またも下準備
「さて、どうするかな」
俺はボス部屋を覗きながら、攻略に思考を巡らせた。
幸いにも薬はちょうど一時間が経過して切れており、そう急ぐ必要はない。
右側の噴水の前には、普通の青スライムが四匹。
奥の鉄格子前には、大きなボススライムが一匹。
セオリーなら、取り巻きを掃除してからボス戦だが……。
その場合、普通のスライムを仕留める間、ボスが参戦しないよう引きつけておく必要がある。
部屋の広さから、奥の鉄格子近くでも十分に動き回れるスペースはありそうだ。
小柄で素早いヨルかクウなら逃げ回っても余裕だろうし、パウラなら長い鞭で間合いを取ることもできるな。
次の課題は四匹の青スライムの迅速な殲滅だが、ボスの囮に一人は必要なので三人で戦わねばならない。
一時間前の状況なら、俺は当たり前に首を横に振っただろう。
しかし今のパウラたちは、三十匹もの魔物を撃破してみせた猛者なのだ。
右上を見た俺が思わず笑みを漏らすと、一緒に部屋を覗き込んでいたパウラが軽く小首をかしげる。
「何やら妙手でも思い付かれたようですね、あなた様」
「いや、特に策を講じなくても、力押しで行けそうだなと思ってな」
「そうでございましょうか? あのとても大きな魔物。おそらくあれに、わたくしの力は通じないかと」
「へー、分かるものなのか」
ゲームだとボスのような特殊なモンスターは耐性があるので、<魅惑>が通用しない可能性は高い。
しかしそれを感覚的に察知できるのは、素直に凄いと思えてしまう。
いや、考えてみればパウラはこれまでに培った魔物使いとしての経験がちゃんとあるのだ。
それに生まれつき<魔性魅了>という特技も持っているので、己の魅力が通じないかどうか見極めができているのだろう。
そういった体験から得た感覚こそが、この迷宮の攻略でより重要になってくるのかもしれない。
「じゃあ、パウラならどうする?」
「……そうですね。あちらの四匹。あれはわたくしでどうにかできそうです。ただ一度に来られると厳しいのでヨル、いえクウをつけていただけたら」
「あの大きなスライムは?」
「あちらはヨルとミアにお任せいたしましょう。しかし、そのままでは無理と思われますので――」
「そこは俺の薬の出番ということか」
俺とほぼ同じ作戦な上に、きっちり各人の実力を見切っている。
見事な采配に思わず感心すると、パウラはなんでもないように薄く笑みを浮かべてみせた。
あえて謙遜したり照れたりしないところが、また魅力的である。
「よし、それで行くか。おーい、ちょっと来てくれ」
後ろでのん気にじゃれていた二匹と一人に声をかける。
どうやらミアに抱っこされて、ぐるぐる回転する遊びをしていたようだ。
すっかり懐いた感じで、仲良く固まって駆け寄ってくる。
「どしたの? センセ」
「およびー!」
「くー!」
「作戦を説明しようと思ってな。あ、その前に、アレも倒そうと思うんだけどいいか?」
ここまで俺は戦闘に一切、参加していない。
なので強そうな魔物に挑むことまで、勝手に決めるのはどうかと思ったのだ。
ちょうど薬も切れているし、素材もかなり手に入った。
切り上げるには、いいタイミングでもある。
けれども俺の言葉に部屋の中へ一瞥したミアは、自信に満ちた顔で言い放つ。
「うん、やっちゃおー!」
「しゅつじんー!」
「くぅー!」
「よし。じゃあ、まずはお薬の時間だな」
錬成してあった薬を手渡しながら、もう一度皆のステータスを確認していく。
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名前:パウラ・アルヴァレス
種族:魔人種
職業:従魔士(レベル:11)
体力:9/9
魔力:24/50
物理攻撃力:13(-2)
物理防御力:9(+20)
魔法攻撃力:35
魔法防御力:13
素早さ:26(-2)
特技:<魔性魅了>、<下僕強化>、<魅惑>、<従属>
装備:武器(黒革の鞭)、頭(旅人のローブ)、胴(旅人のローブ)、両手(黒革の手袋)、両足(黒革の長靴)
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レベルが3上がって、全体的にいい数値となっている。
それと括弧の中は防御強化薬の効果である。
注目すべきは、レベル10に達した時に覚えた特技<従属>だ。
これが今回の作戦の要と言ってもいい。
そういえば経験値という概念そのものは、この世界では錬成術士の熟練値と同様で認識されていない。
鍛錬を積んでいったり、魔物を倒し続けると、上位の錬成や特技が使えるようになるといった程度である。
まあレベルが上ってもお知らせの音が鳴ったり、くるくる回ってポーズを自動で決めるとかないしな。
冗談はさておき、やはり数字で確かめられないのが大きいのだと思う。
ドラクロ2ではモンスターとのレベル差で、入手できる経験値に大幅な補正がかかる仕様となっていた。
具体的にはレベル差が10以内なら適量がもらえるが、それ以下だと全て一桁で、それ以上でもあっさり上限に達してしまう。
こっちの現実化した世界でも、パウラたちのレベルの上がり具合から同じ仕様なのは確認済みだ。
で、俺たちの場合、ステータスに経験値の表記はないが、レベルが上ったことはすぐに分かる。
つまり適正な相手かどうかは、その都度判断できるのだ。
それとゲームでの龍玉の宮殿に出てくるモンスターのレベルは、階層に十前後を足した数が基本であった。
