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 第三十章  『爆心地』

 私はリノリウム張りの廊下を猛ダッシュしていた。

 廊下には一面に斜陽が射しており、空気は冷たくも熱くもない。

 視界の端、窓の外に見える景色は秋のそれに見える。

 遠くまでグラウンドや校舎、体育館などが秋の山の中に列をなして並んでいる光景には全く見覚えが無く、そういうのと秋という季節はあまり食い合わせがよろしいとは言えない(ホラーゲーム的な意味で)と言う事もあって少し不気味な光景ではある。

 私はそんな夕暮れの廊下を一身にひた走っていた。

 理由は判らない。

 ただただ走る。

 恐ろしく長い廊下に響くのは私の足音だけ。

 そんな前衛映画の画面のような光景がしばらく続いた。

 時間感覚など端からない。

 そのため何分後かここでは言及できないが、とにかくしばらく走ったその時。


 「あ」


 私は自分の声で秋の日差しの色をした微睡から覚めた。

 無限に続くかのように見えた廊下の先が突然何かに遮られた。

 何かが校舎の外壁を突き破り、そのまま向かいの教室との隔壁を突き破って止まっていたのだ。

 その外装を構成するベリリウム青銅のそれこそ秋色の鈍い輝きの前に私は立ち止った。

 校舎に突き刺さった機械はパイプや蛇腹などで構成されたエンジンじみた代物で、どこかから排気でもしているのか、廊下の空気が急速に熱を帯び始める。

 私は後ずさった。

 途端巨大な炎の塊が教室廊下を隔てるガラス窓を突き破ってなだれ込んできた。

 炎の衝撃でぶっ飛ばされたかのように突然場面が変わる。

 炎上する校舎をバックに空を飛んでいる私。

 周りには何人かの知った顔が同じように学校を破壊した巨像を取り囲んでいる。

 自分の姿が何かに映って視界に回りこんで来る。

 メイド服に眼鏡、金髪ツインテの鬘。

 体格は今とほとんど変わらない貧弱な物。

 左腕には飲み物を乗せるお盆の代わりに大型のドラムマガジンが固定されている。

 畜生。

 なんで今になってこんなもん思い出さなきゃいかんのじゃ。




 ……という夢を見た。

 中学の頃の、あまり美しくない思い出だ。

 成程矢盗嬢はそれを思い出して私に連絡を取ったのだろうか、けったいなタイミングで私は気付いた。  この手の嫌な夢からの目覚めは得てしてそうとは思えないほどに意識がはっきりしている物である。

