相性の善し悪し
「あれは小鬼火だな」
「こおにび……ですか?」
「名前に火ってついているけど実際に燃えてるわけじゃなくて、球電って言われる現象らしいけどな」
鬼火以外にもウィル・オ・ウィスプとか、いろいろな名前で呼ばれていたりもする。
もっともそれは前の世界の話であり、こっちの世界ではれっきとした魔物である。
雷属性を持つ魔法生物で、ただふわふわと浮遊するだけなのだが、うっかり触れた者には容赦なく電気を流してくるという厄介な相手だ。
知性と呼べるものもないため<従属>も不可能で、出会ったら避けるか倒すかの二択しかない。
なのでゲームでも、壁と同様に障害物扱いだったな。
「ほら、怪我を見せてみろ」
「うにゃあ」
接触した時間が短かったせいか、猫耳の少女の傷は手のひらだけのようだ。
痛みは激しそうだが、程度からして下級の外傷治療薬で十分だろう。
腫れ上がった部分に振りかけると、赤みがゆっくりと消えていく。
「にゃ、痛みがじんわり引いてきたにゃ。すごいにゃあ」
「めでたしー!」
「くー!」
心配げに覗き込んでいた二匹も、ティニヤの傷が治る様子に嬉しそうに声を上げる。
「さて、どう攻略すべきかな……」
小鬼火どもの位置はまちまちで、しかもかなり上下左右に揺れ動いている。
壁にぴったり張り付くか地面を這っていけば安全に通り抜けはできそうだが、木の根や蔦のせいで移動しにくいことこの上ない。
まさに空中に設置された機雷といった感じである。
「直に触ると危険なのですね。どうすれば倒せるのでしょうか?」
「そうだな。蓄積してる雷を全部出し尽くさせるか、相性の悪い魔術で魔素を拡散させるかだが……」
ようは矢などを撃ち込んでそっちに電気を移させるか、土属性の魔術でダメージを負わせるかだが、飛び道具は誰も持っていないし、<石棘>もこの床じゃ無理だろうな。
仮に出せたとしても、天井辺りに浮いているのは届かないだろうし。
俺たちとは相性が悪いように思える相手だが、実は魔法生物を倒すにはもう一つのやり方がある。
その属性を無効化、もしくは吸収できればいいのだ。
そしてここには、それにうってつけの従魔がいた。
ぱっくりと口を開けて小鬼火を見上げるヨルとクウに、俺はシンプルに尋ねる。
「あれ、美味しそうか?」
俺の言葉によだれを流しながら、二匹はこくこくと頷いた。
「じゃ、食べていいぞ」
「しょうちー!」
「くう!」
雷なら獣っ子や鳥っ子たちの得意分野だからな。
元気よく飛び出したクウが、丸い光の玉に近づくと勢いよく上から踏みつける。
たちまち紫色の光が弾けるが、それを浴びた鳥っ子は心地よさげに羽を広げて、全身で受け止めてみせた。
ちょっとご機嫌に水浴びをしている小鳥のようでもある。
隣では飛び上がったヨルが、違う小鬼火にしっかりと抱きついていた。
その体表を雷に彩られながらも、綿菓子でも食べるように魔物の表面を噛みちぎっては飲み込んでいる。
こっちは昼ごはん前のおやつ代わりといったところだな。
またたく間に消え失せていく障害物の様子に、ノエミさんが呆れたように息を吐いた。
「本当に凄い魔物ですね……。いったい、どこから連れてきたのですか? お嬢様」
「ふふ、内緒です。バレたら怒られますからね」
「う、もしかしてと思ったのですが、聞かなかったことにします」
どうやら心当たりがあるようだが、俺も出どころを聞くと不味い気がするので知らなかったことにしておこう。
二匹がぱしゃぱしゃもぐもぐしてくれたおかげで、通路の見通しはたちどころによくなる。
ただし光源がなくなったせいで、ランタンの明かりが必須となったが。
しばらく進むと、斥候士の耳先がまたもピクピクと動いた。
「どうした?」
「にゃあ、なんか居るっぽいけど、よく分からないにゃ」
「<看破>でも分からないのか?」
「うにゃ。だいたいこの辺りに居るっぽいにゃ。でも隠れてるっぽいにゃ」
そう言いながらティニヤが指し示したのは、蔦に覆われた壁の一角だった。
少女の指摘通り、その背後に何か潜んでいそうではある。
「ああ、さっきのことで学んだのか」
「もう、痛いのはイヤにゃ」
「じゃあ、痛くても平気なのを呼び出すか」
鈴を鳴らして呼びつけたスケルトンを、怪しい壁に向かわせる。
試しに腕を蔦の間に突っ込ませてみたが、それらしい動きはない。
「何も居なさそうよ?」
「にゃ! でも危ない感じはしてるにゃ!」
「骨だと反応しないタイプかもな」
「たいぷでございますか。では、ここはわたくしが。スー、<凍身>です!」
即座に体内を固く凍らせた青スライムが、器用に跳ね上がって壁に激突する。
その勢いで、盛大に蔦の一部がちぎれて跳ね飛ばされた。
いや、違う。
蔦が自ら飛んだのだ。
不意に大きく広がった蔦は、そのまま近くのティニヤに覆いかぶさろうとする。
が、驚異の素早さを誇る少女が、それを黙って受け入れるはずがない。
一瞬で身を翻したティニヤは、網のごとく獲物を絡めようとした蔦を軽やかに躱す。
同時に抜き放っていた短剣が、その先端を切り裂いて宙に飛ばした。
「にゃあ、やっぱり居たにゃ!」
「アカス、ライム。燃やし――てはダメね。<体当たり>で!」
「ヨル、クウ、こっちです」
「こしゃくー!」
「くー!」
軟体動物のぶつかりは微妙だったが、鋭い爪は有効であったようだ。
ヨルに削り取られ、クウにかき回された蔦はあっさりと動きを止めた。
ティニヤを見ると安心した顔で頷いているので、どうやら危険は去ったようだ。
近づいて触れると、アイテム一覧に黄魔石と吸精蔦の蔓という名前が現れる。
「やっぱり魔物だったか。ああ、こんなのも居たっけ」
これも同じく、壁に<擬態>して襲ってくるモンスターだったな。
名前の通り、触れると体力が吸われてしまう面倒な相手だ。
<従属>は可能だが移動速度が遅すぎるため、枠を潰すほどでもない魔物である。
「なるほど、小鬼火を避けて壁沿いを移動してると、こいつに絡まれるって寸法か」
「にゃあ。性格わるいにゃ!」
本当にそう思う。
その後、二時間ほど地図を埋めつつ、やっとのことで階段前へたどり着く。
そこで待ち構えていたのは、部屋中のど真ん中に生えた巨大な蔓の山と、その周囲に大量に浮かぶ光る球体であった。
「またこんな感じかにゃ。ちょっと飽きてきたにゃ」




