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 第三十二章 『回り舞台』

 捜査権が専門家にすべて移って私はいよいよ出来る事がなくなった。

 別にやる事がない訳では無い。

 一応野球部の絵の方はとうの昔に終えて納品を待つばかりで、twitterも渋の方も今週一杯は更新の必要がない(計算上)。

 さすがに持って来ようもない以上文化祭用の日本画は度外視してかまわないだろう。

 とは言っても今現在肩にかかっているノルマは一切ないという訳では無い。

 fantiaの方は手つかずとまではいわないが進度が悪く、次の応募作品に至っては完全に手つかずである。 とは言え私はさっき間近で人の死体を見たのだ。

 自分がそれだけでへばってしまうようなタマではないと言う事は百も承知だが、精神的なそれよりかは事後処理云々での疲労のダメージのが寧ろ大きく、流石に今日一日は休まないとやってられないと判断した。  

 という訳で、ゲーム三昧の数時間後には観劇をしている私である。

 とは言っても素人演劇だが。

 演劇部が練習している本館中央の大劇場。

 そこに備え付けられた観客席の中央に私たちは三人横並びに座っていた。

 「何をもってそんなことを仰るのでございますか、将校殿! 私奴はこの寒々しい満州の泥土にこの身を埋める覚悟で新潟港を発ったのでございます。 ……会津の女には二言はございません」

 明らかにズブの素人じゃない奴が混じっていやがる。

 他の誰でもない四方林歌である。 

 このアマ、どうもその美人顔だけでは到底性欲と性格を補って埋め合わせる事が出来なかったらしく、気の利く神さんがおまけで演技力も付けてくれたらしい。

 そんな当校演劇部のエースは舞台上を伊りまわりながらヒーロー役を舌鋒でボコボコにしている。 主人公が夢に出て来た幼馴染に責め立てられるシーンである。 第二次大戦前夜の満州とかいう高校生の頭ん中から出て来ることも稀だろう舞台設定に主人公の頭の中にしかいないヒロイン(妄想と夢オチって意味だね)と、中々イカレた脚本ではあるが、それにもまして主演女優がイカレてるので、最早はまり役とすら言える。

 そんなメインヒロインの現物を出さないというどこぞの任天堂に喧嘩売ってる鬱エロゲを思わせる脚本を書いた奴は、今私の隣で腕を組んでじっと舞台を見据えている。


 「やっぱステータス高いよね」


 車胤君はしみじみ言った。

 重度のミステリマニアや軍オタとつるんでるアブオタにまともな感性を期待してはならない事は言えば更なり。

 演劇部の脚本担当はかなり執筆を楽しんでるらしい(ちなみに夢Qの『氷の涯』を下敷きにしてるらしい。 普通元ネタにするとしても瓶詰地獄じゃね?)。


 「まぁね、凄いというかなんというか。 天は人に二物を与えたとでもいうんですかいね」


 菰公が茶化して言った。

 彼女とてそれなりに頭がいいので天が本当にした事は寧ろ大事な大事な物の簒奪である事は重々承知である。


 「というかこんなにまともに演劇を見た事なんかないかもね。」 


 舞台の出演者は裏方含めて部員全員分即ち30人強いるのに対し観客は三名、私と車胤君と暇を持て余した菰田由借の三人なので、伝わってくる熱量の密度が凄い。

 殆ど貸し切りも同然である。

 その三人に全力をぶつけろとの指導があり、どうもその所為で圧が強まっているらしい。

 その証拠に演技しながらちらちらこちらに目を合わせて来る不届き物が約一名。


 「集中力もいい演者の条件では無くて?」


 「ありゃ完全にお前さんに首っ丈だね」


 右に座っている菰公が適当に言った。

 別に読心はできないがそんなこと敢えてしなくても判る。


 「私、本命の人は別にいるんですケド」


 左隣で熱心に舞台を眺めてる車胤君を横目で見ながら私は呟いた。


 「そりゃ例の彼氏君が不憫だねぇ。 トンと話を聞かなくなったと思ったらこれだ」


 ……何言ってんだこいつ。 


 「誰の事?」 

 

