龍玉の宮殿、地下一階探索
くぐったばかりのダンジョンの入り口だが、真っ白な眩しい光に覆われて川の景色などみじんも見えない。
おそらくだが地上から直接繋がっているわけではなく、この場所に飛ばされたと考えるべきだろう。
一応、外に一度出てみたが、普通に出入りできたので退路は安心なようだ。
もっともゲームではモンスターはダンジョンの外まで出てくることはなかったが、この世界の魔物に当てはまるかは不明である。
用心だけはしておこう。
「それじゃあ、隊列も組んでおくか」
先頭はヨルとクウ、その後ろにはパウラ。
俺のほうが体力はあるのだが、戦闘の経験がないので邪魔な置物でしかない。
同じく魔物と戦ったことのないミアも、俺の隣である。
目の前の通路は一本道で、十メートルほど先で二叉に分かれていた。
転がるように分かれ道まで駆けていったヨルが、獣耳をピクピクさせながら左右を見回す。
そして真面目な顔をして、右側の道を指差しながら小声で報告してきた。
「くせものー」
そっと角から顔だけ出して覗くと、通路の真ん中に水たまりが盛り上がっていた。
大きさはバスケットのボールほどで、ぷるぷると小刻みに震えている。
「なに、あれ!?」
「そうそう、一階はお約束のスライムだったな」
色が青いので青スライムだな。
安直なネーミングだが、属性が一発で分かるので便利でもある。
「どっ、どっ、どーすんの?」
「とりあえず、<火弾>でもぶつけてみようか」
「えっ、マジで?」
俺が頷くと、ゴクリと唾を呑み込んだミアは青スライムをもう一度見た後、指をそうっと持ち上げた。
パチンと小気味のいい音とともに、赤い炎が空中に現れる。
ただしその大きさは、以前と違って握りこぶしほどもあった。
「わおっ、なにこれ! おっきくない!?」
「おい、こっち向けるな! あっちだ、あっち!」
慌てきった顔のミアだったが、振った腕の方向は正しかったようだ。
指先から離れた火の玉は、まっすぐに宙を貫いて床の上のスライムへ迫る。
水面を棒で叩いたような音がしたか思うと、火は一瞬で消え去ってしまった。
まあ水属性に火を投げつけても、あんまり効き目はないよな。
と思っていたら、案外ダメージはあったようだ。
スライムの表皮の一部が破れて、体液がこぼれだしている。
そこへすかさずヨルが距離を詰めた。
恐れる素振りもなくスライムへ接近すると、小さな手でベチンと殴りつけた。
そのまま軽やかに、後ろへ飛び退る。
入れ替わるように飛び込んだのはクウだ。
空中を滑空した鳥っ子は、そのまま両足で踏みつけるようにスライムに蹴りを入れる。
さらに気づかぬうちに前に出ていたパウラが、右手をしなやかに振り下ろした。
その手に握られているのは真っ黒な鞭だ。
またも大きな音が響き、正面から鋭い鞭の一撃をくらったスライムはあっさりと原型を失った。
潰れた水袋のように床に体液を広げながら、動かなくなってしまう。
「えっ、勝ったの?」
「はい、見事な初撃でしたよ、ミア」
「おお、よくやったぞ、みんな」
全員がそれぞれ一撃を入れただけで、初戦闘はあっけなく終わってしまった。
動きの鈍いスライム相手とはいえ、連携も鮮やかで文句なしだ。
「いえい! やったね、ヨルっち、クウっち!」
「かちどきー」
「くぅぅー」
はしゃいだ声を上げるミアと飛び上がった二匹が、嬉しそうにハイタッチを交わす。
そしてその場でくるくると回った後、ドヤ顔で仲良くポーズを決めた。
「ねー、わたしすごくない? なんか目覚めた?」
「先ほどいただいたお薬のおかげでしょうか? あなた様」
「ああ、低レベル帯のレベリングは、やっぱり薬漬けでゴリ押しが正解だな」
「なに言ってるかサッパリだけど、センセのおかげかー」
調子に乗ってると見せかけて、意外とわきまえているようだ。
「そんな高価なお薬、よろしかったのですか?」
「えっ、高いの!? どうしよ。出世払いでいい? たぶん出世しないけど」
「いや、体で払ってくれればいいぞ」
「あら、どのようなことをお望みですか? あなた様」
見透かすような笑みを浮かべるパウラの返しに、俺は調子に乗ってしまった発言を反省する。
しかし、なんだか気づかぬ間に把握されている感じがあるな。
「えっと、この調子なら一階の魔物は余裕そうだな。どんどん倒してくれるか」
「はい、承りました」
「なんだー。体で払うってそういうこと? もうセンセ、いきなりすぎてびっくりしたよー」
「悪かったよ。時間も惜しいし、さっさと進むか」
と、その前にせっかくの戦利品を回収しないとな。
潰れきった青スライムだが、しゃがみこんだヨルとクウが興味深げにツンツンと突いていた。
何にでもすぐに好奇心を持つようで、なかなかにお利口さんである。