こっちの世界でも実際に戦闘しながら調べた結果、その法則は適用されているようだ。
話を戻すと、コマンドメニューが見られない普通の人間には、様々なモンスターと延々と対峙し続けて体感で察するしかない。
とてつもなく非効率なのである。
そりゃ高レベルに達する人間が少ないのも納得だ。
それでも一部の人間は魔素溜まりに通い続けて、ひたすら研鑽を重ねて強者となっていたりもするが。
さらにもう一つ。
今回、俺が錬成した体力や魔力の増幅薬、攻撃や防御の強化薬などは世間一般にほぼ知られていないレシピである。
この世界では薬品の効能は、基本的に病人や怪我人に与えて確かめていくのが主流だ。
なので効果が分かりやすい外傷治療薬や解熱薬などは、すでにレシピとして確立されており、今は上級や最上級のレシピを熱心に模索されているほど人気ぶりだ。
それに比べ強化薬などは、その効果が分かりにくいという難点がある。
体が軽くなったり、衝撃に強くなったりの感覚自体はあるだろうが、最下級の薬の効果では実際に戦闘などを通さねば実感しにくい。
そもそもの話、健康な人間を薬品によって強化するという発想そのものがあまりないのだ。
せいぜい活力回復薬で疲労を取る程度である。
研究する人間が居なければ、その薬品のレシピが広まることはない。
つまり現状、俺がこの道の第一人者であるということだ。
そして実際にレベル1の魔物っ子や素人丸出しの汎人種の魔術士を、強化薬漬けにして格上のモンスターをバシバシ倒させた結果がこれである。
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名前:ヨル
種族:魴コ(謫ャ諷倶クュ)
職業:従魔(レベル:10)
体力:23/30
魔力:20/20
物理攻撃力:20(+2)
物理防御力:20(+24)
魔法攻撃力:15(+3)
魔法防御力:15(+3)
素早さ:15(+1)
特技:<たべる>、<しっぽ>
装備:武器(なし)、頭(なし)、胴(なし)、両手(なし)、両足(なし)
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見事に、たった一時間でレベル10に達成した。
おかげでステータスの数値も、倍増どころじゃない増えっぷりだ。
さらに今回はボススライムの引きつけ役ということで、防御強化薬も飲ませておいた。
パウラの<下僕強化>の数値も上がっているらしく、全体の安定感が増しており、もう弱点も見当たらない。
せっかく覚えた新たな特技は、あいかわらず意味不明ではあるが。
ただ気になっているのは、体力の数値が7減っている点だ。
ちょくちょくスライムの体当たりを食らっていたせいだが、その傷が見当たらないのだ。
おそらく打ち身などで、体の内部の傷となっているのだろうが……。
俺がナイフで腕を切った時は、外傷治療薬で傷を塞ぐといつのまにか数値は元に戻っていた。
そういった分かりやすい場合でないと、今は手の打ちようがないのが厳しいな。
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名前:クウ
種族:魴シ(謫ャ諷倶クュ)
職業:従魔(レベル:10)
体力:18/20
魔力:30/30
物理攻撃力:15(+13)
物理防御力:15
魔法攻撃力:20(+4)
魔法防御力:20(+4)
素早さ:15(+13)
特技:<たべる>、<ぱたぱた>
装備:武器(なし)、頭(なし)、胴(なし)、両手(なし)、両足(なし)
――――――――――――
こっちは通常スライム相手なので、攻撃強化薬で底上げしてある。
攻撃力と素早さ、ともに一番なので活躍が期待できるだろう。
まあクウのほうも、特技がさっぱり分からないが。
魔力や魔法攻撃力が高いので、かなりもったいない気もするな。
逆に特技がよかったのがミアだ。
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名前:ミア
種族:汎人種
職業:魔術士(レベル:10)
体力:10/10
魔力:18/50
物理攻撃力:5(-4)
物理防御力:8(+18)
魔法攻撃力:15(+20)
魔法防御力:12
素早さ:10(-2)
特技:<三属適合>、<魔耗軽減>、<火弾>、<水泡>
装備:武器(なし)、頭(白い頭巾)、胴(村人の服)、両手(なし)、両足(革の短靴)
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レベル10に上がって習得したのは、<水泡>という水属性の魔術だ。
この魔術、弾力のある大きな泡を生み出すだけで攻撃性は皆無である。
しかしこの泡には、衝撃を受けると完璧に吸収して破裂する効果があるのだ。
つまり、いざという時の身代わりになってくれるというわけである。
今回の作戦では、<水泡>でヨルの補佐をしつつ、<火弾>も撃って削っていく重要な役回りをしてもらう予定だ。
そのために魔力増幅薬と魔攻強化薬、さらに防御強化薬とドーピングしまくりである。
「そんな感じで行こうと思うがどうだろう?」
「おー、わたしけっこう責任重大っぽい? でもヨルっち、がんばって守るよ!」
「いたみいるー」
「クウ、わたくしたちも全霊を注ぎましょう」
「くーくー!」
ようやくの開戦である。