 「誰って君ぃ」


 菰公はチェシャ猫じみたニヤニヤ顔で反駁した。

 前twitterのアイコン用に承ったイラストのカリカチュアさせた彼女にもおんなじ表情をさせた位には、この表情を彼女の代名詞だと思っている私である。

 であるらしてこういう表情をしている時の彼女が一番たちが悪いと言う事も知っている。


 「中学の時に散々自慢して来たじゃなぁいの。 やれイケメンだやれお優しいだなんだかんだ自慢して御座ったじゃありませんか。 ……彼氏さーん、聞いてますぅ?」


 菰公は本質的には善人であるが、ひたすらに意地が悪いという点を鑑みるに見かけまで善人だとは言えまい。


 「次ふざけたことを言うときは例の曲の著作権の半分は私が持っているという事実をよく吟味してからにしたほうがいい」


 「にゃっにゃっにゃ~意地悪ぅ」


 さっきから全く表情も、おそらく心情も変わっていない菰公である。


 「例の曲って何?」


 「申し訳ないけど今は言えないの」


 「彼氏君にもねぇ~」


 車胤君は菰公の(主に私への)悪意に満ちた発言を特に気にすることなく、もう一つ質問をしてきた。 

 「中学のころからの付き合いなの? 菰田さんと」


 私への質問だ。 


 「付き合い自体は中二位からだけど、じかに顔合わせたのは高校生になってからね」


 「ちなみに出会いはtwittterだよ~ん」 


 菰公が付け足した。

 当時気鋭の創作家(私が絵師で菰公が作曲家だ)だった私たちは、創作物のノリがそれなりに似通っていたせいかtwitterアカウントのフォロワーをかなりの数共有しており、それが遠因となって知り合うことになった訳だ。

 意気投合した私たちは二人で一つの名前-『天帝のはしたなきP』-を名乗るようになった。


 「そういうことってあるんだね」


 一連の説明を聞いて車胤君は言った。

 私の周りの奴は捻くれた奴ばっかなのでこの位素直な(たとえそれがあくまで社交辞令としての応答だったとしても)返答を聞くことは稀も稀であり、私の車胤君に対する好感情を高めてくれた。


 「あるんだよね~」


 「お~い、朋、何デレデレしてんの? 妬けるんだけど」


 「どうせあんたのほうが長い間私と一緒にいるんだから我慢しなさいよ」


 私は菰公のほうに振り向いて言った。

 菰公はわかりやすくむすっとしていた。


 「そこまでしてひ『黙って聞け!』


 舞台上からかなり堂に入った大音声が聞こえた。

 私と菰公はアメリカンカートゥーンみたいにわかりやすく驚いて前を向いた。

 恙なく演技は続いていて、主人公の陸軍将校が上官から叱責を受けていた。


 「朽月! まだ何の手掛かりもつかめんとは、それでも帝国軍人か!」 


 なんか隠れた才能多くない?


 「こ、こりゃ全国も夢じゃないね」 


 「違いない」 

 

 完全弾性でない衝突の前後と同じメカニズムでエネルギーを削られた私たちは力なく演者のクオリティを称えた。


 「ありがとう」

 

 車胤君は答えた。

 以後私たちは無言で劇を楽しんだ。

 大筋はほとんどおんなじだが、ヒロインがさっきの妄想に挿げ替えられており(多分ロシア人を演じれる奴がいなかったからだろう)、そいつが最後まで謎のインパクトを撒き散らかしている。 

 それ以外のキャラも多かれ少なかれ改変を受けているのだが、いざ劇を見てみるとそれが演者に最適化した故のものであるとわかる。

 なかなかいい劇だった。

 これは総合文化祭用の劇であり、夏休み開けてすぐの文化祭では別の奴をやるのでお楽しみに。

 そういう内容の舞台挨拶が終わり、そのまま解散と相成った。

 今日が7月28日で総合文化祭が(最近出入りしている書道部に関しては)11月になるわけだから忙しいものである。

 そう思いながら建物から出ると午後3時だった。

 気持ちのいい疲れが体を包んでいた。

 ……帰って寝よ。

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