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雨天卵走



「階段まで急ぐぞ!」

「はい、戻りますよ。ヨル、クウ」

「ぬれねずみー!」

「くー!」


 降り出した雨を避けるため、俺たちは出発点まで戻ることにした。

 獣っ子たちやスライムらは多少濡れても平気そうだが、人間はそうもいかないしな。

 

 それに雨足が強くなれば視界が狭まるし、それに乗じて出現する魔物もこの迷宮なら当然いるだろう。

 ティニヤもその危険は分かっているのか、真っ先に先頭に立ち警戒してくれる。


「にゃあ、濡れるのイヤにゃあぁぁ」

「あ、こら! 一人だけ先行かないの!」


 ……さ、走るか。

 猛烈な勢いで草原を横切る二人に、俺も遅れまいと足を動かした。

 天井の岩から生じた雨は、みるみる間に強まり体中を叩き出す。

 

 次に来る時は、何か雨具を用意しないとな。

 傘は作るのが大変そうだし、雨合羽かレインコートがいいか。

 いや、どうせ風呂に入るのなら、着替えを多めに持ってくるという手も――。


 そこまで考えた時、不意に前を走っていたティニヤが声を上げる。


「にゃ! 卵が走ってるにゃ!」

「は?」


 足を止めた少女が指差したのは、東側の森であった。

 思わず視線を向けると、確かに草むらに動くものが見える。

 

 階段近くの平原とは違い、森の近くは腰に届くほどに伸びた草が波打っている。

 丸みを帯びた白い何かの群れが、その草原をかき分けて進んでいく。

 うん、言われてみれば、大きな卵に見えなくもない。


 草の上をひょこひょこと上下しながら、卵たちは一定の速度で西へ向かっているようだ。

 雨飛沫がけぶる青々とした眺めを、音もなく走り去る白い球体たち。


 何とも味のある情景につい見入ってしまった俺だが、次の瞬間、響き渡った鳴き声に気を取り直す。


 威嚇するような声は、森の中から発せられたようだ。

 間を置かず、梢を揺らしながら何かが姿を現す。


「にゃ! 大きなニワトリにゃ!」

「えっ?!」


 信じがたい少女の発言だが、卵に続いてこれも言葉通りであった。

 白い羽毛に覆われた鳥の頭部に見えるのは、赤いとさかだ。

 その首元にも赤い肉塊が、あごひげのようにぶら下がっている。


 やや首が長いように思えるが、一見するとそれはニワトリに酷似していた。

 ただ背の高さは、おそらく俺たちとさほど変わらないだろう。


 木々の合間から登場した巨大な鳥は、再び大きな叫びを上げた。

 とたんに一列に並んでいた卵たちは、いっせいに向きを転じバラバラに散らばる。


 その様子にもう一度、怒りの鳴き声を発したニワトリは、首を高々と持ち上げ――。

 薙ぎ払うように真っ赤な炎を、そのくちばしから吐き出した。


「ひ、火を吹きましたよ、お嬢様!」

「ええ、あまり利口ではないようですね」

「思い出した。あれは火吹鳥だな」


 鳥のくせに火属性で、炎の魔素を操ることができる大型種の魔物だ。

 そしてパウラの指摘通り、この雨中で火を吐いた時点で頭の悪さは推して知るべしである。

 突撃鳥に続く鳥頭第二弾といったところか。


「もしかして、卵を取られて怒っているのか?」


 草を少しだけ焦がしただけにとどまった火吹鳥は、しつこいほどに鳴き声を放つと猛烈な勢いで駆け出した。

 その様子に草むらを走っていた卵たちは、またも慌てふためいて速度を上げる。

 ちょこまかと逃げ惑うその様子に、苛立った火吹鳥は足を止めて火を吐く。


 その隙に距離を取る卵たち。

 怒り狂い叫ぶニワトリ。

 それを雨に打たれながら、眺める俺たち。


 鳥系の魔物特有の頭の悪さを前に、卵泥棒たちが完全に優位に立っているかと思えたが、要領の悪いやつはどこにでも居るようだ。

 散らばりながらも川を目指していく卵の群れだが、一体だけ逃げる方角を誤ってしまったらしい。


 なぜか一個だけ、西ではなく南へと向かってしまう。

 目ざとく気づいた火吹鳥は、そいつに的を絞ることに決めたようだ。


 鋭く鳴き声を上げながら、凄まじい速さで追いかけだす。

 懸命に逃げる卵だが、その先に待ち受けるのは高い草が消え失せた平原だ。

 身を隠す障害物がなければ、逃げ延びる確率はさらに下がってしまう。


「いかがされますか? あなた様」

「あれが本当に卵か確認したいところだな。よし、確保してみるか」

「では、ティニヤ、ノエミ、お願いしますね」

「心得ました、お嬢様!」

「任せるにゃぁ!」


 もうずぶ濡れに近いので、今さら気にもならないのだろう。

 水しぶきを飛ばしながら、二人はこっちへ向かってくる卵とそれを追うニワトリへと走り出す。


 またたく間に距離が縮まるが、それは向こうも同じようだ。

 焦るように飛び跳ねた卵だが、とうとう身を隠す草むらから飛び出してしまう。

 

 同時に盗人の姿があらわになる。

 草に身を隠せるだけあって、その背丈はヨルやクウたちとほぼ変わらないようだ。

 体型も同じくずんぐりしており、三頭身か四頭身ほどである。


 肌の色は緑色だが、短い手で卵の下部を抱えているせいか顔はすっかり隠れてしまっている。

 というか、完全に前が見えていないな。

 そりゃ迷うのも当たり前だ。


 やっと姿を見せた卵泥棒に、火吹鳥は大きく首を持ち上げる。

 喉元に下がる袋が、あっという間に膨らみ――。


 その危機を感じ取ったのか、緑の肌の魔物が悲鳴を上げてすっ転ぶ。

 そこへ容赦なく吐き出される炎の渦。


 が、寸前で四足歩行になっていたティニヤが、その首元を咥えていた。

 かっさらうように卵ごと小さな魔物を、火吹鳥の眼前から持ち去る少女。


 獲物を横取りされ怒りにくちばしを鳴らす火吹鳥だが、すかさず駆け寄ったノエミさんが尻尾を揺らしてみせる。

 たちまち大人しくなったニワトリの様子に、俺はホッと息を吐いた。


 安堵していると、ティニヤが小脇にそれぞれ卵と魔物を抱えて駆け寄ってくる。

 そして不思議そうに首を傾けながら聞いてきた。


「にゃあ、これなんにゃ?」


 少女の腕の中でぐったりとする魔物。

 その口元はくちばし状に尖っており、頭にはなぜか円形の白い被り物が乗っかっていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] カリメロかな
[良い点] 嘴状の口って卵食べにくそうな。 自分の卵抱えていたのに卵泥棒の疑いかけられたオビラプトルという恐竜がいましたけれど、流石に大きさ的に火吹き鳥の卵で間違い無いか。 養鶏場だー
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