第四十二章 『暴君のはなむけ・承』
【15:10】
悪いことは悪いが青春の一事件の範疇内にあった穏やかな空気をぶち壊したのは、とてつもなく巨大な獣、例えばネットで有名になった誤植の一つである体長70mの巨大クマに匹敵しかねない猛獣のものと思われる恐ろしい咆哮だった。
「なっ、何!?」
「逃げて。 あなた達にどうにかなるもんじゃないわ」
「だから何だって……」
彼がそう反駁した瞬間、雲を割って天からその声の主が下りてきた。
『落ちてきた』という表現のほうが相応しい轟音を上げて、そいつが着陸する。
昔CAPCOMが発売したゲームで『鬼武者』というのがあって、そのマイナーチェンジ版に『幻魔 鬼武者』というのがある。
そこに『綾女』という名前の敵が登場する。
こいつは幻魔が跋扈する稲葉山城にあってはそれだけで怖い日本人形なのだが、恐ろしいことに自機が接近すると両手から刃渡り1mはあろうかという三本の鉄爪を展開して追跡してくるのだ。
降りてきた奴、つまり我々が追っていたARC-1048はそれだった。
より語弊がない言い方で言おう。
そいつは身長3mくらいの巨大なテディベアだった。
ただ一般的なそれと違って両手と両耳に金属部があり、両手の先には三本の鉄爪が接続されていた。
これがさっきの言葉の意味だ。
両耳はジェットエンジンのようなブレードとカウルの組み合わせになっており、それに合わせてか両腕の金属部は戦斗機の装甲のようになっていて、右腕のほうに『1048』と、格納庫のシャッターに書いてある番号のようなフォントで記されていた。
そのような戦闘的なモチーフにまして異様なのがその顔だった。
もちろんテディベアという物は子供のお友達になって貰うためのものであって、某テッドは微妙であるにしても基本は愛くるしい穏やかな顔をしている。
ところがこいつの顔ときたら、目はどす赤く、顔全体にしわが刻まれており、そして口。 そう、ふつうは縫い目で表現されている位な口がこいつは大きく開かれていて、その中には恐ろしく鋭い牙が何本も並んでいた。
その印象は怒り狂った本物の羆そのものだった。
『I shall kill you!』
そいつが濁った声でそう叫んだ瞬間、時間が動き出した。
【15:17】
戦闘は第1フェーズを過ぎた。
魔法少女たちはキチクマを包囲するように展開し、戦闘が始まった瞬間に突然召喚された姿だけ多彩なデバッファーの奴らをチクチク潰している。
戦闘が始まった瞬間に突然こいつらが出てきたせいで、また撤退を強要された人が二人。
「すまん! 退く!」
そういって彼女達は戦場から帰っていた。
残り3人は一定の火力を担保されているので、『36』の奴らを撃破するのはそう難しいことではない。
クマは空を飛べないので、こちらが空を飛んでいればどうということはない。
【15:25】
「やったか?」
この言葉は、往々にして放った者が実は生きてた相手に不意を突かれてしまうという死亡フラグに当たるのだが、花鏡さんがそんなことを言った瞬間に体に纏わりついていた重圧のような動きづらさがはっと解け落ちたので、その認識が現実とそう乖離しているわけではないと思われる。
「多分大丈夫」
「OK、分身を起動する」
そうして現れた薄紫のオーラをまとう分身も合わせれば、二基ずつの8インチ砲、18インチ砲、一丁の対戦車機関砲、そして二基の怪力光線砲に狙われたことになる相手は、まるでその状況にどくづくかのように咆哮を上げた。
【15:52】
『こちら小野寺燈子。 ARC機構出島サイトから通信を行っている。 これより諸君らの作戦行動をレーダー探知を以て支援する。 現在の諸君らが東南東方向へ高速移動していることを検知した。 その理由を報告せよ。 どうぞ』
【15:37】
その方向の音が完全に消え失せた途端、空からもう一つの咆哮が聞こえてきた。
それもまた獰猛な獣のものだったが、熊ではなく、巨鳥のものに聞こえた。
顔を上げたら現に巨鳥がいた。
我々のいる場所の上空で我々を見下ろしていたのはコンドルサイズの猛禽だった。
いや、違う!
それは人工物だった。
その体の皮膚に当たる部分に、太い黒い糸でできた縫い目が縦横に刻まれており、目は赤黒い木製のボタンでできていた。
それにそもそも皮膚自体が布のような質感をしていた。
私たちはその意味をすぐさま理解した。
「あれは、……あいつの作品で間違いないだろうな」
その猛禽はゆっくり弧を描きながら高度を下げている。
「降りる前に潰せ!」
「私は本体の方を押さえます!」
そういって白鳥さんは背にしょった鞘の固定部を開放して『鶴群』をひきだした。
そして両手でそれを構え、殺陣に臨む暴れん坊将軍のように刀をチャッと鳴らした。
鶴群は通常の日本刀より全体の比率を鑑みるとよっぽど細いが、実際にはその柄は長径30㎝、短径で10㎝位ある。
そのため柄部分は握力計のように方形の孔に手の指を入れて構えるようになっているのだが、そんな癖のあるものをよくこう扱えるものである。
私もマガジンを入れ替え、ストライカ―コルセアフォームに移行する。
地上からガキガキ金属がぶつかりあいこすれあう音が聞こえて来るのを尻目に、私は急上昇して鳥の方を迎え撃った。
双剣を振ったその刃が布の翼を切り裂く。
さらに上昇してそいつの胴体の上に付き、ひたすら攻撃を加える。
鳥というのはその構造上背中の上にいる邪魔者を攻撃することなど不可能なのだ。
プロペラエンジンの根本に付いた機関砲で両翼にぼこぼこ風穴を開けていく。
巨鳥の左の翼の根本の縫い目に刃が入ると、加速度に耐えきれずにそれはぶちぶち音を立てながら引きちぎれた。
巨鳥は最期の絶叫を上げ、急速にバランスを失っていく。
そうして降下していく胴体を怪力光線砲の紫の光撃が打ち抜いた。
左翼の崩壊を確認し、一足先にそいつから離れていた私は、神話生物の死を思わせるそいつの絶命を看取った。
そのまま地上に降りる。
艤装込みだと体長3mの熊の縫いぐるみより戦艦大和モチーフの魔法少女の方が全然でかいので、絵面は完全に弱い者いじめである。
そんな艦砲と大太刀に狙われ続けるワンサイドゲームの中、白鳥さんが大太刀を閃かせ、熊の右腕を根元から切り飛ばした。
「やった!」
白鳥さんは涼しい表情のまま八相の構えをとった。
途端。
『You've deffended me!』
クマは右腕を庇いながら、これまで以上に巨大な咆哮を上げた。
【15:53】
『こちら白鳥眉見。 ARC-1048は召喚した鳥様の実体と融合し、翼を生やして逃走中です。 現在三人で対象を追跡中。 どうぞ』
【15:38】
ARC-1048は咆哮を上げ、その音の波に乗るようにして、空中分解していた鳥のパーツがクマに引き寄せられ、やがて融合した。
絶え間ない攻撃の手もその動きを止めることはできず、やがて熊の右腕が再構築され、竜族のような翼が生じた。
そして奴は飛び上がった。
「追うぞ!」
私たちもまたエンジンを怒らせ、飛び立って奴の姿を追った。