 目を開けた私の視界に飛び込んできたものは林冠に空いた穴から見える空中戦だった。

 戦っているのは片方は例の戦闘機。

 私をフルボッコにした時とは違い、そいつは両翼の付け根から煙を吹きながらまだ辛うじて飛んでいるという感じだった。

 そのカウンターパートは、魔法少女。

 擬装のサイズ、形状を見るに、恐らく彼女は白鳥さんだ。

 彼女は私が直々にデザインした艤装から弾幕を張り、その幕にのべつ幕なしに搦めとられていたブラックハートはついに耐用限界を超えたのか、片翼を爆散させて墜落した。

 何の因果か、私の方に。

 即座に避難の態勢を、取れない。

 空中戦を釘付けになっていたせいで一切気づかなかったのだが、私は今現在進行形で金縛りにかかっている。

 金縛りとは言っても、俗に怪異の一種として語られるそれでは無く、その科学的な反証である『脳は目覚めてるけど体は寝てる(意訳)』現象の方である。

 どうもそれが最悪のタイミングで発動してしまったらしく、私は文字通り地面に磔にされたかのようで動く事が出来ない。

 そういう風に私がジタバタすら出来ず藻掻いている(レトリックです)うちにブラックハート様は重力加速度に乗ってどんどんと私の墜落地点に引きずり込まれている。

 魔法少女になってから何回『あ、死んだな』と思っただろうか。

 あんなに恐れられている正常性バイアスの影響も然したる事は無く、私は相も変わらず怯えて泣く事しか出来ない(レトリックです)。

 と、私の視界,中央に墜落していく戦闘機をとらえたそれの端を切り裂くように何か白い物が重力加速度をはるかに超越した急加速度でこちらに舞い降りて来た。

 そちらにはなぜか特に恐怖は感じなかった。

 何故なら高速で視界内の像の大きさを拡大しているそれは、……明らかに『紙飛行機』だったからだ。

 この世には紙に恐怖を感じる人間などいない事は、流石に考えるまでもない。

 そいつは見えてからわずか10秒弱で私の元に到達した。

 そうしてそれ(やはり紙飛行機だった)は私の足元の地面に突き刺さると、そのまま表土を抉って私を掬いあげた。

 土の塊が崩壊していく衝撃で体の自由を取り戻した私はその紙飛行機にしがみついた。

 手触りは高そうな和紙のそれなのだが、私がしがみ付いてもびくともせず変形の気配もないその強度は明らかに尋常の物では無かった。

 紙飛行機はそのまま高度を上げた。

 足元で爆発音がした。

 例のあいつは墜落の衝撃で爆散してしまったのだろうか。 

 追撃などは特にない。

 紙飛行機は先程私が戦闘していたくらいの高度まで上がると、そのまま地面に対して平行になった。

 私は紙飛行機の上で体を起こして姿勢を変え、足を空中に下ろして座った。


 「……大丈夫……ですか?」


 「貴方って着痩せするのね、お胸」


 「間違いなく大丈夫ですね……」


 背中に1/10サイズ46㎝砲二基を代表とする戦艦大和の各種装備のミニチュアを背負う超高火力艤装を背負っていても彼女は弱気である。

 彼女は私が直々に設定画を描いた刃渡り3mの野太刀『弾道斬鶴群』(旅人の宿りせむ野に霜降らば我が子羽ぐくめ天の鶴群 愛国百人一首より引用)を艤装と一体化した鞘に戻しながら、後ろで燃えている南棟に目を向けた。 


 「連絡から20分経ってないと思うんですけど……何があったんですか?」


 いかにも不安そうな言い方である。

 機構の人間としては恐らく新米に入るのだろう。

 自分でも意外なのだが、私でもそう動揺はしていない。


 「え~と。 まぁここで説明しようと思えばできるんだけども、もう一人目撃者がいて……。 報告あがってる?」


 「え~。 例の子ですか? 会稽の恥みたいな名前の」


 なんてひどいヘイトスピーチだ……。


 「会津聡子。 ちゃんと覚えましょう」


 「ごめんなさい……。 彼女が関係しているのですか?」


 「殺された」


 「えっ」


 彼女は目を真ん丸にし、目に見えて青ざめ、目に見えて震えだし、目に見えて怯えだした。


 「タナトフォビアの方?」


 「なんで怖くないんですか?」


 「死んでないから」


 彼女は怯えた表情のまま固まった。


 「ちょっと意味が解りません」


 「現実に引き戻されたら生き返った」


 「……取り敢えずまずは基本処理をするので邪魔しないでください」


 彼女は真っ青な顔のまま溜め息を吐いた。

 南棟炎上はスクラントン低現実領域発生装置の本来の活用法を以ってヴェールに隠され、ARC機構の基本装備であるらしき『標準実地礼装』なる謎アイテムで電気会社の人間に変装(彼女は身長が170弱ぐらいあるので服装さえちゃんとしたのに変えれば大人に見える)した白鳥さんの手で漏電事故としてカバーストーリ配布処理に処され、ARC機構の方からの増援が消火作業と墜落したブラックハートMK.Ⅱの残骸の改修が行われ……。

 あれよあれよという間に私が空爆を受けたり戦闘を勃発させたりした形跡は消されてしまった。

 成程雛に訊くまでこの組織の事はニュースでしか聞かない遠い存在だと思っていたが、ここまでてきぱき地方ニュースクラスの大事件が消し去られたところを見るに、私の周りで過去暗躍していたとしても驚くべきことでは無いように思える。


 「酷い有様ですね」


 最初のグランドスラムを喰らっている一階部分は非正規軍の無差別爆撃にあった中東の廃墟都市の光景だと言われても信じてしまいそうな有様(そう言えば灼けた自室の写真を空爆された病院の写真に擬装されたツイッタラーとかいたな……)であった。

 中庭とかない設計の筈なのになぜか日光が差し込んでいるのがシリアスな笑いを誘う。

 密室殺人が行われた件の部屋は完全に消し炭と化し、どこがその部屋だったかすらよくわからないと言った体たらく。

 手がかりなど残されている訳もない。


 「機構の技術でどうにかできたりしない?」


 「無理です」


 無理だそうだ。

 白鳥さんは持参したジュラルミンケースからスパイのハッキング装置めいたモニター付きの謎の装置を取り出し、地面に膝をついて何やら操作していた。


 「法紋未検知。 魔術が使われた形跡はありません」


 彼女の言葉によればあの殺人に魔術や魔法が使われた形跡はなく、これが例えばテレポートで密室を出入りしたなどという陳腐な事件ではない事を示していた。

 最低限の調査を終えた白鳥さんは増援のCクラス職員の皆さんに敬礼をすると、私を連れて会津さんの聞き取り調査に向かった。

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