手のかかる階層主
「これは埒があかないな……」
石肌蛙だけではなくパウラたちにも参加してもらったが、結果は同じであった。
地面の手は三十秒から一分足らずで、ほぼ元通りに生え揃ってしまう。
もっとも相変わらず現れるのは手だけのため、近寄らなければダメージを受けることもないが。
「にゃあ、しつこすぎるにゃ。いっぱい埋まりすぎにゃ」
「埋まってるわけではなさそうだけど。いえ、実は本当に埋まっているのかしら……」
「ふにょいー!」
「くぅう」
「ええ、困りましたわね。いかがされますか? あなた様」
いつもならここで名案を出してくれるパウラも、今回は打つ手がないようだ。
何度倒してもまたすぐに戻ってしまうため、階段の前にたどり着くどころか部屋に一歩も入れていない有り様だしな。
それに奥まで行けたところで、鉄格子が上がらなければ先へ進むこともできない。
ここに到着したのがちょうど正午あたりで、そこからかれこれ二時間は経過している。
まあそのうちの三十分は、不気味な手を眺めながらの昼食の時間だったけど。
最近は六時過ぎには探索を切り上げているので、あと四時間ほどか。
まだ温存しておきたかったが、このまま足止めを喰らい続けるのも無駄な時間だと言える。
「よし、切り札を出すか。クウ、頼んだぞ!」
「くう?」
「もう面倒だから、全部吹き飛ばしちまおう。それで無理なら、また次回だな」
「くぅぅうう!」
手を全滅させても鉄格子が開かないのなら、何かしらの条件があると言うことだ。
その場合は通過した道や、途中で倒した魔物の数が関係してくるかもしれないため、一つずつ検証していく必要も出てくる。
そうなると、膨大な時間がかかるのは間違いない。
なのでここは、一発で開いて欲しいところである。
祈るような気持ちで見つめる中、鳥っ子は背中の翅をブンブン言わせて軽やかに飛び上がった。
じっくり時間を掛けたかいがあって、泥の手に対する恐怖心はすっかり失せたようだ。
まあ軽く殴るだけで、ボロボロ崩れるような相手だしな。
薄暗い部屋の中央まで飛んでいったクウは、そこで可愛く手をグーにして体もぎゅっと丸める。
とたんにその全身を紫色の雷が、茨のように覆い尽くした。
クウから発せられる輝きに、階段前の空間は隅々まで照らし出される。
やはり予想していた通り、地面にはいっさいの隙間もなく泥の手で埋め尽くされてた。
ウネウネとうごめく大量の手を見下ろしたクウは、その羽が生えた腕を元気よく左右に広げた。
そしてためらうことなく振り払う。
――<びりびり>&<ぱたぱた>!
小さな嵐が一瞬で吹き上がり、紫電をまとった羽を地上へ一気に叩きつける。
暴風に乗った羽はまたたく間に、群れなす手に襲いかかり触れるだけで粉砕していく。
クウの真下の地面を中心にして、たちまち部屋中に広がっていく空白。
なんとも心地よい眺めである。
魔法攻撃力が上がったおかげか、威力も結構上昇しているな。
吹き荒れる羽吹雪は、数秒もかからず全ての手を薙ぎ払ってしまった。
固唾を呑んで見守る俺たち。
そしてゆっくりと持ち上がる――五本の指。
「えっ?」
「あら?」
「にゃあ!」
またも地面から現れたのは、泥に塗れた手であった。
ただし今回は一本だけである。
唖然としたまま眺めていると、その泥の手はみるみる間に伸び出した。
肘を過ぎて肩まで出てきたかと思ったら、ニュッと丸い頭部が姿を現す。
そしてそのまま、もう片方の腕や胴体までも一息に登場する。
泥の手を一掃した後に出てきたのは、見慣れた泥屍人であった。
一体のみであるが、やや普通のより大きな気がする。
もしかして、こいつが階層ボスか?
「アカス、ライム! 出なさい!」
すかさず響くノエミさんの声に応え、赤スライムの二匹が部屋の中央へと躍り出た。
その体からは、すでに赤い炎が吹き出しつつある。
体をゆっくりと揺らした魔物は、泥でできた腕をそれぞれに振り下ろす。
が、待ち構えていた二匹は、逆にそれを迎え撃ってみせる。
一瞬で焼却され、消し飛ぶ泥屍人の手首。
さらに次の瞬間、両膝を穿たれた魔物は無様に前のめりに倒れ込む。
その背中に、容赦なくのしかかる赤スライムたち。
アイロンに伸されるように全身の凹凸を削られだした泥屍人は、ジタバタと短くなった手足を振り回した。
だがスライムたちは、遠慮せず魔物の全身を焼き尽くしていく。
数秒のうちにあっさりと決着がつき、静かに持ち上がる鉄格子。
その様子に、俺はゆっくりと安堵の息を吐いた。
めんどくさい検証は、どうやらやらなくて済んだようだ。
いつもお読みくださりありがとうございます。
無事に三ヶ月連続更新にて百話達成となりました。
途中、PCの不調で一話落としましたが……。
これもひとえに応援していただいた読者様のおかげです。
ありがとうございました。
ただ誠に申し訳ありません。
年末が近づき、ちょっとばかり執筆時間が取りにくくなってきております。
そのため今後の更新日は毎日ではなく、月曜日と金曜日をお休みとさせていただきます。
本当にすみません。
これからも当作をよろしくお願いいたします。




