行き詰まる探索
大型の泥屍人から回収できたのは、黒魔石塊とおなじみの屍人の泥土の大盛りだった。
正直、かけた時間と費やした魔力に釣り合わない報酬だ。
そう思いながら地面に座り込むクウを抱き起こして、その口元に魔活回復薬をそっと寄せてやる。
小さい手を伸ばした鳥っ子は、薬瓶をしっかり握ってコクコクと喉を動かす。
そして全部飲み干すと、満足げに息を吐いた。
その様子に心配げに覗き込んでいた姉が、にっこり笑いながら弟の頭を優しく撫でる。
「あっぱれー」
「くぅ!」
ヨルにギュッと抱きしめてもらったクウは、元気な返事をしてみせた。
うん、もう大丈夫そうだな。
「よーし、これでやっと次の階へ行けるな」
「はい、あなた様。クウもよく頑張りましたね」
「くー!」
ただし、ここからは無理は禁物である。
まだ二階分しか探索が進んでいないのに、そうそうに最大火力を使い切ってしまったからな。
いざって時は、素早い撤退を心がけていこう。
俺が視線を向けると、パウラは小さく頷いて傍らの石肌蛙の背中に触れた。
この新たに使役魔に加わった魔物は移動が遅い反面、頑丈で足止めにはぴったりである。
残酷ではあるが、新参者の優先度が低いのは世の常だ。
それにしても毎回この階層を抜けようとするたびに、クウの切り札を使わざるを得ないとなると厳しいな。
範囲殲滅手段をクウだけに頼るのは不味いと思って、ミアたちにも頑張ってもらっているが、その不安が早くも出てきてしまった感じだ。
「それは今悩んでも仕方ないか。まずは次の階を見てからだな」
そうつぶやきながら階段を下りた俺だが、目に入ってきた光景にすぐさま後悔した。
十三階の壁は、引き続き土に覆われていた。
ただしこちらは柔らかいのか、多くの凹凸が見て取れる。
その凹んだ部分だが、天井の白照石の淡い光に照らされてやたらとテカテカしていた。
どうやら、粘っぽい液体が付着しているらしい。
壁のあちこちに見える謎の光沢だが、何かが通った跡のようでもある。
そう考えながら、軌跡を目でたどった先。
そこに居たのは、俺の太ももほどもある大きなナメクジだった。
茶色い背中には、黒みがかった無数の斑点。
頭部からは二本の角が突き出し、ヌメヌメとした体液を壁になすりつけながらゆっくりと移動している。
うん、まごうことなきナメクジだ……。
思わず動きを止めた俺の隣で、パウラとノエミさんが小さく息を吸い込んだ。
たまに姉妹かと思えるほど、リアクションが似ているな。
ぼんやりと頭の片隅でそんなことを考えていると、ティニヤが猫耳をビクッと動かして大声で叫んだ。
「にゃぁぁぁぁあああ! おっきなナメクジにゃ! 気持ち悪いにゃ!」
背中の毛まで逆だっていそうなその声に、ナメクジの角がうねうねと伸び縮みした。
こちらへ向きを変える魔物の姿に、俺はようやく正気に戻る。
「ヤバい! 飛ばしてくるぞ!」
俺の叫びと同時に、ナメクジの口が不気味にうごめいた。
次の瞬間、小さな針状の物体がそこから撃ち出される。
まっすぐに向かってきたそれを、避けようとするティニヤ。
が、背後の俺たちに当たると気づき、とっさに背中のマントをひるがえす。
ナメクジが飛ばした細長い何かは、黒毛狼の外套にぶつかり雫となって飛び散った。
一拍子遅れて、なめした毛皮から白い煙が次々と生じる。
「にゃあ! 穴が空いたにゃぁぁぁあ!」
「<消化液>だ。まともに喰らうと溶けるぞ!」
大ミミズが使ってきた特技と同じだが、速度が明らかに違っている。
理由はこの大ナメクジが、そこにもう一つの特技を加えているせいだ。
<水針>。
対象へ針状に細く固めた水を飛ばすだけの魔術だが、その中身の成分を変えただけでこんなにも脅威になるとは……。
「パウラ、カーを下がらせろ!」
「はい!」
遠距離攻撃には遠距離攻撃。
と言いたいところだが、水に弱い石の肌と消化液では相性が悪すぎる。
今度は俺の声に反応したのか、大ナメクジはその頭部をこちらへ向けてきた。
く、この間合をどうにかしないと、一方的に蹂躙されるだけだな。
焦る俺の横で冷静に発せられたのは、パウラの命令だった。
「ヨル、行きなさい」
バチンッと響く音と紫の閃光。
気がつくと足元から獣っ子の姿が消え失せ、十歩ほどの距離があった大ナメクジの上に唐突に現れる。
<ぎゅん>を使った高速移動か!
両手を組み合わせてこぶしを作ったヨルは、壁に張り付く大ナメクジへ勢いよく振り下ろす。
激しく床に叩きつけられる魔物。
そこへ両足を揃えて飛び降りる獣っ子。
ぶしゅると体液が吹き出す音とともに、大ナメクジの胴体は大きく歪んだ。
さらに急降下したクウも、容赦なくナメクジの頭部に蹴りを打ち込む。
そのままなすすべもなく二匹にボコボコにされた魔物は、あっけなく力尽き地面に転がった。
「ふう、距離を詰めたら、そう手強くないな……」
粘液で滑りやすいが、物理防御力自体はかなり低そうだしな。
我慢しながら手を伸ばして大ナメクジの死骸から回収すると、青魔石とナメクジの角が現れた。
うーん、これなんに使ったっけ?
たしか薬材だった記憶があるんだが。
「まあ、後で調べるか」
奥へ進んだ俺たちを、壁を這いずり回る大ナメクジが次々と出迎える。
幸いにも一匹ずつだったため、ティニヤが気を引いている間にヨルとクウが接近して倒す作戦で事なきを得た。
おかげで狼革のマントは、ボロボロになってしまったが。
それとどうやら、ここにはこのナメクジ以外の魔物は出てこないようだ。
「にゃあ、またにゃ」
「この通路もダメね……」
「あら、ここも進めませんね」
大ナメクジを叩き潰しながら、さまよい歩くこと一時間。
細い通路を何度も行き来して地図を埋め尽くした俺たちは、とある困った結論に達した。
「あれ、道が全部行き止まりだな……」




