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古井戸

作者: ふくぶぅ

 井戸の夢を見た。

小さなときによく見ていた夢だ。

 僕は古い井戸の中で、ただ月を眺めている。その時僕は蛙なのだ。握りこぶしぐらいの石の上にポツンと座り、月を見上げている。

 なぜこんな夢を見始めたのか、その理由を僕はなぜかはっきりと覚えている。幼稚園の頃、先生が朝の会でことわざの話をしたときに「井の中の蛙大海を知らず」ということわざとその意味を聞いた。意味についてはその時はほとんど理解できなかったのだが、井戸の中にいる蛙の姿が頭から離れず、その日から井戸の夢を見るようになったのだ。

 しかし、その夢も大きくなるにつれ見なくなっていき、今では夢のこともすっかり忘れていた。懐かしい気持ちに浸りながら、僕は仕事に向かう準備を始めた。

 

「高橋君。今、少しいいかね?」

 仕事をしていると急に部長から呼び出された。

「いよいよか」

思わずため息をついてしまった。先週末、僕は取引先で大きな失敗をして、会社に対し大きな損失を出してしまった。そのことでクビになるだろうと社内で噂になっていたのだ。とうとうその時が来たのだろう。

「さて、君を呼びだしたのは他でもない」

「クビですか?」

怯えながらそう口にすると、なぜか部長が笑い出した。

「何を言っているんだ。あぁ、先日のことか。あれくらいの失敗で傾くほどの会社ではないよ。確かに君の給料には響くことになるだろうがね」

「ははぁ・・・」

それじゃあ、なぜ呼び出されたのだろう。

「実はね。わが社で秘かに進められていたプロジェクトがようやく動き出してね。そのプロジェクトの責任者に君を押したいのだよ。金を掘りたくないかね」

「私でいいのですか。先日のこともありますし。それに金というのは」

このプロジェクトで成功を収められれば、前の失敗が帳消しになるだろうと考えたが、やはり、また失敗してしまうのではないか、という不安が大きかった。

「いや、わが社で買い取った土地に井戸を掘っていたらね。金脈らしきものが見つかってな。それでなんだが、実は場所が国内ではなくアンゴラという国なのだよ。だから、家族がいる者に頼みにくくてな。君は独身だろう?」

「はぁ。確かに結婚はしてません。ところでアンゴラとはどこにある国なんですか。地理に疎くてすみません」

正直アンゴラという名前は聞いたことがあるが、国の名前だということは知らなかった。

「あぁ、私も今回初めて聞いたよ。アフリカにある国だそうだ。君にそこで指揮官として現地の作業員を統括してほしいのだよ。なに言葉の通じる者もちゃんと用意しているよ。心配することはない。家もあるよ」

 断る理由もなく、先日のこともあるので、引き受けることにした。


 アンゴラに渡ってからの最初の数か月間は、まるで地獄だった。食事が合わないことがこれほど辛いとは思わなかったのだ。まぁ、それも数か月もするとすっかり慣れてしまったのだが。幸いだったのが、通訳を兼ねている補佐の男が、とてつもなくいい奴だったということである。話すエピソードは面白く、僕と作業員の橋渡しも快くやってくれる。何よりも金がたくさん出るので事業は順調だった。


「タカハシさん。このサキ、キケンですよ!」

「なに、大丈夫だよ。この辺は地盤がしっかりしているし、ちょっと外れても平気だろう」

 いつものように測定器を使いながら、穴の中で作業員に指示を出していたのだが、ふとした拍子に測定器を落としてしまい、それが普段の作業では入らない場所に転がってしまったのだ。

 測定器を見つけて元の作業場に戻ろうと、ふと上を見上げると空が見えた。

「おーい。なんでここに穴が開いているんだ」

結構深い場所なのに空が見えるくらい穴が続いていることが不思議だった。

「おお、そこは、むかしイドだったんですよ。アブナいですよ」

「井戸だったのか。すまないすぐ戻るよ」

ドドドドドドドドドドドン!

「あぁ!タカハシさん!」


 井戸の夢を見た。

小さなときによく見ていた夢だ。

 僕は古い井戸の中で、ただ月を眺めている。その時僕は蛙なのだ。握りこぶしぐらいの石の上にポツンと座り、月を見上げている。


 目が覚めると、穴から見える空には月が輝いていた。どうやら生き埋めにされたらしい。出口がふさがれている。足が動かないことを思うと、足の上にも土砂が被さり動けなくなっているのだろう。遠くの方で人の声と機械の音がする。僕を掘り出そうとしてくれているのだろうか。

とにかく月が綺麗だ。僕は蛙なのかも知れない。

もうひと眠りすることにした。


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