに任せるか」
二匹の素早さと頑丈さなら、ある程度は回避してくれるだろう。
それに先ほどから濡れ落ち葉の上を転がり回っているせいで、いい感じに濡れそぼっているしな。
「最後の一匹は、妖精とスライムの総力戦で当たるか」
「キシシシ!」
「グヒヒヒ!」
「にゃあ、うちも頑張るにゃあ!」
かくして森の奥で、卵を巡る戦いの火蓋が切られた。




