仲間を賭けた大一番
「これ……河童だな」
頭の皿に水かきのついた手。
子どもと変わらない体型で、背中にはご丁寧に甲羅まで背負っている。
うん、間違いなく河童だな。
ドラクロ2の舞台となるヴィルニア王国周辺は、中世から近世の欧州が下敷きとなっている。
が、龍の内海を挟んだ南のモーア龍崇国辺りは東南アジアらへんがモデルらしく、出てくるモンスターも和物がちょいちょい混じっていたりするのだ。
この龍玉の宮殿は隠しダンジョンなだけはあって、どうやらその辺りの魔物も無差別に放り込まれているらしい。
河童の分類は妖精で、大型種が多く使い勝手の悪い水棲モンスターの中では、群を抜く強さであった。
ただ大器晩成型と言うか、じっくり育てないと真価をなかなか発揮してくれなかったが。
「ふーん、初めて見るにゃ」
そう言いながらティニヤは、抱えていた河童を地面へヒョイと置いた。
先ほどの追いかけっこの影響で意識を失っているらしく、小さな魔物は抗うことなく素直に横たわる。
「うーん、どう見ても強くなりそうに見えないな……」
ヨルとクウも気になったのか、近寄ってきて心配げに覗き込んでいる。
と思ったら、いきなり横になって河童のぽっこりしたお腹に頭を預けてしまった。
「あんみんー!」
「くー!」
「いや、これ枕じゃないから」
確かにぬいぐるみっぽいから、寝心地はよさそうである。
ただ小雨になったとはいえ、まだ真上からは水が降り注いでくる状況だ。
地面にのん気に寝っ転がってる場合じゃないな。
<従属>したての火吹鳥を引き連れたノエミさんも戻ってきたし、一度連れて帰るか。
卵を含めた検証は、乾いた場所でやることにしよう。
「じゃあ、これはパウラの担当で――」
「にゃ、卵が増えたにゃ!」
指示を出そうとしたその時、ティニヤがまたも叫びを上げた。
慌てて視線を向けると、少女の言葉通り卵が増えている。
むろん、ティニヤが手にしていた卵の話ではない。
川方面へ逃げたはずの卵たちが、気がつくと草むらにずらりと並んでいたのだ。
本体は草に隠れて見えないが、複数の河童たちがそこに潜んでいるのは間違いない。
「もしかして、仲間が心配で戻ってきたのか」
「妖精種はそういうところがありますね」
言われてみれば、他の魔物なら平気というか、気づかずにそのまま立ち去っていそうである。
だからこそ友好的になり得るし、協力関係が結べるのだとも言える。
まだ本性は分からないが、雨天時を狙って森から火吹鳥の卵を盗み出す手際からして、河童たちも相当に頭はよさそうだ。
ここは穏便な付き合いが望ましいだろう。
「迎えに来たようだし返してやるか。ほら、卵もな」
「にゃあ、うちのゆで卵ぉぉお!」
「もう食べる気でいたの? 厚かましいわね」
俺たちのやりとりが聞こえたのか、一匹の河童が不意に草むらから歩み出てきた。
地面に転がっているのより、頭一つ大きい上に、なぜか腰に縄らしきものを巻いている。
リーダーらしきその河童は、俺たちを見据えながらゆっくりと近づいてくる。
そして抱えていた卵を地面に下ろし、黄色い瞳でもう一度俺たちを見回した。
「にゃんか用かにゃ?」
物怖じしないティニヤの呼び声に、ビクッと肩を震わせたリーダーの河童だが、重々しく頷いたかと思うと急に背中の甲羅を外した。
よく見たら肩紐がついているし、着脱式だったのか。
脱ぎ捨てた甲羅を地面に落とす河童。
格闘漫画ならドスンッと効果音がつきそうな場面だが、そんなに重くなかったようでほとんど音はしない。
何をするかと見つめていたら、大柄な河童はいきなり足を広げてがに股の姿勢となった。
そして片方の足を可愛く持ち上げて、地面に踏みつけてみせる。
さらにもう一度。
あまりにも奇妙な河童の動作に、俺たちは口々に感想を漏らした。
「にゃあ、へんなことしてるにゃ。なんか、楽しそうにゃ」
「威嚇行動かしら? ぜんぜん、怖くないけど……」
「どっすんー!」
「くー」
「これは何かの儀式でしょうか? あなた様」
「……もしかして、四股を踏んでいるのか?」
俺の言葉を聞いた河童は、驚いたように目を丸くした。
もっとも元から丸いので、そんなに大きな違いはないが。
どうやら俺の推測は正解だったようだ。
理解者が居たと知って得意げに鼻息を漏らしたリーダーの河童は、唐突に仲間の河童をまだ枕にしていたヨルを指差した。
そして手首を内側に折り曲げて、かかってこいの仕草をする。
「河童の相撲好きって設定、ちゃんと生かされてるんだな」
「すもうでございますか? あなた様」
「組み合って倒し合いをする遠い国の競技だよ。殴ったり蹴ったりするのは反則になる。あと土俵から出ても負けなんだが、そこらへんはないっぽいな」
指名されたヨルは、むっくりと起き上がると大柄な河童に恐れる素振りもなく近寄る。
流れ的に勝負は避けられそうにないので、俺が行司を務めることにした。
「じゃあ、はっけよい、のこったで開始な」
「くぱぱぱ!」
「がってんー!」
妖精だけあって、河童の返事も案の定笑い声であった。
ただし口がくちばしのせいか、ちょっと変わった響きである。
「よーし、見合って見合って。はっけよい……、のこった!」
「くぱ!」
「どすこい!」
がっぷり四つに組み合う河童と獣っ子。
そして次の瞬間、あっけなく河童は投げ飛ばされた。
物理攻撃力は俺たちの中じゃ、ヨルが一番高いからな……。
ごろごろと転がった大柄な河童は、草むらの前でようやく止まった。
そして呆然とした顔で、こちらを見つめてくる。
あっさりと敗北を喫した河童は、悲しげな笑い声を上げた。
「くぱぱぱぁ!」
その声に、寝っ転がっていた河童が驚いた顔で起き上がる。
どうやら気絶したふりをしていただけのようだ。
しばし見つめ合う二匹。
先に目をそらしたのは、敗北した大柄な河童であった。
その姿に、もう一匹がくちばしををぱっくりと開く。
立ち上がって膝小僧から土を払ったリーダーの河童は、無言で踵を返し草むらへと消え去る。
その後に続くように、卵たちも移動を始める。
立ち去っていく仲間を、残された河童は悲しげな顔で見送った。
それから芝居がかった動きで、地面に崩れ落ちる。
「いや、一緒に帰ってもらってもいいんだが……」




