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 第三十八章 『その時歴史が動いた』

 「ARC機構です! 捜査に協力してくれませんか!」


 小野寺さんは手帳を掲げながらずかずか客席へと分け入っていった。


 「ここにいる女子部員を全員集めていただけますか!」


 野球部の女子部員はマネージャー3人しかいないが、この場にはブラバンの一団もいて、それを合わせると20人くらいが招集されたことになる。

 私は別に疑われなかったので、元の場所に戻った。


 「何があったの?」 


 どっかとベンチに座る私に枕木先生が心細げな言葉をかけてきた。

 彼女の着ているベストはブラバンのコスチュームに合わせたものであるということに今更気づいた。


 「野球には関係ない話です。 何、すぐに終わりますよ」 


 手で庇を作ってグラウンドのほうを眺める。

 聞いたことがある程度の高校と聞いたことがある程度の高校の試合が進行していて、どっちかの応援団が『タッチ』の主題歌を演奏している。

 絵になる光景ではあるが、うちの学校が視界に入らないので、写す必要はない。


 「いない」


 はっ!

 暫くうとうとしていたようだ。

 さっきまで二回裏だった試合は7回の表になっている。


 「えっ……」


 「全員のアリバイが成立した」


 「あぁ!?」


 お嬢さんの説明によれば、吹奏楽部のメンバーは全員練習に参加しており、それを面白がった菰公はトランペットを持ち出してそのそばで情熱大陸の主題歌を吹いていたらしい。

 残りのマネージャー二人はまじめに球児たちを激励していたそうだ。


 「……異常性でどうにかならない?」 


 「あれは本物の魔法少女だった。 偽装はなかったと考えてよいだろう」


 今の会話は枕木先生からは『ごにょごにょ……わにゃわにゃ……』と聞こえている。

 部外者の存在に全く頓着しない小野寺さんに彼女の存在を(暴力で)知らせ、私は立ち上がった。


 「ここは人が多すぎる。 もっとひそひそ話にふさわしい場所に行こう」


 スタジアムの周りには遊水地代わりの公園が整備されており、その端っこにある東屋には、すでに小野寺さんと違って空気を読めるお嬢さんがいて、私たちを待っていた(球場を出たくらいで連絡がきた)。


 「眉見と海月は既に呼んだわ。 ……本当に全員にアリバイがあるの?」


 「そうだ」


 「……でも、ここ、いるわよね? 気配を隠しているみたいだけど」


 確かに球場を出たところでトウジョウマグナムを確認したところ、取り付けられたLEDランプがほのかに発光していた。

 私はこいつでいつも音楽を聴いているのだが、こんなことになったことはない。


 「私もそう思います」


 「うん。 それはそうと、お嬢さん、さっきのって……」


 「うん、私って、窒息したよね?」


 「えっ!?」


 小野寺さんは気づいていないようだったが、お嬢さんの死因は、明らかに窒息だった。

 私は一回(首が折れる音)をやりたいがために調べたので、そうだと断言できるし、本人もそう言っているので確実だろう。

 よってお嬢さんは遠隔で窒息死させられたことになる。

 魔法少女というよか仮面ライダーアギトの管轄に見えるが、この世界には事実アンノウンみたいなやつがうようよしている。


 「そういう事が出来そうなオブジェクトはある?」


 「腐るほど。 ただそれっぽいやつはいるわね」


 「どいつだ?」


 「ARC-1048『ビルダー・ベア』」


 ARC-1048、オブジェクトクラスはkether。

 人間を素材に可愛らしい同族を作ってくれるテディベアだが、その同族というのがとにかく凶悪で、その叫び声で人の内臓器官を異常増殖させて窒息させて来るんだ。

 とのことである。


 「ぽいね」


 「ぽいでしょ? そうすれば私が行かれたことも説明できるし、目撃情報によって姿が各々異なっているのも説明できるね」


 そのとき小野寺さんが口を挟んできた。


 「でも周辺では不審な変死事件や材料にされたという証言はないし、結論付けるには不足なんじゃないの」


 話に入れなくて拗ねている燈子ちゃんである。

 可愛い。


 「それもそうだね。 ……待って。 あれは一切加工がなされていないオブジェクトだと思うんだけど、……実は我々が過去把握しているもので、あの手の即席魔法少女や一般のARC—4999-jpの体には、一つの例外もなくすべて我々が設定したアイテム番号が印字されていたわ。 図南さんはあれとかなりの間やりあったよね? なんかあった?」


 「ありましたけど……」


 確認できた数字がほかの何でもない『9』だったことを私は説明した。


 「絵を描いている人間の目はまぁ信用していいだろうな」


 「燈子の言うとおりね。 ……これは困ったわね。 『392』? 『1549』? 『986—jp』かもしれないわね」


 推理はここで完全に振出しに戻ってしまった。


 一方そのころ……。 


 『犯人』は球場の周りの公園のもう一つの端、長崎市の中心部が一望できる高台の広場にいた。

 彼女の持っていた変身アイテムが突如として急速に律動をはじめたのが今から10分前。

 それに導かれるようにここにきてしまったのだ。

 ここでアイテムが律動を急に止めた時から、それが何を意味するのかを考えるのに十分な時間は経っていなかった。


 「やぁ」


 声がした。

 ここは人気こそ少ないが開けた空間であり、その上袋小路にあって侵入経路が一つしかなく、故にここに向かってくる人間のことに気づかないことなどありえない。

 『犯人』は警戒心を強めた。


 「そういえば初めてだったかな。 私は君のそれを回収しに来た者だ」


 男だ。

 猛暑日も度々観測されるようになったこの時期にあって『冬のソナタ』のペヨンジュンそっくりの服装をしていたその男に対する警戒を『犯人』は今一度強めた。


 「っ……」


 『犯人』は思わずベストのポケットに手を突っ込んだ。

 大丈夫。

 まだある。

 『犯人』は変身アイテムを引き出し、天高く掲げ……。

 それを取り落とした。

 上手く力が入らない。

 『犯人』自身の意に反して全身の筋肉が弛緩し、地面の石タイルに這いつくばってしまう。

 男は『犯人』にゆっくり近づくと、しゃがみこんで変身アイテムを拾い上げた。


 「陶製なんだから、もっと大事にしてもらえないかな」


 蹲踞のまま男は傷の有無を確認するかのようにそれを眺めていた。


 「なんで……」

 「もっといい使い方を思いついたからさ。 君ならもう少しうまく使うことができると思っていたんだがね」 


 『犯人』の言葉にそう答えると、男は彼女への興味を急速に失ったかのように立ち上がり、元の道のほうに歩いていく。

 『犯人』が見たのはそれが最後だった。

 彼女は男のほうに手を伸ばしながら、意識を失った。

 意識の闇に沈んでいく『犯人』の記憶の中から男の姿が、声が、動作の映像だけが解け落ちていった……。

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