はじめてのボス戦
開幕は、一番素早いクウからだった。
大部屋に飛び込んだ鳥っ子は、噴水前の青スライムの一匹に鋭い蹴りを放つ。
一息遅れてパウラの尻尾が弧を描き、もう一匹を即座に<魅惑>で足止めした。
その横を獣のように両手両足で地面を蹴って、ヨルが信じがたい速さで駆け抜ける。
獣っ子は勢いのまま、動き出そうとした大きなスライムに頭から突っ込んだ。
そしてボヨンッと跳ね返されて、コロコロと床を転がる。
「すってんころりー」
「えー! ちょっ、はやいって!」
パウラたちの動きについていけないミアが、焦った声を上げる。
一人だけ素早さの数値が皆の半分以下なのを、そのままにしたのが不味かったか。
だがこちらの速度に反応できていないのは、青スライムも同じだったようだ。
一匹を蹴り飛ばしたクウは、そのまま宙に舞い上がり、斜め後ろのスライムへと襲いかかる。
さらに最後の一匹には、パウラが鞭を叩きつけて威嚇する。
噴水前は先手を取って、完全に押さえられたようだ。
そして転がったヨルも、ポンと立ち上がるとまたもボススライムに駆け寄る。
ただし先ほどの体当たりで学んだようだ。
今度はちゃんと曲線を描いて、その背後に回り込もうとする。
しかし、そもそもスライムには正面などない。
死角から一撃を加えようと飛びかかったヨルを、ボススライムは容赦なく迎撃する。
避けようもなく、またも跳ね飛ばされる獣っ子。
が、なすすべもなく壁に激突するかと思われたその時、不意に生じた大きな泡がその間に挟まった。
ポフンッと弾ける音とともに、ヨルは無傷で軽やかに地面に降り立つ。
ミアのファインプレーだ。
試し撃ちを二回しただけなのに、見事に使いこなしているな。
「やったぁー!」
「よし、上手いぞ!」
二度の攻防で学んだのか、ヨルは距離を詰めながらも攻撃には移らない。
ひたすら挑発するように近寄っては、ボススライムが動こうとした瞬間、飛び退ってみせる。
「今だ。狙え!」
「えっ? あっ、そっか!」
パチンッと指を弾いて生み出した<火弾>を、ミアがボススライムの巨体に叩き込んだ。
火がついた松明を水に投げ込んだような音がしたが、魔物の動きに変化は見えない。
というか、全然効いてないな。
「うーん、魔法攻撃力をあれだけ上げても厳しいか。仕方ない。火と水じゃ相性が悪いしな」
「どっ、どうしよ!?」
「そうだな。しばらくは<水泡>だけで耐えてくれ」
「わかったー!」
元気のいい少女の返事に少し肩の力を抜きながら、俺は噴水前に視線を移した。
やはりステータスの数値で上回っているせいか、パウラたちは善戦しているようだ。
ただし、数は向こうが勝っている。
うかつな攻撃を仕掛けることができないクウは、三匹を引きつけながら飛び回るしかない。
もっとも、そうなるのは想定内だった。
そして状況をひっくり返す奥の手も、ちゃんと準備済みである。
満を持してパウラが、<魅惑>したスライムへとさらなる魔力を放つ。
――<従属>。
尻尾がくるりと円を描いたかと思うと、漆黒の渦のような魔力が魔物を包み込む。
次の瞬間、新たな下僕がそこに誕生していた。
使役魔とされた青スライムは、地面を叩く鞭の響きに従って同族へと立ち向かう。
形勢が逆転したその時、パウラが鋭く叫んだ。
「今です、クウ! <ぱたぱた>!」
「くぅぅうう!」
その言葉で一気に上昇したクウは、青スライムたちの真上で両の手を左右に伸ばす。
そしてピンと張った羽を、高速で前後に振って羽ばたかせた。
たちまち突風が舞い起こり、青スライムへ吹き寄せる。
同時に両手の翼から解き放たれた羽が、その風に乗って降り注ぐ。
十数本の羽は、まるでダーツの矢のように青スライムへ次々と突き刺さった。
またたく間に二匹の青スライムは、体中から液体を吹き出しつつぺしゃんこになる。
そしてすかさず残ったもう一匹に、パウラが<魅惑>を仕掛けた。
続いて、流れるように<従属>を放つ。
混乱したまま抗うこともできず、二匹目の青スライムも配下へ加わった。
二匹が倒され、二匹が下僕と化したことで、噴水前の戦闘はあっさり終わった。
「よし! 取り巻きは制圧できたな。ボスはどうなった?」
慌てて鉄格子前に視線を戻した俺だが、そこはふわふわと大きな泡が飛び交うメルヘンチックな場所となっていた。
巨体を伸び縮みさせたボススライムが、床を走り回るヨルへと迫る。
しかし泡を巧みに間に挟んで、小柄な体はスライムの体当たりを鮮やかに躱してみせる。
まれに伸しかかられた泡がパチンと弾け飛ぶが、衝撃は吸い込まれヨルには伝わらない。
「うんうん、いいよー! ヨルっち、その調子! イケてる、イケてる!」
「いたみいるー」
ずいぶんと余裕そうである。
さらにそこへ、天井ギリギリの位置から滑空してきたクウが参戦する。
勢いよく両足を揃えた蹴りを、ボススライムの頭に叩き込む鳥っ子。
大きくめり込むが、姉と同様ボニュンと跳ね返されてしまった。
そして泡の上に落っこちるが、そのまま弾んで器用に体勢を立て直す。
「……クウでも無理か。これはガチで厳しいな」
この中では最大の攻撃力を有するクウの一撃が通用しなかったのだ。
数的には、下僕の青スライム二匹が加わったこちらが圧倒的に有利ではある。
しかし決定打がなければ勝ち目はない。ミアの魔力も、そろそろ限界だ。
撤退の文字が脳裏に浮かんだ俺だが、そこへパウラが凛とした声音で返してくる。
「いえ、あなた様。手傷は負わせております。今は攻めどきかと」
その言葉に落ち着いて目を向けると、クウがめり込んだボススライムの上部からは体液が小さく漏れ出していた。
ちゃんと、あの守りの固い表皮を貫いていたのか。
「ここはわたくしにお任せを。クウ、ヨルを!」
「くぅー!」
元気よく返事をしたクウは、床を駆け回るヨルへと舞い下りる。
そして獣っ子の両腋に爪先を引っ掛けると、そのまま天井へと羽ばたいた。
瞬時にボススライムの真上に移動する魔物っ子たち。
「クウが開けた穴を狙ってください、ヨル! <しっぽ>!」
「しょうちー!」
くるんくるんと空中で回転しながら、ヨルがボススライムへと落ちていく。
同時にその毛むくじゃらのお尻から、ぴょこんと長い尻尾が飛び出す。
ボススライムの上部に四つん這いで着地したヨルは、可愛くお尻を振って尻尾の先端を青い体液が漏れる穴にずぶりと差し込んだ。
そしてシュルッと尾を仕舞い込むと、即座にボススライムから飛び降りる。
「へっ、そんだけ!?」
「いや、なんだあれ……?」
みるみる間に内側が紫色に染まっていくボススライムに、俺は驚いて声を上げた。
同時に魔物の動きが、素人目でも分かるほど鈍っていく。
何が起こっているのか理解できぬまま、ボススライムの全身は紫で覆われてしまった。
そして固唾を呑んで見守る中、ブルブルと小刻みに震えた後、急に力を失って地面にだらしなく広がる。
一瞬の間を置いて、鉄格子が重々しく上がり、俺たちは大きな歓声を上げた。