二匹の頭を交互になでてから、俺も真似して魔物の死骸に触れる。
たちまちアイテム一覧に、青スライムの体液、青スライムの皮、青魔石が一個ずつ追加された。
魔石は一応、九十九個ずついただいてきたが、水属性の青魔石は<抽出>や<冷却>で頻繁に使う石なので非常にありがたい。
「うわわっ、消えた! 今のなに!?」
「異空間収納という俺の特技だよ」
面倒なので、色々省いて説明しておく。
そもそも手ぶらなのに薬をポンポン出してる時点で、おかしいと気づくべきだろう。
「ほほー、都会もんってやっぱりすごいねー」
右の通路を進んで角を曲がると、またも青スライムに出くわした。
ミアの<火弾>で先制して、ヨル、クウ、パウラの連続攻撃という全く同じ流れで仕留める。
素材を回収して、また前進。
通路はほぼ二叉路で、まっすぐか直角に曲がる分かりやすい造りになっていた。
きっちりと行き止まりを確認しながら、見落としがないよう回っていく。
「よく道わかるねー、センセ。わたしなら、絶対迷っちゃうよ」
「はなはだ同意します、ミア。ここは、まことに覚えにくい場所ですね。さすがはあなた様です」
いや、場所のせいにしているが、パウラの場合は壁に親切に矢印が書いてあっても間違えるレベルだからな。
とはいっても、俺もそんなに記憶力に自信があるほうではない。
種明かしをすると、コマンドメニューの地図を見ながら歩いているだけだ。
迷宮内だと、歩いた部分が自動でマッピングされていく超便利仕様である。
俺が王都の下水道をさほど迷わず抜けられたのも、実はこれのおかげだったりする。
それに残念な方向音痴だが、戦闘におけるパウラの働きは非常に優秀であった。
奥に進むに連れ、スライムが単独で現れなくなったのだ。
二匹や三匹で固まっていると、先制連携攻撃で一匹は素早く倒せても、無傷な残りのスライムに襲われてしまう。
鈍そうに見えるスライムだが、やはり魔物だけのことはある。
そのまんまるな体を弾ませて、ぶつかってくる攻撃が非常に速い上に重いのだ。
言うなれば水がたっぷり入ったバスケットボールを、至近距離でぶつけられる感じだろうか。
おそらく俺なら、うかつに近づいたところを腹に一発食らって内臓破裂。
激痛でしゃがんだ瞬間、顔面にもう一発食らって昏倒。
あとは為す術もなく、体中を溶かされながら食われて終わるだろう。
むろん物理防御力を上げてあるので、小さなヨルやクウでも俺ほどの被害はない。
実際に何回か体当たりを食らってはいるが、コロコロ転がったあとケロリと立ち上がっているので大丈夫そうだ。
体力の数値も1か2下がるだけだしな。
ただそうは言っても危険なあたりどころ、ゲームで言うクリティカルヒットを受ける可能性はある。
そこでスライムに何度も攻撃させないよう、パウラの出番というわけだ。
魔物使いといえば鞭のイメージが強いが、パウラはその使い方が非常に巧みだった。
床に打ち付けて大きな音で威嚇したり、空中で風切音を鳴らして気をそらしたりと。
そしてさらに便利なのが、特技の<魅惑>だ。
二匹で通路を占拠するスライムの片方に、赤い火の玉が炸裂する。
飛び込んだヨルが一瞬で爪を伸ばし、その表皮に深い傷を刻んだ。
当然、もう片方が同族を助けようと、体をバネのように床に押し付けて縮める。
その瞬間、パウラの腰に巻き付いていた長い尻尾がくるりほどけて、弧を描きながらスペード型の先端を揺らめかす。
同時に魔力がほとばしり、スライムの動きがまたたく間に鈍ってしまった。
その隙に天井近くから舞い下りたクウが、鉤爪の蹴りを入れて一匹目にとどめを刺してしまう。
あとは戸惑ってウロウロするもう一匹を、全員でタコ殴りするだけだ。
こんな感じで、安全楽々に探索は進んでいった。
一時間ほど歩き続けた俺たちだが、とうとう一階の一番奥へとたどり着く。
そこは今までにない大きな部屋となっていた。
真四角な造りで、奥行きと幅はそれぞれ五、六メートルほどだろうか。
右の石壁には獅子の顔を模した彫刻が施されており、その口元からは澄んだ水が溢れ落ちている。
真下には大きな受け口があり、たっぷりの水が湛えられていた。
ただし壁泉の周りには数匹の青スライムが居て、近づくのは難しそうだ。
そして部屋の奥。
そこにあったのは、地の底へと続く階段であった。
もっともその手前の入り口には太い鉄格子が下りており、さらにその前には――。
「なにあれ! すっごく大きくない?」
「いじょうぶー」
「くー」
仲良く声を合わせる一人と二匹に、俺は重々しく呟いてみせる。
「ついにボスのお出ましか」
階段を守るように陣取っていたのは、通常の五倍はありそうな巨大なスライムだった。




