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繰り返す階層



「あなた、本当は分かってやってんでしょ! いい加減にしないと怒るわよ!」

「にゃあ、ばれたにゃあ」


 執拗に追い回されたノエミさんが悲鳴に近い声を発したところで、ティニヤとの鬼ごっこは終わりを告げた。

 まあ俺やパウラを避けて一人だけしつこく狙ったら、さすがに楽しんでいるのは丸わかりである。


 そもそも目隠し状態でも、階層主相手にあれほど動き回れるのだ。

 俺たちの居場所を把握するくらい造作もないだろう。

 ヘイモだけだとピンと来なかったが、改めて獣人種の感覚の鋭さは異常だと思う。

 ハンスさんに例の件を頼んでおいて正解だったな。


「ほら、もういいか? 回収するぞ」

「にゃ、どうぞにゃ」 


 まだ布で目を覆ったまま俺に正確に近づいてきたティニヤは、得意満面の笑みで盗み取ったボスナメクジの触角を差し出してきた。

 尻尾があれば、ピンと立ってそうである。


 何度言い聞かせても生きた蝉を咥えて帰ってきた前世の飼い猫をなんとなく思い出しながら、緑色の縞模様が浮かぶ気持ち悪い物体に触れる。

 これが寄生虫であれば、魔石が回収できるはずだが……。


 だが次の瞬間、少女の手から触角自体が消え去る結果となった。

 同時にアイテム一覧に、大ナメクジの不気味な触角という名前が現れる。

 希少度は星二個と、用途不明の癖に無駄に高いな。


「いかがでしたか? あなた様」

「どうも寄生虫じゃなかったようだ。元から、ああいう触角なのか。ちゃんと見えるのか……?」


 そこである考えが頭をよぎった俺は、慌てて部屋へ視線を移した。

 そして焼け焦げて縮んだ巨大なナメクジの死体をちょんちょんと突く二匹の姿を見つけ、焦るあまり飛び上がりそうになる。


「おーい、ヨルとクウ。二匹ともよくがんばったな。ほら、ご褒美だぞ」


 できるだけ声を抑えながら蜂蜜入りのクッキーを取り出すと、獣っ子たちの顔がグルンと音がしそうなほどの勢いで振り向く。

 喜びのあまり両手を上げて駆け寄ってくる二匹の瞳が正常なことに、俺は深く胸を撫で下ろした。

 うっかりボスナメクジの死骸を食べて目からあんな強烈な物が生えてきたら、今までみたいに可愛がれる自信がなかったからな。


「ちそうー!」

「くー!」

「にゃあ、うちの分は!?」

「ほら、食え食え」


 数枚を宙に放り投げると、先ほどの戦闘よりも素早い動きで取り合いが始まった。

 かなり体力を消耗していたティニヤだが、調子は戻ってきているようだ。


 じゃれ合う二匹と一人を放置して、俺は転がっているボスナメクジに触れて回収を済ませる。

 二本の嬉しくない触角は回収済みのためか、青魔石塊一個のみであった。


 ま、お目当てはこいつじゃないしな。

 立ち上がった俺は、壁に近づき一面を覆う苔に触れた。


「やっぱり迷宮水苔か。しかも四十二個とはな」


 多分だが端数なのは、戦闘中に剥がれてしまった分があるからだろう。

 それを差し引いてもこの数は嬉しい。

 回復薬の基本だからな、この苔は。


「もう昼過ぎか。よし、先に十四層の様子を一度見てから飯にするか」


 昼食がてら対策を話し合えるしな。

 それにもしかしたら、戦闘せずに通り抜けられるかもしれない。

 あと水場もあれば、文句なしなんだが。


 淡い期待を秘めつつ階段を下りると、そこに広がっていたのは床のみならず天井や壁までもが、蔦に覆われた光景だった。


「お、予想通りか」

「お見事ですね、あなた様」

「ええ、よく分かりましたね……」


 十一階から一三階までの地形が一階から三階までとよく似ていたため、まさかと思ったがここも四階とそっくり同じであった。

 ただ、まだあまり地下迷宮の経験がないノエミさんはともなく、何度も通ったパウラは絶対に気づいていただろ。

 隙あらば俺を褒めて持ち上げてくる姿勢は、そう嫌いじゃないけどな。


「さて四階と同じなら、ここの光源も一緒のはずなんだが」


 通路を見回すと、薄ぼんやりとした青い火が天井近くを漂っている。

 そこも同じかと思いきや――。


「にゃあ、なんか危ないにゃ!」


 警告と同時に、短剣を構えたティニヤが身を低くする。

 そこへふわりと発光体が近づいてきた。


 確かに光球の中には、翅を生やした妖精の姿はない。

 その正体を記憶の山から引っ張り出す前に、斥候士の少女が動き出す。


「にゃ! 先手必勝にゃ!」

「あ、待て!」


 掛け声は間に合わず、ティニヤの短剣が光る球を両断しようと振り下ろされる。

 次の瞬間、バチッと弾けた音が響き、一息遅れて少女の悲鳴が上がった。

 

「にゃあ! いたいにゃぁぁぁ!」


 剣を落として床をゴロゴロと転がる少女に、ノエミさんが慌てて近寄る。

 急いで手袋を取ると、赤く腫れた火傷ができていた。

 短剣が触れた瞬間、光の玉の表面に青い輝きが見えたが、おそらく感電したのだろう。 


 怪我をしたティニヤを追撃もせず、光る球は何ごともなかったように元の位置へと戻っていく。

 どうやらこの階も、やっぱり甘くはないらしい。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 逆に触覚はもとからとは。 見事に引っ掛かりましたわ
[一言] 静電気は痛い その季節になりましたなw
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